院長ブログ

国語1

2020.3.7

飲み屋で隣り合った紳士。職場でかなりのストレスがたまっているようで、ビールをあおるピッチも早い。
「はっきり言うが、俺は大した学歴じゃないよ。一応四年制大学だが、誇って名前を出せるような大学じゃない。特に先生みたいなお医者さんの前ではね。
学歴のない俺だが、それでも、学歴は重要だと思う。
よく教育評論家みたいなのが言うだろう。『学歴ではない。企業側は人間の内容を見て採用すべきだ』とか。
違う。まったく現場をわかっていない暴論だよ。
うちの会社の人事にも、『人格重視。学歴は問わない』みたいなスタイルの人がいて、それで何度失敗したことか。一回採用してしまったら、たとえ無能な奴でもなかなか首にできないんだよ。
だから俺は人事には口を酸っぱくして言ってる。
『まず、Fラン大学ははずせ。産近甲龍も要注意。あとAO入試かどうか、入学の仕方もよく見ておけ。出身高校も注意。地元の二番手三番手の公立高校出身者はリスク因子。一見優秀そうな関関同立にも時々ハズレがあるから、注意しておけ』と。
立命館の教授に知り合いがいるんだが、嘆いていたよ。AO入試で入る学生がどんどん増えてきて、ついには6割もAO入試からとるようになった結果、学生の質が、もう、目も覆いたくなるくらいに低下した、と。ろくに勉強せずに大学に入って、大学でもフラフラ過ごし、立命館っていう学歴だけ笠に着て就職する。でも会社は、採用してからそいつの無能さに気付く。
あまりにもそういうバカ学生が多いものだから、企業側もついに懲りた。採用試験で『大学には普通の筆記試験で合格しましたか?AO入試で合格しましたか?』と聞くようになった。AOはずしだよ。

先生、いくつ?40?じゃあ、ゆとりじゃないだろ。
先生よりもっと下の世代はさ、ゆとり世代ど真ん中。大学全入時代で、たいした勉強もせずに大学に入学して、テキトーに学生生活を過ごしている。
びっくりするほど無能なのがいるんだよ、本当に。
ある新卒に指示したんだよ。『取引先が相場の2割引き以上で受注してくれるなら、その仕事、取ってこい』って。そしたら、そいつ、2割の意味が分からなかった。

え、信じられないって?そう。俺も最初、信じられなかった。2割の意味がわからないっていう、そのこと自体がよくわからなかった。
『分数ができない大学生』という本があるが、あれは本当だよ。漢字の読み書きが全然できなくて、契約書もろくに交わせない、っていう奴もいたな。

学歴社会を批判する人がよく言うだろう。『二次方程式の解の公式なんて世の中に出て使ったことは一回もない。因数分解なんて何の役にも立たない』とか。
なるほど、確かにそうだろう。うちの業界の営業職で、数学を使うことは少ないかもしれない。でも、算数は絶対に要る。
うちとしては、ときどき出くわすそういうジョーカーみたいな無能を引くリスクを抱えたくないんだ。『学歴よりも個性重視』みたいなのが世間の風潮だが、俺は断固として、学歴は重視したい。だから人事に必ず言っている。学歴は見ろ、と。
数学ができる奴なら、算数でつまづいていることはないだろう。入社試験でそれなりの文章が書ける奴なら、契約書も読めないなんてことはないだろう。そういう具合に、”最低限”の基本がある人間が欲しいんだ。多くは求めない。せめて、算数と国語ができる。それだけでいい。
もちろん優秀ならそれに越したことはないが、採用において一番大事なのは、”ジョーカー”をひかないこと。これに尽きる。
人事部はもっと責任感を持って選考して欲しい。新卒が入社後に”ジョーカー”だと判明したとするだろう。今ね、その新卒を採用した人事担当者を減給とか何らかのペナルティーを課せないか、真剣に考えている。当然その逆があってもいい。優秀な新卒を見出した担当者には、ボーナスにちょっと反映してやるとかね。

この試験を見てみなよ。君なら何点とれる?

数学というか、算数に毛の生えた程度の問題だ。1個2個の計算ミスは大目に見るが、基本、みんな満点をとる。
しかし今うちの現場で扱いに困っている社員は、この試験で、なんと、4点だった。
もうね、そういう学生は問答無用で不採用にしないといけない。無能な新人が来て一番割りを食うのは、現場なんだ。
数学とか国語ができるというのは、単にそれだけじゃない。頭がいいし、能力が高い、ということだと俺は思っている。学歴は、やはり、重要だ」

真菌、コレステロール、癌24

2020.3.7

以前載せた画像を再掲する。

この図の語るところは多い。
癌細胞は、スタチンのせいであれ何であれ、メバロン酸の合成経路が破綻している。メバロン酸が作れないから、以下のカスケードの産物(イソプレノイド、コレステロールなど)も作れない。
このような状況下では、細胞は健全な機能を維持するために、イソプレノイドを猛烈に求めている。イソプレノイドを得ようとして、リダクターゼを作りまくる。この作り過ぎたリダクターゼが細胞内のゴミとなって、細胞機能はますます異常をきたす。
つまり、「イソプレノイド飢餓」を解消しようとする試みが空回りし、「リダクターゼ毒性」にやられる、というのが根本にある病態生理である。
イソプレノイドを投与すると癌抑制効果があるというのは、だから要するに、フィードバックである。
たとえメバロン酸の供給がなくても、ひとまずイソプレノイドさえあれば、細胞は暴走(癌化あるいはアポトーシス)しない。

だから、「スタチンを飲むのなら、せめて毒消しとしてコエンザイムQ10(ユビキノン)も飲んでおけ」ということである。
そもそもスタチンを飲まないことが第一だけどね。

以前のブログで、この論文を紹介した。
『イソプレノイドを介したメバロン酸合成の抑制〜癌への応用の可能性』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10460692
論文中に、以下のような表がある。

様々な癌細胞に対して増殖を抑えるために、どのイソプレノイドをどれくらいの量使えばいいのか、ということを検証した結果をまとめたものである。
一番左の列に各癌細胞のタイプ、その隣の列には各種イソプレノイド。その隣はIC50(半数阻害濃度)、という具合に並んでいる。
上記のイソプレノイドをざっと列挙すると、、、
リモネン、ペリリン酸化合物(ぺリルアルデヒド、ペリリルアルコール、ペリリン酸メチルエステル)、シネオール、ピネン、メントール、ゲラニオール、β-イオノン、トコフェロール(α、γ、δ)。
いろいろあってややこしい、と思われるかもしれないが、それほどでもない。
これらは、「だいたい似たもの同士」と思ってもらってよい。
化学式を持ち出せば化学の苦手な人はウンザリするかもしれないが、構造式で見たほうが統一的に把握できる。

