院長ブログ

えび2

2019.8.5

前回に続き、またえびの話をしよう。
しかし今度はオキアミの話ではなく、僕の小学校の同級生の話。

あの男が、またリングに帰ってくる。
来週末、僕はリングドクターとして、彼の試合をそばで見守ることになる。
「たくさんの応募があった。そのなかから、4人を選ぶ予定だったんだけど、どうしても絞りきれなくて、6人選ぶことになった。
8月17日に4人と、8月18日に2人と対戦する。
面接ってわけじゃないけどさ、なぜ俺と戦いたいのか、応募者全員から話を聞いたよ。
皆、それぞれに熱い思いを抱えている人たちだった」

たとえば、ボクシングジムに通う大学4年生。
期待して大学に入学したが、特におもしろくもなかった。何かに打ち込みたい、熱くなりたい。そういう思いで、ボクシングを始めた。
やっていくうちに、すっかりのめり込んだ。勉強よりも恋愛よりも何よりも、ボクシングに若い熱量を捧げた。
でも正直なところ、自分には才能がない。プロになってどうのこうの、というレベルじゃない。それは自分にもわかっている。
わかってはいるけれども、これまで三年間、ボクシングにエネルギーを注いできた、その集大成として、何か形になることができないか。
そんなとき、元世界ランカーの戎岡さんがタイフェアの企画で挑戦者を募集している記事を見かけた。
世界レベルのボクシングを知る人の胸を借りられるなんて、こんなチャンスはまたとない。
ぜひ戦わせてください。

「あつし、去年のタイフェア、見た?
見てないのかぁ。去年も戦ったんだけどね。
あのね、祭りのイベントだからといって、お遊びみたいなボクシングかというと、全然そうじゃないよ。
ガチもガチ。どの挑戦者も本気で勝ちに来る。俺も真剣に体を作って、当日に備える。
技術ではこちらが上でも、皆、熱い思いを抱えた挑戦者ばかりだからね。その思いに応えるためにも、こちらも本気でいかないといけない」

40代男性。
2人の子供がいる。習い事をさせようとなったとき、子供たちが選んだのは、塾でもスイミングでもなく、格闘技だった。
子供たちが日々練習に取り組み、試合で勝っては喜び、負けては悔し涙を流す姿を見て、父親として何か感じるものがあった。
「子供たちの戦っている姿を見て、自分はいつも勇気をもらっている。しかし、翻って俺は、子供たちに勇気を与えているだろうか」
自分が何ら父親らしい姿を子供に見せていないことに気付いた。そんな自分が、許せなかった。
思い立って、ボクシングを始めた。格闘技経験はゼロ。それでも、何か始めずにはいられなかった。
そんなとき、ジムに「元世界ランカー、挑戦者募集」の張り紙を見た。
ボクシング経験は二か月に満たない。戎岡さんと戦って、勝つ見込みがほとんど皆無であることはわかっている。ぶざまな姿をさらすことになるかもしれない。
それでも、たとえ勝てない相手であっても、死力を尽くして立ち向かっていく。そういう姿を子供たちに見せて、勇気を与えたい。
ぜひ戦わせてください。

「俺、こういう人、弱いんだ。
俺にも子供がいるからさ、わかるんだよ、この人の気持ちが。父親として立ててあげたい、っていうのかな。
こういう感情は、子供のときはもちろん、二十代のときにもわからなかった。自分に子供ができて初めてわかったよ。
さっき言ったように、タイフェアでのボクシングイベントっていう、お祭りごとではあるんだけど、俺にとってはお遊びじゃない。
だからこういう素人同然の人は、本来ならリングには上げない。真剣勝負の場だから、素人が出ちゃいけない。
でも、切れなかった。挑戦者の一人に選んでしまった。
選んでしまったからには、手は抜かないよ。全力で勝ちに行く。それが相手へのマナーだから」

そう言いながらも、えびは優しい男だから、挑戦者をぶざまに負かせるようなことはせず、相手に全力を出させるようなファイトスタイルで戦うだろう。
そして、リングサイドで見守る挑戦者の子供たちに、戦う父親の姿を見せるように、はからうはずだ。
プロというのは、単に強い人ではない。客を楽しませる人でもあるのだ。

というのは単なる僕の予想で、、、
ほんまに本気で勝ちに行って、強烈な右ストレート一発でKOしてしまったりして^^;

