院長ブログ

Why

2020.3.10

男が男に惚れる、ということがある。
もちろん、変な意味ではない。
「この人のビジョンに共感した。自分に何かできることがあるのなら、是が非でもこの人に協力したい」
そういう衝動は、誰しも一度は感じたことがあると思う。

どういう人間が、人を惹きつけるのだろうか?
ルックス(アイドルみたいに恵まれた容姿?)、身体能力(誰にも負けない腕っぷしの強さ?)、宗教家的素質(持って生まれたカリスマ性?)。
いわゆる魅力には、様々な要素があり得るだろう。
しかし、Simon Sinek氏の分析は違う。
人を強く惹きつける人物は、ことごとく「Whyから出発している」。一方、俗物はWhatから始める。
非常におもしろい分析だと思った。

この視点で見れば、確かに、選挙で当選した議員は皆、演説で上手にWhyを主張していた思う。山本太郎しかり、立花孝志しかり。
「あなたを幸せにしたいんだ」「NHKをぶっ壊す」
どちらのメッセージも、簡潔で理解しやすく、”思い”が乗っかっている。冷静に聞けば、How(どうやって)に関して両者ともツッコミどころ満載なんだ。「できるわけないよ」批判することは簡単だろう。
それでも、彼らの主張が大衆の支持を得たのは、彼らのWhyに強い熱意がこもっていたからだ。
最近の立花さんはずいぶん迷走している印象だけどね^^;

キングコングの西野亮廣も、講演家の鴨頭嘉人も、上手にWhyを使っていると思う。西野氏は「ウォルト・ディズニーに勝つ」、鴨頭氏は「日本人全員を話上手にする」ということを目標に掲げている。
まず実現不可能な目標である。でも、それが現実的であるかどうかは、ほぼ関係ない。夢物語であってもかまわない。むしろ「ちょっと背伸びしたら叶うんじゃない?」ぐらいの卑近な目標であってはいけない。
一見荒唐無稽に思える目標の実現に向けて、夢を語り、真剣に活動する。そういう姿にこそ、人々は共感する。
西野氏や鴨頭氏が成功している理由がよくわかる。彼らは確かに、Whyから出発している。

しかし個人的には、最近見た動画で一番胸にグッときたのは、上記の誰の動画でもない。
レペゼン地球のDJ社長の動画『好きなことで、生きていく』に、素朴に感動した。
この人の他の動画はずっと前から見ていた。テキーラを一気飲みしたり、ドッグフードを食ったり食わせたり、しれっと差別用語を連発したり^^ハチャメチャで、おもしろかった。「テレビがユーチューブに負けている」ということの意味が、レペゼン地球を見ているとよくわかる。あんな芸、テレビで絶対放送できないよね^^;
下記の動画は、いつもの彼らと趣向が違って、DJ社長が一人で語る。どんな漫談を聞かせてくれるものだろうと口元に笑顔の準備をしつつ見ていたが、予想は裏切られた。いい意味で。この人がどんなふうに人生を切り開き、今の自分を確立したか、その秘訣を惜しげもなく公開している。
40分以上の長い動画だけど、見終わる頃には、この人のことを好きになっていた。
「人に使われたくない」ずいぶんチャラいWhyだと思う。キング牧師の「私には夢がある」の壮大さとは格が違いすぎる^^
それでも、感動した。人を信じたり人に騙されたり。苦境に陥ってもくじけず、何度でも立ち上がる。何て強い人なんだ、と思った。この人は、ユーチューブという時流に乗ってたまたま成功したのではない。他の分野に行っていたとしても、その芯の強さで、きっと成功していただろう。
Whyに共感すると、ファンになってしまうね。
しかし、こんなにコテコテの博多弁を長時間聞いたのは初めてだった。不思議と、神戸弁に似てるんよねぇ。

僕のWhyは?
やっぱり「患者を救いたい」、これに尽きると思う。
この思いがなければ、お気楽な勤務医の身分を捨てて開業するなんてあり得なかった。毒みたいな薬を処方しないといけない罪悪感に耐えかねて、本当に人を救う医療を求めて、開業に踏み切ったんだ。
なかなか立派なWhyだと思う。でも、誰も共感してくれないけどね^^;