リモネン(柑橘類の果皮に含まれる)もピネン(松などの針葉樹に含まれる。松(pine)から発見されたからpineneなわけだ)もメントール(ハッカに含まれる)も、メンタンから生成される。
上記研究では挙げられていないが、カンファーにも抗癌作用があり、実際ガストン・ネサンの作った免疫強化剤714-Xはクスノキ由来の樟脳(カンファー)から生成されている。いわゆる”カンフル注射”(強心剤として用いられた)のカンフルは、カンファーが語源であることからわかるように、カンファーはかつて医療現場でも使われていた。
ペリリン酸はリモネンとピネンの中間代謝物。癌患者にリモネンを投与すれば、尿中にはペリリン酸として排出される。もちろん、ペリリン酸にも抗癌作用がある。
β-イオノンは、産業的には香料の原料としてよく用いられる。タバコ、茶、ヘナ(髪染めで有名)に多く含まれている。
ゲラニオールは、その名前から予想できるように、ゼラニウムから発見された。バラに似た芳香があり、香水として広く用いられている。

ざっと見て、「トコフェロール(ビタミンE)以外、どれも”いいにおい”じゃないか」ということに気付かれるだろう。
イソプレノイドが総じて”いいにおい”である、ということが、僕にはとてもおもしろい。

「癌細胞は特有のにおいを放っている」という話を聞いたことがありますか?
というか、そもそも、癌に限らず、病気には固有のにおいがある。歯周病が臭いのは当然だし、蓄膿症も特有のにおいがある。糖尿病患者が甘酸っぱい体臭を放つことは有名だろう。他には、肝臓病患者のネズミ臭、腎不全患者のアンモニア臭、痛風患者のビール臭が知られている。
東洋医学では嗅診(においによる病気診断)を行うように、ある種の病気に特徴的なにおいがあることは常識である。
では、癌のにおいとは?
癌が進行すれば、癌細胞の壊死による腐敗臭がするだろうが、初期の癌患者でも尿中に癌の代謝物が排出されている。嗅覚に優れた犬はそのにおいによって癌患者を識別できるという。
『犬は肺癌を嗅ぎ分けられるのか?肺癌疑い患者における呼気と尿を使った検証』
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.3109/0284186X.2013.819996
結果、感度99%で肺癌患者を嗅ぎ分けたというのだから、大したものだ。

癌を真菌感染症だとする立場に立てば、癌から腐敗臭がするのはむしろ当然である。
そして、その癌を抑制するイソプレノイドが総じて”いいにおい”であり、まるでその芳香によって腐敗臭に対抗している構図になっている。
イソプレノイドが、”毒消し”であり、同時に”におい消し”にもなっているところが、自然の妙というか、できすぎたくらいによくできた話だなと思う。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)

2020.3.7

犬が欲しい。
ふと気が付くと、ユーチューブで犬の動画を見ている。
『犬の遊ばせ方』とか『犬とのコミュニケーションのとり方』とか、まるで、すでに犬を飼っている目線で見ている。我ながらヤバいなぁ^^;

こういうときの僕は、多分、人に疲れている。
別に誰かに手ひどく裏切られたとか、ショックなことがあったとか、そういうわけじゃない。
ただ、何となく、犬のピュアさ、人間に対する、疑うことを一切知らない完全な忠実さに、ものすごく憧れたりする。
そういう関係性を、誰か(人でなくてもいい)と築けたら、どれほど素敵なことだろう。
そういう思いで、犬の動画を延々見ている。

現実的には、飼えない。
そもそも、今住んでるところがペット禁止っていうね´Д`
仮にペット可のところに引っ越したとしても、仕事が忙しい。勤務時間が終わっても、ブログだ何だと、いろいろ書いている。
勤務時間のほうは始まりと終わりがきっちり決まっているが、ブログだ何だのほうは、半ば趣味である。書くべきことは、ほとんど無限にある。それだけに、時間をどれだけつぎ込んでも終わりがない。
しかしそういうことに打ち込んでいては、犬の相手をする時間なんて、とてもない。
子犬を飼うとなれば、あちこちにおしっこするだろうから、掃除もしないとけない。散歩はもちろん、遊び相手にもなってあげないといけない。
犬のために時間をとられ、ブログの更新は停滞するだろう。
「時間をとられる」などと思っている時点で、僕には犬を飼う資格がないのだろう。
犬に限らず動物を飼うということは、その命に対して責任を持つということだから、そのときの気分だけで飼うことはできない。

子犬のうちはともかく、3才くらいになってある程度落ち着いてくれば、犬を診察室にいれてやるのもありかもしれない。
これは僕のアイデアではない。フロイトが実践していたことである。

フロイトが患者の診察に際して、愛犬(チャウチャウ犬の「ジョフィ」)を同席させていたことは有名である。
この事実で以て「フロイトは世界で初めて、犬をセラピードッグとして用いた」とする向きもあるが、意味合いがちょっと違う。
フロイトは「犬には人の気持ちを察する能力がある」と考えていた。診察時、ジョフィが患者のそばで座っているときは患者がリラックスしている合図、ジョフィが診察室の床に寝そべっているときは患者がナーバスになっている合図、診察を終わらせるタイミングはジョフィが伸びをするとき、という具合に、診察を進めるヒントとしてジョフィの仕草を参考にしていたという。
犬の賢さを実臨床でリアルに利用していたのであって、治療的な効果を意図していたわけではないようだ。
でも僕が患者の立場なら、診察室に犬がいたら、それだけで何だか気分がやわらぐ感じがすると思う。

そう、犬や猫などの動物と触れ合うことによって、何らかの”癒し”を感じる人は多い。
これは錯覚なのだろうか。それとも、医学的な裏付けがあるのだろうか。
AAT(animal assisted therapy;動物介在療法)の有効性については、すでに多くのエビデンスがある。
たとえばこういう論文。
『動物介在療法(AAT)~メタ分析』
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.2752/089279307X224773
AATの有効性を調べた250の論文のうち、質の高い49の研究を選び、メタ分析したところ、以下の4領域(自閉症スペクトラムの症状、医学で対処困難な症状、行動障害、情緒的健全性)において中程度の有効性があった、とのこと。
さらにこんな論文。
『動物介在療法~それは魔法なのか、医学なのか』
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022399900001835
動物介在療法が効くのかどうか、生理学的に客観的な指標で確認したい、ということで、人(n=18)と犬(n=18)の触れ合いの前後で、血圧低下に関連する神経化学物質を6種類測定した。結果、注意喚起に関連する神経化学物質が人、犬両方で有意に増加していた。
「注意喚起に関する神経化学物質(neurochemicals involved with attention-seeking)」というのが何なのか謎だけど^^、犬と遊んでいるときには人間も「かまってちゃん」になるのかもしれない。
他にも、血圧・心拍の低下、通院頻度の減少、コルチゾールの低下(ストレス軽減)、オキシトシン増加(情動安定)、ドーパミン増加(意欲増大)、副交感神経優位(リラックス作用)、うつ症状の軽減、喪の作業(mourning works;親しい人が亡くなった現実を受け入れる心理的過程)の負担軽減、といった効果が報告されている。