えび1

2019.8.5

オーソモレキュラー学会で、ある演者(石黒伸先生)がこんなことを言ってた。
「皆さんに自分の子供がいるとして、ひとつだけ何かサプリを飲ませるとなれば、何を飲ませますか。
僕ならこれですね。クリルオイル。BDNFの増殖を促します。つまり、頭のいい子になりますよ」
話の途中で「そういえば」的に出てきた言葉だけど、妙に印象に残った。

石黒先生、講演がうまくて、すごく聞かせる人だった。自然と話に引き込まれたな。
「運営側は『写真撮影はダメ』って言ってますけど、僕のスライドは全然写真撮ってもらってオッケーですから」なんていうのも、太っ腹で男前だと思った。

栄養療法を一通り勉強している人にとっては、ビタミンCとかナイアシンとかのメジャーどころの知識は当然抑えているから、大して新味はない。
しかしクリルオイルという言葉は、僕を含め多くの聴衆にとって初耳だったはずだ。

クリル(krill)というのは、日本語でオキアミのことだ。
そもそもオキアミって知ってますか。
「人のものを持ち逃げしちゃいけないね」それは置き引きです。
「網を置いて魚が来るのを待つ漁法のことだね」それは置き網です。
「私の友人に、沖亜美さんという人がいます」いや知らんよそんなん。
そうではなくて、、、
オキアミというのは一見えびのようだけど厳密にはえびではなく、えびに似たプランクトンの一種で、画像的にはこういうの。

釣りをする人なら当然知っている。
サビキのときにオキアミのブロックを買ってきて、撒き餌に使ったりする。
撒き餌に使うぐらいのものだから、特に希少な生物というわけではない。それどころか、ものすごくありふれたものだ。
養殖魚の餌に含まれていたり、ソーセージや調味料の材料として使われたりする。
krill oilで検索すれば、サプリとして売られているのがわかる。でもこういうのはあえてサプリで摂らなくても、食事として摂取すればいいんじゃないかな。
海で豊富にとれる安価なものなのにサプリだと妙に高額だし、効果も普通に食べたほうが高いと思う。
魚屋で乾燥したオキアミが普通に売ってるから、毎日みそ汁にちょっと入れるようにするとかして、摂取すればいい。

オキアミの効用について論文で検索すると、けっこうたくさんヒットする。
たとえばこんな論文があったよ。
『ラットにクリルオイルのサプリを投与すると認知機能が高まり、抗うつ薬のような作用がある』
https://lipidworld.biomedcentral.com/articles/10.1186/1476-511X-12-6
要約
本研究の目的はクリルオイルがラットの認知機能やうつ病様の行動にどのような影響を与えるか評価することである。
認知機能は光刺激忌避試験(ALSAT)を使って評価した。クリルオイルの抗うつ薬様の効果は、不可避光刺激(UALST)と強制水泳試験(FST)で評価した。
【結果】
7週間クリルオイルを摂取したところ、オス、メスともに、訓練の初日からALSATで活動レバー、非活動レバーを見分けるのが有意に上手だった。
クリルオイル投与群、イミプラミン(抗うつ薬)投与群の両方では、UALSTに対して、抵抗をあきらめたり抑うつになったりしなかった。
同様に、FSTでは、クリルオイル群、イミプラミン投与群の両方で、コントロール群に比べて無活動時間が有意に短かった。
これらのデータは、クリルオイルには認知機能を高めたり、抗うつ薬様の効果があることを示している。
さらに、前頭前皮質および海馬において、シナプスの可塑性に関連する遺伝子の発現の変化も調べたところ、クリルオイルを7週間投与したメスラットの海馬では脳由来神経因子(BDNF)の発現に影響するmRNAが特異的にアップレギュレーションされており(p=0.04)、同様の傾向はオスラットでも見られた(p=0.08)。
オスラットではArc mRNA(シナプスの長期的可塑性のカギとなるタンパク質)の前頭前皮質での発現量も増加していた。
イミプラミンはBDNFやArcを含む可塑性に関連したいくつかの遺伝子に明らかに影響を与えていた。
【結論】
これらの結果は、クリルオイルに含まれる活性因子(EPA、DHA、アスタキサンチン)が学習プロセスを高め、抗うつ薬様の作用を発揮することを示している。
また、クリルオイルに含まれるこれらの因子は、イミプラミンとは別の生理的機序で働いていることが示唆される。