真菌、コレステロール、癌27

2020.3.10

健康とは何なのか、を知るためには、健常者だけを見ていては分からない。健康の意味は、病気との比較によって、明瞭に浮かび上がってくるものである。
このあたりの事情は、トルストイの言葉「幸福な家庭はすべてよく似たものであるが、不幸な家庭は皆それぞれに不幸である」と通じている。作家は、不幸な人々が自分の逆境をどう生き抜こうとするかを描くことで、人生における幸せの意味を提示する。
トルストイの表現を踏まえれば、「健康な人は皆よく似たものであるが、病気の人は皆それぞれに病気である」と言える。
医者の務めは、様々に異なる病気を考察して、健康とは何なのかについて答えを提示することだろう。

これは弁証法的な思考そのものである。
生命とは何か。その対極とされる、死とは何か。一方だけを見つめても、答えは出ない。
しかし、ヘーゲルはそれらのテーゼを突き合わせることで「生命は、その内部に、死を宿している」という止揚(アウフヘーベン)を得た。
「アウフヘーベン?あのおいしいケーキのことか!」いや、それは恐らく、バウムクーヘンのことですね^^;

どういうことか?
生命は、生まれた瞬間から死に向かって走り始める。盛者必衰。生とは、致死率100%の病である。
死は、どこか遠くにあるのではない。僕らの内側にしっかり根っこを張っている。年々大きく膨らんで、やがて僕らを飲み込む。それが死である。
まるで比喩のように思われるかもしれない。しかしこれが比喩どころか、科学的に極めてリアルな実態描写であることを示したのが、ガストン・ネサンである。

レイモンド・ライフやガストン・ネサンは、自身の開発した顕微鏡によって、生命の本質をCWDs(あるいはソマチッド、マイコプラズマ、どのように呼ぶのであれ)に見出した。
病気は、どこか遠くから来るのではない。すでに内側に、その種が用意されている。
体内環境の悪化(酸性化)が、休眠状態にある芽胞(CWDs)の発芽を促し、体の腐敗が始まる。本来健康体であれば7.4に維持されたpHが、病勢とともに低下し、死ぬ頃には7以下になる。
そう、CWDsは、生死を司る番人である。

繰り返すが、死はどこか遠くにあるのではない。
死と生のせめぎ合いは、僕らの体内で毎日行われている。
細胞が生まれては死に、また生まれては死に。
僕らはこの争いに負けるだろう。最終的には死の勢力が生を飲みこんで、僕らの体は腐敗し、土に還るだろう。
そう、「答え」は分かっている。それなのに僕ら、生きようとする。
なぜ生きるのか。
必滅の肉体である。仮の宿に一時泊まって、またどこかに去って行く。何の意味がある?一体人生とは、何なのか?

このテーマはおもしろいが、ここでは深入りしない。
ただ、色即是空 空即是色(実体は空っぽで、空っぽは実体である)を教える般若心経が、最後のほうで、真実不虚と説いているのは、希望のように感じられる。
そう、意味はあるんだよ。簡単にニヒルに陥ってはいけない。

必定の負け戦である。それでも、この人生を生き抜くことには、意味がある。
そして、よりよい生き方(あるいは死に方)というものが、確かにある。どのようにすればよいか?
そのヒントはCWDsにある。
どうすれば健康的に生きることができるか、CWDsの挙動はその答えを示唆している。

ネサンは搾りたてのニンジンジュースのなかに、無数の微小な分子(ソマチッド)が「踊っている」のを発見した。
彼が自家製の顕微鏡の下に見つめていたのは、生命の躍動だった。しかし農薬や化学肥料を散布されて育ったニンジンでは、ソマチッドの躍動が乏しいことにも、彼は気付いた。