喪の作業の負担軽減、というのは非常によくわかる。
母が亡くなったとき、父の悲しみようは並大抵ではなかった。ひどい抑うつで、いっそ母の後を追いたい、という雰囲気さえあった。
そういう父を支えになっていたのは、二匹の飼い猫だったと思う。
猫は、何もしない。一日中寝ているばかり。たまに気まぐれに足元にすり寄り、エサをくれと甘える。
エサやトイレの世話があるから、父も悲しみにひたってばかりはいられない。手間のかかる生き物のおかげで、父はずいぶん救われたと思う。

動物によって癒やされるのは人間ばかりではなく、なんと、動物も癒やされるようなんだ。
今日、こんなニュースを見た。
『重病動物の横で添い寝する癒しの”ナース猫”』
https://www.epochtimes.jp/p/2020/03/52635.html

ゴリラや大型犬が猫をかわいがる動画を見たことがあるけど、猫をかわいいと思うのは人間だけじゃないんだな。
犬の話が、いつのまにか猫になってた(‘Д’)

右と左

2020.3.6

以下のリンク先動画は、先月韓国で行われた『四大陸フィギュアスケート選手権2020』に出場した羽生結弦の演技である。

ノーミスの演技で、世界最高得点を叩き出した。
フィギュアスケートという競技で成し得る美の究極形、と言っても過言ではない。

さて、今回のテーマは「羽生結弦のすごさ」ではなく、「右と左」である。
羽生選手がジャンプするときの、回転の方向に注目してみよう。左回転していることに気付くだろう。
そう、フィギュアスケートという競技は、総じて「左回転のスポーツ」である。
それぞれのジャンプ(アクセルもルッツもフリップも)は左回転で跳んでいるし、パフォーマンス自体が、リンクを左に回りながら進行する(陸上競技のトラックも左回りに走る)。
ただ、これはルールで決まっているわけではない。実際、右回転のジャンプで世界的な成績を残す選手も数多くいる。しかし多くの選手(特に日本ではほぼ全員)が左回転の演技をしている。

なぜ左回転が多いのか?
ふと、「反重力が関係しているのではないか?」と思った。
反重力については、以前のブログで紹介した。
早坂秀雄氏は「垂直方向に右回転しながら落下する物体では、上向きの力が加わる」ことを発見した。
これは現代物理学(ニュートン物理学もアインシュタイン物理学も含めて)の常識を根底から揺さぶる仕事であったが、当局から黙殺された。従って当然、今の学校教育でも早坂氏の業績が紹介されることはない。
しかし当局が反重力の存在を認めようが認めまいが、「あるものは、ある」のである。
それは、フィギュアスケートのように回転が関係する競技はもちろんだが、そもそも、万物は粒子から成り、粒子がスピン(回転運動)しているのだから、恐らく地球上に存在するすべての物質に、反重力が影響しているはずである。

フィギュアスケートの選手の場合、右回転のジャンプをすると、反重力による上向きの力が加わり、その分、滞空時間が長くなるから、右回転のほうが有利なように思える。
しかし、現状、左回転の選手のほうが多い。つまり、反重力では説明できないわけだ。
単純に、以下のような理由によるのかもしれない。
・指導者の都合・・・将来有望な子供が右回転ジャンプが得意だった場合でも、左回転に矯正する。左回転の選手が多いから、右回転の選手が彼らと衝突してケガをしても困る。アイスリンクの広さは、有限なのだ。
・軸足・・・多くの人は右利き(右手利き、右足利き)である。左足で踏み込み、左回転し、右足で着氷する動きのほうが自然。

指導者から矯正されようとしたが左回転にどうしてもなじめず、そのまま右回転のスタイルで貫き通して、結果、世界的な選手になった人も少なくない。
こういう選手は反重力をうまく使っているんじゃないかな。

こういうことを考えたきっかけは、岡澤美江子先生の『天の配慮』を読んだことがきっかけである。同著に、このような記述がある。
「自然は右回転が基本である。
人間の体のなかは、すべて右回りである。体のなかにすっぽり収まっている、全長10メートルにも及ぶ胃腸は右巻きである。
地球の自転は、地軸の北方向を正として右回りである。水のたまった桶の底に穴をあけ、水の落ちる様子を観察すれば、右回りの渦を作って流れていく。
ツル植物のほとんど(ツヅラフジ、アケビ、ヤマフジ、アサガオなど)は右回りのつるを巻く。これは生育場所(北半球、南半球)を問わない。種(DNA)に固有の性質である。
植物ばかりではなく、カタツムリの甲羅、サザエの貝殻なども右巻きの造形を示す。
自然界の「右回り好み」は流体にも見られる。
川を見よ。一見まっすぐに流れているように見えても、実は微妙に右回転しながら流れている。だから、自然と右側に蛇行していく。
この回転により水が適度に撹拌を受けることで、たとえば真夏でも水温が極端に上がることがない。水生生物の生存に好ましい環境を提供することになる。
我々の体内、血流だってそうである。血液は右回りのらせんを描きながら体内をめぐっている。果てはDNAの二重らせんさえ、右巻きである」

『天の配慮』の共著者大友慶孝先生は、これら「右と左」が歯科に及ぼす影響を考察した。
つまり、たとえば歯医者でインプラント(顎骨に埋め込む人工歯)固定術を受けるとき、そのインプラントは右回りの回転軸で埋め込まれる。
これは受け手側(患者側)にとっては、左回りの伝播となる回転軸であり、体にとって生理的ではない。体内の負荷を引き起こし、結果、体液のORP(酸化還元電位)が酸化側に傾くことになり、慢性疾患の背景となる。
このように、体内に「右と左」の齟齬を組み込まれた患者では、北半球に位置する日本列島において、高気圧(右回り気流)のときは体調に問題は出ないが、低気圧(左回り気流。台風、突風、竜巻など)は負担となり、体調不良を訴えることになる。