オキアミは、一般的なえびよりも赤みが強い。これは、オキアミが大量のアスタキサンチンを含むためだ。
このアスタキサンチンは、オキアミが産生するわけではない。アスタキサンチンを産生する藻類をオキアミが食べ、その藻類中のアスタキサンチンが食物連鎖でオキアミの体内に蓄積する、という流れだ。
アスタキサンチンは美容はもちろん、上記の研究のように神経系にも好ましい作用がある。
ただし、即効性は期待しちゃいけないよ。
上記の研究を見ればわかるだろうけど、7週間もクリルオイルを摂取させている。ラットにとっての7週間は人間でいうともっと長い期間になるだろうし、どれだけの量のクリルオイルを摂取させたのかわからないけど、人間で換算すればべらぼうな量に違いない。相当長期間大量に食わせて、やっとこさ有意差が出た、っていう格好の研究だと思う。
うつ病を治すためとか、頭をよくするためとか、過大な期待はせずに、毎日の習慣としてちょっとずつ食べる、ぐらいの感覚で続けるといいんじゃないかな。

うつ

2019.7.29

うつ病には、まずマグネシウムを摂りたい。
その根拠として、以下のような論文がある。

『治療抵抗性うつ病に対するマグネシウム〜レビューおよび仮説』
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0306987709007300
臨床現場でみるうつ病のおおよそ6割は治療抵抗性のうつ病(TRD)である。
マグネシウムが欠乏すると、NメチルDアスパラギン酸(NMDA)共役カルシウムチャンネルが開きがちになり、そのせいで神経系に損傷が起こったり神経系の機能不全が起こりやすくなる。これが、うつ病の発生と関連している可能性がある。
うつ病のモデル動物にマグネシウムを投与すると、抗うつ薬様の作用が見られ、しかもその効用は非常に強力である。
治療抵抗性で希死念慮のあるうつ病患者や自殺未遂の患者では、脳脊髄液中のマグネシウム濃度が有意に低いことが確認された。
リン31核磁気共鳴分光法(脳内のマグネシウムを正確に測定できる)によって、TRD患者では脳中マグネシウム濃度が低いことがわかった。血中のマグネシウム濃度は、うつ病と相関していなかった。
うつ病治療にマグネシウムを使った最初の報告は1921年のものである。激越性うつ病に対してマグネシウムを投与したところ、250人の患者のうち220人で改善した。また、最近の症例報告では、マグネシウムによりTRDが急速に改善した症例が報告されている。
2008年に行われた無作為化比較試験によると、糖尿病患者のうつ病に対してマグネシウムがイミプラミン(三環系抗うつ薬)と同程度に効果的であり、しかも副作用がまったくないことが示された。また、マグネシウムを静脈注射と同時に経口でも投与すると、TRDを副作用なく安全に改善できたという報告がある。
マグネシウムの含有量は、現代の加工食品メインの食事では大幅に減少しており、このため脳神経系にマイナスの影響を与えている。
カルシウム、グルタミン酸、アスパラギン酸は広く用いられている添加物だが、これらは感情障害を悪化させる可能性がある。食事からマグネシウムの摂取量が少ないことがTRDの大きな原因となっていることには十分なエビデンスがあるのだから、医師はTRD患者に対してマグネシウムを処方するべきだと我々は考えている。
脳内のマグネシウムが少ないとセロトニンも減少する。また、抗うつ薬の作用機序は脳中マグネシウムの濃度を上昇させることによるものだと示されている。これらのことから、マグネシウムによる治療はTRDのみならずうつ病全般に対して有効だと我々は考えている。

要するにまとめると、、、
そもそも第一に、現代の食事にはマグネシウム含有量が少ないこと。
そして第二に、カルシウム、グルタミン酸、アスパラギン酸などが食品添加物に含まれていて、体内のマグネシウムが少ないとこれらの添加物の毒性(主に神経毒)がモロに出てしまうこと。
これらの理由から、現代人は意識的にマグネシウムを摂取するように努めたいところだ。「マグネシウム 食事」とかで検索すれば、マグネシウムを多く含む食品が出てくるから、参考にするといいだろう。

うつ病患者でマグネシウムをしっかり摂っているという人は、ほぼ皆無だろう。
マグネシウム、ビタミンC、ビタミンDあたりは、摂ってムダということはまずない。食事改善と同時にこれらの栄養素の摂取を併せて行うことで、うつ病は大幅に軽快するはずだ。