野生の草食動物は、癌にならない。そればかりではない。野生動物の群れを観察してみるといい。どれが若い個体で、どれが老齢の個体であるか、ほとんど見当がつかないだろう。
一方、街に出て人間の群れを見よ。若者と老人の区別は、一目瞭然だろう。
ここには、よりよい食へのヒントが隠れている。
老いは不可避だと思われているが、そうではない。加齢(aging)によって、老け込む(senile)とは限らない。両者を分ける要因のひとつは、食事である。
ソマチッドを豊富に含むものを食べていれば、老けることはない。生き生きとした老年を迎え、穏やかな最期を迎える。ピンピンコロリの秘訣は、ソマチッドにあった。

胃潰瘍(および十二指腸潰瘍)は、ピロリ菌(Helicobacter pylori)によって起こるとされている。つまり、感染症であるから、治療として抗菌剤によるピロリ除菌が行われている。
本当だろうか?
1949~1952年にかけて、チェニーは100人以上の消化管潰瘍の患者に対して、生のキャベツジュースを飲むように指示した。
効果は劇的だった。キャベツジュースを飲み始めて6日から9日で、患者の全員が治癒した。
彼はこの治療効果を、キャベツに含まれる何らかのビタミンによるものと考え、それを”ビタミンU”と名付けた(UはUlcer(潰瘍)にちなむ)。
「キャベツを食うだけで、感染症が治ってたまるものか」一般の消化器内科医は言うだろう。
しかし、事実は事実である。「キャベツを食うだけで、感染症が治った」のである。
しかし彼らはこの事実を認めない。彼らにとって「胃潰瘍はピロリ菌感染症である」というのはもはや宗教的教義であり、いまだに堂々とピロリ除菌を行っている。
『胃潰瘍のビタミンU療法』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/13276831

後の研究で、アブラナ科植物(キャベツ、ブロッコリー、カラシナ、チンゲンサイ、カブなど)に含まれるスルフォラファンには抗菌作用、抗酸化作用、抗癌作用があることが示されている。
何も分析的に難しく考えることはない。
新鮮な生野菜に含まれるソマチッドを補充する。結局、野生動物が当たり前に行っていることに立ち返った、というだけの話である。

菜食主義が健康に至る唯一の道、と主張しているわけではない。
ネサンは人間の血液やリンパ液のなかにも、躍動するソマチッドを見出した。
草食動物を屠る肉食動物を見よ。彼らも見事な”ピンピンコロリ”である。多くの現代人が加齢の果てに迎えるみじめな晩年など、彼らにはあり得ない。
飼い犬にはドライのドッグフードばかりではなく、ときどき生の鹿肉やラム肉をあげよう。それだけで”内なる野生”がよみがえり、健康的な老年を迎える一助になるだろう。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)

真菌、コレステロール、癌26

2020.3.9

忌避すべきマイコトキシン毒物源として、James Yoseph氏は以下の5つを挙げている。
1.マイコトキシン(カビ毒)に汚染された食材および建物
2.薬
3.職業曝露
4.血液の酸性pH(特にコーラなどの炭酸清涼飲料)
5.過剰なアルコール

具体的に見ていこう。
1.について。
神経難病(ALS(筋萎縮性側索硬化症)、パーキンソン病、多発性硬化症)の患者は、誤診を受けている。彼らの真の病名は、マイコトキシコーシス(真菌中毒症)である。
医者がしたり顔にいう「遺伝性疾患です」などという説明を、患者本人も家族も、真に受けて不安に思うことはない。
治療は、まず何よりも、カビ毒を含む食品を摂らないことである。

2.について。
カビ毒から作られる薬は多い。「毒を以て毒を制す」ことを意図したアプローチであるが、その結果は、治癒するどころか、「カビ毒にやられるだけ」である。
具体的に挙げるとなれば70種類以上にもなるが、特に以下のものである。
コレステロール降下薬(スタチン系)、降圧薬(メチルドパ、ヒドララジンなど)、抗菌薬(スルファジアジン、ミノサイクリン、イソニアジドなど)、抗不整脈薬(キニジンなど)、麻酔薬(プロカインアミドなど)、免疫抑制剤(シクロスポリンなど)、抗精神病薬(クロルプロマジンなど)