この指摘は実に新鮮だと思った。
僕の患者にも、天気の具合が体調にモロに影響する人が確かにいる。症状の出方は、頭痛、めまい、持病の関節痛の悪化など、人それぞれだが、皆共通して、低気圧のときの不調を訴える。なかには「今日は体調が悪いから、天気がこれから崩れるはず」と、体調から天気の変化を予想できる人さえいる。しかもその予想が、気象予報士よりはるかに精度が高かったりする^^;
インプラントを受けているわけではなくても、もともと「右と左」に起因する不調が背景にあって、それが低気圧によって表面化する、ということかもしれない。

動植物の「右と左」は、案外簡単に撹乱する。
たとえば、ツル植物は巻き付く対象物によってツルの右巻き左巻きが変化する。木々などの自然物に巻き付くときは右巻き、金属やナイロン紐には左巻きになることが多い。
胎児に無害とされるエコーであるが、中国で行われた人体実験によれば、胎児期のエコー曝露の時間が長いほど、出生後に左利きになる可能性が高くなることがわかっている。
「右と左」のキラリティを混乱させる何らかの因子があるのだろう。

「右と左」の齟齬が病気の原因になり得るのならば、逆に、この齟齬を是正するアプローチによって、症状が緩和するかもしれない。
岡澤先生も著書のなかで、「右回りのらせん回転動作によって、還元力が高まる可能性」を追求したいと書かれていた。
確かにおもしろいテーマだよね。

参考
・ここでいう右巻きは、いわゆるZ巻きのこと。このあたりはウィキペディアの「右巻き、左巻き」が詳しい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B3%E5%B7%BB%E3%81%8D%E3%80%81%E5%B7%A6%E5%B7%BB%E3%81%8D

AはZ巻き(左下から右上に向かうよう)、BはS巻き(右下から左上に向かうよう)。
・『天の配慮』(岡澤美江子、大友慶孝共著)

真菌、コレステロール、癌23

2020.3.5

タマネギにカビが生えたとして、そのカビの生え方を、よく見て欲しい。

オレンジ色の皮の部分は無傷で、白い可食部分にカビが生えている。
もちろん、タマネギの皮にはカビが生えない、というわけではない。真菌の繁殖条件(湿度、温度、pHなど)を整えてやれば、皮もきっちり分解する。「形あるもの(有機物)は、確実に葬り去り、次なる命への肥やしとする」これが真菌の仕事である。カビこそ真の、必殺仕事人、である。
真菌は、決して手抜きをしない。「この世向きでない有機物」があれば、それがどこにあろうとも(それがたとえ、生きている人間の体であろうとも)、土に還そうと試みる。
僕らはこの状態を、僕らの都合上、「病気」と呼んでいる。仕事熱心な真菌としては、実に心外な表現である。彼らは自分の仕事をしているに過ぎない。

しかし、なぜだろう?
なぜ、タマネギの皮はカビが生えにくいのだろうか?
誰に頼まれずとも黙々と仕事をこなすカビである。そのカビさえも、タマネギの皮の分解がやや苦手だというのは、よほどのことである。
これは皮に含まれるケルセチンの作用による。

ケルセチンには抗酸化作用がある。
カビは酸性環境下(アシドーシス)で働きが高まるから、酸化を抑制する成分に対しては、分解作業が難渋する。
ところでそもそも、生理学的な意味でいうところの酸化とは、「活性酸素の産生が抗酸化防御能を上回った状態」である。火消しの量よりも可燃物のほうが多くあるということで、酸化と炎症はおおむね同義語だと考えてよい。
慢性的な炎症が癌や動脈硬化のもととなり、動脈硬化は万病(たとえば高血圧)のもとになる。
さて、ここでケルセチンを投与するとどうなるか?火消しを投入するのだから、効果はお察しの通りである。
『食品中のポリフェノールが、アポリポタンパクEノックアウトマウスの動脈硬化に対して、炎症および血管内皮細胞の機能不全を緩和することにより、改善効果を示した』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20093625

要するに、抗酸化作用とは抗炎症作用であり、さらに網羅的に述べるなら、抗動脈硬化作用、抗脳疾患作用、降圧作用、抗腫瘍作用、血管弛緩作用などである。

ケルセチンは、分子としては、こういう形をしている。

ところで、ルチンやヘスペリジンという言葉を聞いたことがあるだろうか。
ルチンはソバに、ヘスペリジンは柑橘類の皮に含まれている成分として有名だ。
実はケルセチン、ルチン、ヘスペリジンは、いずれもビタミン様物質(厳密にはビタミンではないが、ビタミンのような働きをする物質)である。
ルチンもヘスペリジンも、分子的には、ケルセチンに配糖体がくっついた形をしている。
具体的には以下のようである。

ルチン↓

ヘスペリジン↓

ケルセチンに、オリオン座みたいな鼓形のやつが2つくっついて、ルチンやヘスペリジンができる。くっつく場所が違うだけだから、働きはおおむね同じ(根っこは抗酸化作用)だと思ってよろしい。(もちろん、サリドマイド(光学異性体)の例を考えれば、「形が似てれば、生理的作用もだいたい同じ」とは必ずしも言えないが。)

さらに、ケルセチンの摂取によって、血中グルタチオン濃度が上がったという報告もある。
『ケルセチンはヒト動脈血管内皮細胞におけるグルタチオン濃度と酸化還元反応に影響するが、これはケルセチン-グルタチオン結合体の細胞内輸送とグルタミン酸-システインリガーゼのアップレギュレーションによるものである』(長いタイトルやのぉ)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5011167/
グルタチオンというのは、要するに、解毒酵素である。これが体内で誘導されるということは、まず、吉兆である。

「なるほど、カビ毒にはケルセチン、ルチン、ヘスペリジンのサプリだな!」と飛びつかないこと。
もちろん、科学の導き出した興味深い知見であるから、それを実生活に生かそうとすることは、基本的に賢明な姿勢である。ただ同時に、どのようにしてその成分を摂るのか、という視点も持ちたい。
ビタミンCやナイアシン、有機ゲルマニウムを高用量で摂りたいときには、さすがに食品では無理があるから、上手にサプリを利用すればいい。
しかし、基本は食品からの摂取である。
玉ねぎを料理するとき、食べるのは実の部分ばかりで、皮は捨てているだろう。ミカンを食べるときも、皮は捨てるだろう。今回のブログは、要するに「ゴミが薬だった」という話である。
玉ねぎの皮や、乾燥させたミカンの皮を、ブレンダーで砕く。それを瓶に保存し、適量飲む(1日小さじ3杯とか)。成分を抽出・精製したサプリには含まれていない様々なバイオフラボノイドが生きていて、サプリ以上に有効だろう。
そんな手間は省きたい、という向きには、玉ねぎの皮の粉末が売っている。興味のある人は検索してみるといい。