というのが、一応の理屈。
理論通りいけばいいんだけど、実臨床ではそういう患者ばかりじゃない。そこがTRDの難しいところだ。
上記論文にあるように、採血でマグネシウムの血中濃度をオーダーしてもほぼ無意味。脳脊髄液をとってマグネシウム濃度を調べることは意味があるけど、背骨に針さすとか、大げさ過ぎて、クリニックでは現実的じゃない。
論文にあるようにマグネシウムの静注はかなりの有効性が期待できるけど、「わざわざ点滴するのまではちょっと」と患者はだいたい嫌がる。
こういうふうに困ってからが、医者の力量を試されるところ。何とか治療の選択肢を絞り出す。
有機ゲルマニウムはどうか。重金属や環境ホルモンなどの毒物が原因だとすれば、有機ゲルマニウムによって肝臓の解毒能が高まり、TRD軽快の一助になるかもしれない。
アダプトゲンはどうか。副腎疲労がTRDの背景にあるとすれば、コルチゾールを適正化するロディオラやアシュワガンダが著効するかもしれない。
CBDオイルはどうか。自律神経の乱れがうつ病の難治化を引き起こしているとすれば、交感神経と副交感神経のバランスを整えるCBDオイルが効くかもしれない。

僕にも答えはない。
患者と一緒に手探りで道を探していくしかないこともあるんだな。

うつ

2019.7.28

たとえば、うつ。
原因があるのなら、まずはその除去ができないか考えてみる。
「仕事の人間関係のストレスで、ほとほと参ってまして」という人がいれば、ちょっと踏み込んで、具体的にどういうストレスなのか聞いてみる。
「誰がどう見てもパワハラですね。逆に今までよく我慢してきましたね」みたいなこともあれば、全然大したストレスとは思えないこともある。
後者の場合、ストレス自体が問題というよりは、本人のストレス耐性が問題である可能性がある。こういう人は、特段の原因がなくても、何となく漠然とした不安や抑うつに陥る。

なぜ、ストレス耐性が低下するのか。
食事の乱れがないか、聞いてみる。「きのう何を食べたか、朝食から順に教えてください」
たいてい何らかの問題が見つかるものだ。
好ましくないものを食べている場合には、いったんそれを除去することを勧める(まず、引き算)。
さらに栄養療法的なアプローチでは、ある種の栄養不足がその背景にあると考える(次に、たし算)。
どの栄養素が足りないのか。水溶性ビタミン(CやB群)かもしれないし、脂溶性ビタミン(DやK)かもしれないし、タンパク質や脂肪酸かもしれない。
単純に、ビタミンCを1日500mgとるだけで不安が改善した、という研究もあれば、
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26353411
ビタミンDの投与で軽快したという研究もある。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6390422/

人間はいろんな原因で病気になる。だから、いろんな治り方をする。
医療者側から見れば、治し方が一つではない、というのはおもしろいことだと思う。
これは要するに、うつの背景には腸なり脳神経系なりに炎症があって、CであれDであれ、要はその抗炎症作用が症状の改善をもたらした、ということだろう。
だから、うつの治療法は、他にも当然ある。
個人的に今一番注目しているには、CBDオイルだ。うつにも効くことが示されている(何にでも効くなぁ)。
https://www.medicalnewstoday.com/articles/324846.php

うつに対して、逆に、やってはいけない治療法もある。
妻に先立たれた高齢男性。以来2、3日、食事も睡眠もろくにとれていない。見かねた家族に連れてこられて来院した。
うつ病評価尺度の点数は、明らかにうつ病。しかし、こういう患者に対して「ああ、そうですか。お気の毒に。抗うつ薬と睡眠薬をお出ししますね」で済ましてはいけない。
この人は、フロイトのいう「喪の作業」(モーニングワーク)に服している。
数十年連れ添った妻を失った悲しみは、途方もないものだろう。ショックで食事や睡眠がとれなくなるのは当然のことだ。かつ、新たなステップに向かうために、必要なことなんだ。
ここに医者が下手に介入して、抗うつ薬やら睡眠薬やらで症状を一時的に改善させてしまうとどうなるか。
未消化なままの思いが心の中に延々くすぶり続け、やがて症状は再燃するだろう。しかも薬の副作用とあいまって症状は難治化し、本物のうつ病になる可能性もある。
喪の作業は、スキップするわけにはいかない。夏休みの宿題をやらずに踏み倒すわけにはいかないのと同じだね。
人生には、悲しみにしっかりひたることが必要なときもある。こういう場合に医者ができることは、せいぜい傾聴と共感だけ。相手の心に寄り添ってあげること。これしかないけど、これだけで、ずいぶん本人の助けになるものだよ。