カビ毒に効く栄養素の話は、次回にも続きます。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)

奇跡のリンゴ

2020.3.5

『奇跡のリンゴ』で有名な木村秋則さんは、これまで不可能と考えられていたリンゴの有機栽培(無農薬、無肥料栽培)に世界で初めて成功した。
きっかけは、リンゴに散布する農薬によって妻の体調が悪化することだった。「人の体をこんなにダメにする農薬を撒いたリンゴが、果たして健康的と言えるのか」
そこから、リンゴの有機栽培目指す木村さんの挑戦が始まった。
数年間あらゆることを試みたが、しかし、何をやってもうまくいかない。
憔悴しきった木村さんは、真剣に自殺を考えて、地元の山に登った。
首をくくるのに手頃な太さの木を探しているとき、ふと、立派なリンゴを実らせる木が目についた。
奇妙だ。山奥の、誰も世話をしていない木である。農薬は肥料はもちろん、下草さえ刈っていない。それなのに、なぜ虫に食われないのだろう。
そこで木村さん、ハタとひらめいた。
「誰も世話をしていないのに、ではない。誰も世話をしないおかげで、農薬もなしにこんなに育つんだ」
結局、人為の卑小さこそ、すべての元凶だった。
収穫量を上げるために、化学肥料をまく。なるほど数年のうちは、それでうまく行くだろう。しかし結局土は瘦せ衰え、もはや肥料なしでは立ち行かなくなる。肥料の”毒”を吸った果実は、病害虫にも弱い。結果、大量の農薬が必要になる。
そう、まず根本は、土からだ。
土の回復を待つこと数年。ついに、リンゴの有機栽培に成功した。

この話は極めて示唆に富む。何もリンゴ栽培に限ったことではないだろう。
よく実る健康的なリンゴの木を育てることと、生き生きと健康的な体を育むことは、相似図形のような照応がある。
リンゴに散布する農薬や化学肥料は、人間でいうところの、抗菌薬などの様々な薬剤である。どちらも対症療法に過ぎず、根本的な原因に何らアプローチしていない。

勤務医時代の先輩のことを思い出す。娘がひどいアトピーで、同じ病院の皮膚科に通わせていた。ステロイド、プロトピック、ヒルドイドなど、何を塗っても全然よくならない。内服のステロイド、抗ヒスタミン薬も飲むが、効かない。皮膚を一日中搔きむしる。寝ているときさえ、掻いている。学校なんてとても行けない。
「ステロイドなんて塗ってても一生治らないですよ」と、言ってあげるべきだっただろうか。しかし、そんな”本当のこと”を言って、西洋医学の誇りを不用意に傷つけるのもはばかられる。他ならぬ自分の娘から、自分の実践する医療の矛盾を突きつけられることを、彼はどう受け止めるだろう。
結局、僕は無視を決め込んだ。わざわざ言うてあげるほど、優しくないんよね。

何をやってもリンゴが虫に食われる木村さんと、何をやっても娘のアトピーが治らない僕の先輩の姿は、似通っている。
人為の浅はかさに気づき、自然の力を信じることが、まず第一歩である。
西洋医学は、人間の自然治癒力を信じない。体を「救いようのないバカ」と考える。ステロイドで痒みを抑えてやらなくてはいけない。抗菌薬で細菌を殺してやらねばならない。糖尿病薬で血糖を、降圧薬で血圧を、スタチンでコレステロールを、下げてやらなくてはならない。
こういうアプローチでは、健康という果実は永遠に実らないだろう。

そう、木村さんはリンゴの有機栽培に成功した。この成功は書籍化され、映画化され、一応世間にも知られている。しかし、恐らく世間一般の人の認識は「ふーん、すごいね」程度だろう。
木村さんの成し遂げた功績の偉大さを一番認識しているのは、ロックフェラーである。彼らは木村さんの提唱する農業スタイルが普及することを、大げさではなく脅威だと思っている。
農業への介入。それこそが、彼らの世界支配のとっかかりである。農薬のみならず、医薬をはじめとする石油製品が不要であることが露見しては、彼らの計画が頓挫しかねない。木村さんの提唱する自然農法は、手法としても、また、その思想としても、彼らにとって看過するわけにはいかない。

さて、ロックフェラーが危険視する当の木村さんは、実に、飾らない人柄である。別段偉ぶるわけでもない、自然体の人である。
嘘のない人だから、自分の経験したことは素直に、さらりと言う。
高校生のとき、時間が止まり、巨大な龍が現れ、その龍と会話を交わした。
しょっちゅうUFOを目撃し、そればかりか、宇宙人にUFOの中へ連れて行かれ、そこで宇宙人から、UFOの動力源のこと(ボブ・ラザーの証言と一致する)や、もうすぐ世界が終わることなど、様々なことを聞いた。

自然農法に成功し、その普及を目指す人である。その木村さんが、そういう”トンデモ”系の話をすることには、メリットがない。それどころか、下手をすれば、自然農法の評判自体にも傷がつきかねない。「リンゴの有機栽培に成功した人って、頭おかしい人らしいじゃない」と。

木村さんはUFOのなかで、カレンダーの整理をしている人(人というか、神かもしれない)を見た。そのカレンダーは、1年あたり畳一枚ほどの大きさで、木村さんはその整理作業を手伝った。ふと、ある年代以降のカレンダーがないことに気付いた。「これ以降のカレンダーはないんですか?」と尋ねると、「ああ、もう必要ないからね。人類が終わるから」

あけすけに何でも語る木村さんだが、この終末年、カレンダーがいつ終わるのかについては、決して語らない。「2、3年ということはない。ただ、決して遠い先というわけでもない」と言葉を濁すのみである。
柔らかい人柄の木村さんだが、芯の強さは常人離れしている。言わないと決めたことは、どんな脅しをかけられたって絶対言わない。
ところが最近、高野誠鮮さんらと一緒に酒を飲んでいるときに、酔った勢いでポロッと言ってしまったという(ちょっと!木村さん!^^;)。

残り12年。
干支が一周するほどの時間である。
農業肥料による亜酸化窒素が気球温暖化を推し進め、結果、各地で異常気象が続発し、食料をめぐって紛争が勃発する。
自然農法は日本生まれである。岡田茂吉に始まり、福岡正信が継承し、木村秋則が再度復活させた。龍の国日本が、今こそ立ち上がらないといけない。
「もう時間がない」木村さんもそういう危機感があって、あえて意図的にポロッと漏らしたのかな。

『地球カレンダーの残りの枚数 温暖化の本当の原因 』

休校

2020.3.4

フェイスブックで広くシェアされている記事。
後追いのようだけど、僕もシェアしたい。

子供からすれば、2,3日くらいの休みなら、「ラッキー」ってなもんだが、こんなにがっつり長期の”休校”となっては、「ちょっと待ってよ」という感じだろう。
特に、それぞれの学校の最終学年(小学6年生、中学3年生、高校3年生)は、もうすぐ卒業する学校で過ごす最後の日々だった。それがいきなり「明日から学校は休み」となって、そのまま卒業となる。

残り少なくなったお菓子は、いとおしみながら食べるものである。
生徒たちも、終わりが見えてきた学校生活を、どうやって楽しもうかと思いながら過ごしていた。
「普段あまりしゃべったことのない同級生。もうすぐ卒業となれば、一生会うこともないかもしれない。でも魅力的な奴だと思っていて、卒業の前に、機会があればもう少し親しく話しておきたい」
「内心密かに好意を寄せていた異性。卒業後は、お互い違う進路に行くことになる。同じ教室で過ごす最後の日々。愛の告白、なんていう大げさなことはしない。でも、もう少し話してみたい」
そういう思いは、すべて断たれた。
休校である。「学校を休んでもいい」ではない。むしろ、「学校に行くな」である。
下級生はまだいい。4月以降、恐らく学校生活が再び始まるだろう。しかし最終学年は、「もう終わり」である。

こんなふうに学校生活が終わる、というのはどういう感じだろうか。
野球で言えば、急遽、8回で終了。サッカーで言えば、後半30分時点で終了、という感じだろうか。
なるほど、多くの試合は大勢が決しているだろう。しかし最後まで分からないのが試合であり、しかもドラマは、しばしば最後に起こるものである。
2時間ものの推理ドラマを最初の90分だけ見て、残りのどんでん返し30分が映像の不具合で見れないとなればどうなるか?残るのは、不完全燃焼の思いだけだろう。

学校が休校だということは、塾業界が繁盛する、と予想していた。学校で学ぶことができない子供たちは、塾に行って勉強するだろう、と。
しかし塾関係者の話によると、塾でも授業ができないようなんだ。
「子供をコロナウイルスに感染させないための休校なのに、塾がそういう国の意向を無視して、子供たちを集めて授業をやっていては、もしもそこでウイルス感染なんかが蔓延したときには、塾としては責任が取れない」
別に法律的な強制ではないようで、あくまで塾側の自粛、ということのようだ。
むしろ、進学塾に子供を通わせている父兄としては「通常通り授業をして欲しい」という要望も根強い。
高い授業料を払っている。家にいたらゲームばかりして勉強できない子供だから、塾まで休校にされてはかなわない。
そういう親の気持ちもわかるが、塾側としては万が一ウイルス感染が発生したときのリスクが怖く、結局自粛、という傾向が強いようだ。

混乱したのは学校の生徒ばかりではない。先生のほうも同じである。
大学時代の同級生のお母さんが小学校の先生をしているが、今年度で定年が決まっていた。
最終学年の生徒たちが残りの学校生活を噛みしめて過ごすように、この先生もまた、長い教師生活の最後を、いとおしむように過ごしていた。
それが休校という形で、突然の終了である。
「児童の感染リスクを避けるため」という理屈は、頭ではわかっている。
しかし、である。こういう形の終わり方しか、他になかったものか。そういう思いが拭えない。

ウイルスの流行ということで、外出を自粛する向きが多いようだ。
僕がよく行くバーのマスターも「コロナのせいで、最近の客入りはさっぱりです。ちなみに、完全にとばっちりですけど、コロナビールの売り上げも落ちてます」と笑っていた。
当院の患者来院数もいつもより少ない。
「病院に行くことはウイルス感染の最大のリスク」と考えるべきで、そう思うと客足の鈍りは歓迎すべきことである。
さりとて、僕も一応商売なので、ずっとこの傾向が続くのもなぁ。。。

アサイゲルマニウム誕生50周年2

2020.3.4

前回に続き、アサイゲルマニウム誕生50周年記念の特別インタビューから。

深澤肇医師
「アサイゲルマニウムとの出会いは37年ほど前。岩手医大で講師と病棟医長をしていたときのことです。
上顎に悪性黒色腫ができた患者がいました。腫瘍径が3 cmぐらいで、ステージ4。手術するとなると、顔の大部分をとらないといけない。
こういうときには、BCGワクチンで免疫力を高めておいてから抗癌剤を使うBCG免疫療法をして、腫瘍が小さくなってからオペをする。
この患者も腫瘍はだいぶ小さくなった。でも、やはりというべきか、肝臓とかあちこちに転移して、痛みと全身の黄疸が出てしまった。
そういうときに、ある縁で、浅井ゲルマニウム研究所のことを知りました。
当時は癌となれば3か月は入院。仮に退院できても、ほとんどは再発して戻ってくる。でも、BCG免疫療法を受けた症例では、そんなに簡単に再発・転移しない。
でもこの悪性腫瘍の患者のような例もある。この人にゲルマニウムを使ってみたところ、非常に経過がいい。免疫系が活性化して、癌の進行を止めているようだ。
それで思ったんですね。「そもそも、BCGやピシバニール(抗癌剤)を使わなくても、ゲルマニウムで治ってしまうのではないか?」と。それから、だんだんゲルマニウムだけを使うようになりました。

浅井先生の本『ゲルマニウム讃歌』のまえがきに、こういう言葉があります。
「ハーバード大学の教授が『我々人類がこれまで用いていた薬を、いっさい海に投じたとしたならば、我々人類は確かに、今日よりずっと幸福になったであろう』と書いている」
なるほど確かに、その通りだと、この一節が気に入りましたね。
薬は副作用が大変。薬害がひどいわけだよね。高血圧でも糖尿病でも骨粗鬆症でも、飲み続けたらどうにかなっちゃうような薬ばかりでしょ。
その点、副作用がないのがアサイゲルマニウムのいいところだよね。

アサイゲルマニウムがもっと、おおっぴらに使えるようになってほしい。薬にするのは難しいだろうから、サプリメントでもいいから、広く使ってもらえるといい。もっと宣伝してもいいんじゃないかな。
癌に限らず、大手術をする前にゲルマニウムを使うことには意味があるし、そもそも癌にならないための予防的なサプリメントという考え方は、当然あっていいと思うよ。
ゲルマニウムアはなるべく飲み続けるのがいい。休んだり減らしたりしてもいいけど、バタッとやめてしまうのはよくない。
量は多くなくてもいいから、毎日飲み続けると長生きできると思うよ。」