個人的な話。
数年前に母が亡くなった。
つまり、父にとっては妻を亡くしたということだ。
病院から忌引き休暇をもらって実家に帰った僕は、父の様子を間近に見ることになった。遺品整理や弔問客の対応をしているとき以外は、ずっと母の遺影のそばにいて、ぼんやりしていた。「俺より先に死ぬなよ」とか時々つぶやいて泣いている。憔悴ぶりは誰の目にも明らかだった。飼っている2匹のネコの世話が、かろうじて父の生きがいだったと思う。
休暇が終わり、後ろ髪引かれる思いで病院勤務に戻った。
しばらくして、姉から電話があった。「お父さん、最近やたら元気なんよ。どうしたんかなと思ってよくよく話聞いてみたら、彼女できてんて。一緒に半同棲みたいなことしてて。まだ母が死んで間もないのに、よくやるわ」
姉はずいぶん軽蔑しているようだったけど、僕はホッとした。
しっかり悲しめば、また新しいステップが始まる。
年齢がいくつであっても、失恋の傷を何より癒やしてくれるのは、新しい恋愛なんよねぇ。

オーソモレキュラー医学会

2019.7.22

オーソモレキュラー医学会のため、一泊二日で東京に行った。
二日間にわたり、十数人の先生方がそれぞれ30分ほどの講演をした。
どの講師の話もおもしろかった。
当然のことだ。
症状を抑えるだけの対症療法について講演する先生は一人もいなかった。皆、根本を見据えた治療に取り組んでいる先生なのだから、つまり、僕と志を同じくする先生なのだから、おもしろいのは当然のことだ。

医学部で患者を治療する技術を学んだはずだった。ところが、いざ現場に出てみると、学んだ技術ではまったく患者を救えないことを知る。治療どころか、有害無益としか思えない医療行為さえある。良心が痛い。「自分は一体6年間、何を学んできたのだろう」無力感と罪悪感にさいなまれる。大きな挫折だ。

ここが分岐点。この挫折を、冷静に割り切ることで乗り越える人もいる。
「そもそも医者の仕事は、患者を真に治療することではない。診療ガイドラインに基づいて、淡々粛々と処置を行い、薬を処方する。これが医者の仕事なんだ」
人を癒したくて医者になった初心はどこかに捨てて、そもそも医者というのはそういう仕事ではないのだ、と認識を改める。
こういう「悟り」を得た人は、強い。もはや西洋医学を疑わないし、良心も痛まない。
「先生に言われた通りに薬を飲んでるんですけど、全然よくなりません」と患者が言う。
知らんがな。俺はガイドラインの通りに薬出してるだけだ。文句があるならよそに行けよ。
治すことが目的じゃない。規定の処置・処方を行うことが医療だから、そこにケチをつけられても困る。文句は国に言ってくれ、ということになる。

一方、挫折の分岐点で、自分の学んできた医学を疑い、違う道を模索する人もいる。
鍼灸・漢方のような東洋医学に希望を求める人もいれば、栄養療法に希望を求める人もいる。
今回の演者の先生方は皆、栄養療法に希望を見出し、ゼロから学び直して研鑽を積み、こうやって大勢の前で講演をするまでになった。
そういうプロの先生の話なのだから、おもしろくないわけがないんだな。

もちろん内容的には、まったくの初耳、という話はほとんどなかった。
僕もそれなりに勉強してきて栄養療法を実践しているわけだから、当然そうなるよね。
だから当初、この学会の話を知ったときには、行こうか行くまいか迷った。
クリニックを閉めて、参加費、交通費、宿泊費を払ってまで行くだけのメリットがあるだろうか?知ってる内容の話ばかりで、学ぶことがなかったらどうしよう?
もちろん、こんな悩みは杞憂に終わった。参加してよかった。
学ぶことはたくさんあった。

なかでも衝撃的だったのは、医療大麻(CBDオイル)の有効性に関する飯塚浩先生の話だ。
アメリカなどで医療大麻が解禁されていることはニュースで聞き知っていたが、具体的にどんな疾患にどのように効果があるのか、まったく知らなかった。
大麻=麻薬=ダメなもの、という感じで思考停止に陥っている人は多いと思う。僕もその一人だった。しかし諸外国で次々と大麻が解禁されている意味を考えてみるといい。各国政府もその薬効を認めざるを得ないんだ。
CBDオイルが効果を発揮する疾患をざっと挙げると、けいれん、疼痛、嘔気、不安、感情失禁、認知症の易怒性など、数多い。
先生の症例報告を聞きながら、治療に難渋している僕の患者のことを思い出した。何をやってもいまいちパッとしない。そういう人にもCBDオイルが効くかもしれないな。
治療法のチョイスは多いほうがいい。うちでも導入しようと思った。