酒井良介医師
「僕はゲルマニウムと出会う前から、漢方薬の効能に注目していました。娘が漢方薬にずいぶん助けられたので。浅井先生にもそのいきさつを話したことがあります。
漢方に使う薬草には、ゲルマニウムが入っていますからね。僕は昔は神経質だったけど、ゲルマニウムを飲み始めてから、そういう気分がなくなった。
浅井先生の本に、『私のゲルマニウムは薬ではない』と書いてある。薬には必ず副作用があるけど、ゲルマニウムは相当飲んでも害がないし、いくら飲んでも中毒にならない。
ゲルマニウムはサプリだけど、何にでもいい。病気になって病院に行くとお金がかかるから、結局ゲルマニウムを飲んで健康維持に努めることが、一番安上がりだと思う。
僕は医者にも歯医者にもかかったことはない。ここまで病気しないでこられたのは、ゲルマニウムのおかげ。
これを証明するために、僕が見本になって、130歳くらいまで生きようと思っています(笑)実現する見込みは、絶対にある(笑)多くの人に飲んでもらいたいと思う」

そう、漢方薬のよさというのは、結局、有機ゲルマニウムのよさである、とも言える。
柔軟な医者であれば、有機ゲルマニウムのよさに気付く。「自分が処方している毒みたいな薬より、どう考えたって有機ゲルマニウムのほうが優れている」と。
しかし医者において、「認識が行動を変える」という定理は成り立たないのが普通である。
つまり、医者は「わかっちゃいても、毒みたいな薬を出し続ける」のである。
これはもう、根本にある医学部の教育システムが変わらない限り、どうにもならないと思う。
『難病の新薬は1回2億円超 「財政を圧迫」説は本当か』
https://www.asahi.com/articles/ASM9C5FP2M9CULZU01D.html
1回打つのに2億円かかる抗癌剤がアメリカで承認された。アメリカに追随するのがいつものパターンだから、日本でも近々承認されるだろう。
こんな高い薬でも、自己負担はせいぜい百数十万円ぐらいじゃないかな。
このままだと、保険医療が破綻しないわけがない。厚労省の役人は、当然わかっていると思う。わかっていても、抵抗できない。
もはやグローバル企業の圧力の前に成す術もなくて、ノーと言えないんだろうね。

縁あって、この記事を読まれた人に伝えたい。
癌になれば、高額な抗癌剤よりは、まず、有機ゲルマニウムを!
抗癌剤のような副作用がありませんし、値段も多分、2億円よりは安いと思います^^

アサイゲルマニウム誕生50周年1

2020.3.4

株式会社浅井フーズクリエーションの社史は、以下のように始まる。
『1967年浅井一彦、水溶性の有機ゲルマニウム「アサイゲルマニウム」を創製』

1967年に生まれたアサイゲルマニウムは、2017年、50歳を迎えた。
この年、アサイゲルマニウム誕生50周年を記念して、特別インタビューが組まれた。
生前の浅井博士と親交のあった医師や、臨床でアサイゲルマニウムを使用している医師に取材が行われたが、そのうちのひとりに、岡澤美江子医師もいた。

岡澤美江子医師
「45年ほど前、朝日新聞の記者の方が自然気胸にかかりました。肺が破れてしまう病気です。治療法は特にありません。穿刺や吸引などの処置をしたり、オペをしたり、ということもないわけではありませんが、基本は安静です。この記者さん、縁あって浅井先生とお会いして「だまされたと思って俺についてこい」と言われ、ゲルマニウムを服用しました。効果はてきめんで、命拾いをされました。すっかり元気になって仕事をしているという話を、記者さんと同じ新聞社に勤めていた私の兄から聞きました。興味が出て、その記者さんを紹介してもらい、浅井先生のお住まいに伺うことになりました。
忘れもしません。1972年4月14日のことです。この日は、私の第二の誕生日です。第二の人生の始まった日だと思っています。この日の先生との出会いがあったからこそ、その後多くの患者を救うことができ、そして長生きしている自分があると思っています。
先生のお宅でお話を伺っているうちに、「ゲルマニウムを使えば、今私が診ている患者はみんなよくなるに違いない」と思って興奮しました。生まれ変わったような気持になって自宅に帰り、今さっき出会った浅井先生のことを母に話すと、母が一番最初に飛びついてきました。「私もゲルマニウムを飲んでみたい」と。
母は幼い頃にひどい中耳炎にかかり、それ以来片方の耳が聞こえませんでした。しかしゲルマニウムを飲みだして半年ほど経ったときに「聞こえない方の耳で、子供の声がにぎやかに聞こえるようになった」というのです。母の喜びと浅井先生への感謝の思いは途方もないもので、居ても立ってもいられない母は、先生に感謝の手紙や短歌を何度か送りました。その短歌のひとつは、先生の著書『ゲルマニウム讃歌』にも引用されています。

浅井先生はいろいろな人や組織から邪魔をされたりだまされたりと、大変な苦労をされました。あるとき電話でお話をしていて「もうゲルマニウムを扱えなくなるかもしれない」といつになく弱気にこぼされました。私は「困ります。ゲルマニウムがダメになったら、一番先にダメになるのは私の母です」と言いました。母はゲルマニウムを、文字通り、拝んで飲んでいましたから。一週間後くらいにまた電話があって「お母さんに心配はかけません。悪と戦います」と。本当にいいもの、真に人を救うものを作った先生が、賞賛を受けるどころか、様々な攻撃を受けておられました。
浅井先生の成し遂げた仕事は本当にすばらしいと思います。

アサイゲルマニウムは、薬ではありません。薬には副作用がつきものですが、ゲルマニウムにはそういう症状はありません。
薬だなんて思うと、調子がよくなったら飲まなくてもいいような気がしますけど、そもそも薬ではないのです。毎日たくさん飲む必要はありません。ただ、具合の悪いときに少しだけ飲んで「全然効かないじゃないか」となっても困ります。調子が悪いときは中途半端ではなくしっかり飲んで、よくなれば減らす、という具合でいいと思います。
「なんだ、あんなもの」なんて言う人は放っておくことです。縁がある人は、きちんと飲んで、救われていきます。実際に使ってみると効果を実感するから、とりこになるんですね。そういう人ばかりです。
何はともあれ、自分の命を大切にすることです。私にとってアサイゲルマニウムは、心の糧であり、命の泉です。これを飲み続けていれば、永遠に生きてゆけるのではないかしら(笑)いつまで生きるか、自分の体で実験ですね」

岡澤先生は今年の8月で99歳を迎える。
クリニックはすでに閉院されたが、月一回、別の場所で患者からの相談や唾液検査の依頼に応じている。
つまり、今なお現役のお医者さんということだ。

そう、岡澤先生が言われるように、本当に”縁”だと思う。
マスメディアの発達以前は、「人を介して」「口コミで」ということが、縁のつなぎ場だった。その後、新聞、雑誌、ラジオ、テレビと、縁の形は多様化した。
今や、縁の供給源として最大のものは、インターネットに違いない。こうやって、ブログに書き込む僕の情報発信があなたに届いているのも、ひとつの縁だろう。

しかし、縁というものは、単なる情報との接触ではなく、心と心の通い合い、だと思う。
というのは、僕のクリニックに通ってくれている患者さんに「この人にはきっと効くだろうな」と僕のほうからゲルマニウムを勧めても、「いや、それはちょっと」とお断りされることがしばしばある。
こういうときは、僕もあえて強く勧めない。ただ、「まだの人なんだな」と思うだけだ。
縁は、単なる情報ではない。機が熟して、気持ちが通じ合ってこそ、つながりが生まれる。
これは千年前だろうがネットの時代だろうが、同じことだと思う。

アホとバカ

2020.3.3

以前のブログで、アイヌの模様や沖縄シーサー、沖縄の塩(ぬちまーす)にはよからぬ霊を遠ざける力がある、と書いた。
どちらも、日本の北と南、両極であることがおもしろいと思った。

北と南、今は端っこである。しかし、かつては、端っこではなかった。ずっと昔、彼らは、つながっていた。
何を言っているか、わからない?
これから説明していこう。

昔、探偵ナイトスクープで、こんな依頼があった。
「関西では人を罵倒するときに、『アホ』と言います。しかし、東京では『バカ』と言います。
一体、この『アホ』と『バカ』の境目は、どのあたりになるのでしょうか?」
この一見単純な依頼は、しかし民俗学的に極めて重要なテーマを含んでいた。当初は誰も気付かなかったが、一バラエティ番組が扱うにはあまりにも巨大なテーマだった。
このあたりの経緯は『全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路』(松本修 著)に詳しいので、ここでは立ち入らない。
ただ、結論だけいうと、このテーマを深く掘り下げた松本修氏は、最終的にはその研究成果を学会発表し、各方面から賞賛を受けることになった。
それは、柳田国男の方言周圏論の正しさを見事に裏付ける研究だった。
方言周圏論というのは、一言でいうと、この図である。

かつて千年間にわたって、この国の都は京都にあった。
京都で起こった文化(衣食住にまつわる文化、学問にまつわる文化、はやり言葉など)が、全国に広まっていった。従って、文化の波及は、都を中心とした同心円状の広がりを見せる。
この理論の直接的な証明はできないが、現在各地に残る様々な文化の痕跡を追いかけることで、理論の正しさを傍証することはできる。
たとえば、方言である。
カタツムリを表すのに、最も離れているはずの東北と九州で「ナメクジ」と同じ表現を使い、比較的遠い中国と信州で「カタツムリ」と同じ表現を使う、といった具合である。

この理屈を、『アホ』と『バカ』に当てはめると、『バカ』は『アホ』よりも古い時代に使われていたはずである。
『バカ』という表現に飽き足らなくなってきた若い人たち(言葉の流行を作るのは、いつの時代もしばしば若者である)が、『アホ』と言い始めた。
古い『バカ』は周辺(九州、関東)に波及し、新しい『アホ』は関西にとどまっている。しかし明治以降、情報発信の中心が東京に移ったことで、京都を中心とした文化の波及は終息した。

実は方言周圏論は柳田の独創ではない。1872年ヨハネス・シュミットが提唱した「波状伝播説」を日本に適応したものである。
また、すべての言葉が周圏的に分布するわけではない。柳田自身、晩年には「あれはどうも、成り立つかどうかわかりません」と懐疑的になっていた。
しかし彼の死後6年後に刊行された『日本言語地図』では、「牝馬」「もみがら」など、調査した言葉のおよそ27%に周圏分布が見られた。

理屈ではなくて、「何となく似ているな」の直感から、学問が始まったりするものだ。
岡山出身の友人が、名古屋の大学に進学してそこで暮らし始めた。岡山と名古屋。全然違うはずである。
しかし、何か、似ている。言葉、料理の味付け、町の雰囲気。
北海道出身者が、寒い地元に嫌気がさして、真逆の沖縄に移住した。すべてが違うかと思いきや、何か似ている。
皆、酒が強い。顔の彫りの深さに、妙に親近感が沸いたりする。

アイヌと琉球の類似に初めて気付いたのは、日本人ではない。お雇い外国人のベルツである。
明治時代に日本に招聘され、東大医学部で教官を務めた彼は、1911年に論文を発表した。
「かつて本州で狩猟採集の生活を行っていた縄文人(アイヌ人、琉球人とも)は、頭蓋骨の分析から、小さい丸顔で彫りが深い点が共通している。
一方、約3000年前に渡来して稲作をもたらした弥生人は、北方寒冷地に適応していたため、顔が平たく長い傾向がある」、とベルツは指摘した。
つまり、彼によれば、弥生人が縄文人の間に「割って入った」のである。そして彼らを国の両端に追いやった。

北海道、東北に、また、九州、沖縄に酒豪が多い、という研究。
共通しているのは、アルコール分解酵素のタフさというただひとつの遺伝子だけと、限定して考える必要はない。
現代にはDNA分析という武器がある。この手法の強力さには、敬服せざるを得ない。
2012年日本の研究チームがDNA分析により、アイヌ人と琉球人の遺伝的近縁性を証明した。
北と南、地理的なへだたりにもかかわらず、琉球人は本土人(弥生系)よりもアイヌ人に近いことが示されたのである。

北と南、最も遠いようでいて、実は、かつてはひとつだった。両端はかつて、つながっていた。
日本人とは何か、ということに、学問的な手法で以てひとつの解答を与えようとしているわけだけど、単なる知的好奇心を満たしてくれるだけではなくて、何か壮大なロマンを感じる。
アイヌ、琉球、どちらもアニミズムで、霊は万物に宿るとされていた。
彼らの文化が生み出した、ちょっとした小物(アイヌ帯、沖縄シーサー)にも、共通して魔除けの力があるのが、おもしろい。
まぁ、彼らからすれば、僕は「間に割って入った」弥生系の末裔ということになるんだろうけど(^-^;