3.について。
マイコトキシンは「真菌由来生物学的防除剤(FBCA)」として、除草剤や殺虫剤として一般に流通している。
FBCAは「天然」の殺虫剤と銘打たれている(なるほど、カビ毒由来のものだから、天然と言って言えなくもないが)。
過去数十年にわたって、収穫後の作物に虫除けのために、果物の賞味期限を延ばすために、運動場の除草のために、我々はあらゆるところにこのカビ毒製品を噴霧している。
当然、FBCAと神経疾患の関係性を示唆する研究は多い。
『イタリアのプロサッカー選手間でのALS発症リスクの大幅な増加について』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15634730
1970~2001年にイタリア1部、2部リーグに所属した男性プロサッカー選手7325人を追いかけたコホート研究。
1980~1989年と1990~2001年にプレーした選手で有意にALSの発症が多かったが、1970~1979年にプレーした選手ではそのような傾向は見られなかった。
この統計をどう読むべきか?
「サッカー選手はヘディングをするせいで、後年神経疾患にかかりやすい」などと言われる。確かに、接触・転倒などでフィジカル面に激しい負担のかかるアメフトの選手ではそういう傾向があるようだ。
しかし、この傾向に、スタジアムの芝生管理に噴霧する除草剤が関与している可能性は?
「1970~1979年にプレーした選手ではそのような傾向は見られなかった」というのが大きなヒントで、80年代以降、けったいな除草剤が導入された可能性は?
スポーツが悪いのではなく、その周辺的な要素が病気の可能性を高めている可能性は、けっこう高いと思う。川渕チェアマン、そのへんも選手に気を遣ってあげて!

『スウェーデンにおける職業とALS』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1887762
オフィスワーカー(会社員)、農業従事者、医療従事者、いずれも職業環境からカビ毒に曝露する可能性はあるだろう(会社のエアコン、農業なら殺虫剤・除草剤、病院など)。

『イタリアフェララ州における農業従事者とALSについて(1964~1998)』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15995797
農業をやっていた人では有意にALSの発症率が高かった。
農家よりもまず、一般の消費者の意識改革が必要だろう。
一般消費者が「虫食いのない、きれいに大きく育った野菜が欲しい」などと言うものだから、農家のほうでも、売れる野菜を作るため、農薬や化学肥料を山ほど使う。
結果、そういう野菜を食べて一般消費者が健康を害するのはもちろんだが、農家のほうでも悪影響を受けずには済まない。
木村秋則さんは、奥さんがリンゴに散布する農薬で体調を崩すことをきっかけに、有機栽培の道を模索し始めた。この話から僕らが汲み取るべき教訓は多いと思う。

『職業曝露とALS~集団ベースの症例対照研究』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9199537
農業従事者におけるALSと農業化学物質(agricultural chemicals)曝露によるALSの増加がはっきり示されている。疫学の威力がこれでもかというくらい説得力を持った研究だと思う。
しかし、誰もこの研究のことを知らない。「これでもか」というくらい黙殺されている。消費者もだけど、農薬の害をモロに受けるのは農家さんだよ。

4.血液の酸性pH
厚労省は、日本国民の健康を思うのなら、妙な薬を許認可するよりも先にまず、コーラの販売を禁止すべきだろう。ダイエットコーラもあかんぞー。
コーラに含まれるリン酸の含有量は飛びぬけていて、健康な血液の1万倍の酸性度である。そもそも心臓はアルカリ性の血液を供給されて機能するアルカリ電池のようなものである。
甘い炭酸飲料を、特にすきっ腹で飲めば、胃壁からすばやく吸収されてすぐに血流に乗る。
「胃液の酸性度はコーラよりも高いんだぞ」などと得意げに説いてコーラの危険性を軽視する人がいる。まったくわかっていない。空腹時に飲むコーラが恐ろしいのは、膵液が分泌されないことだ。
普通の食事を摂りつつコーラを飲むのであれば(それも関心しないが)、消化管の蠕動運動が刺激されて、胃酸が分泌され、次いで膵液が分泌される。膵液は強いアルカリ性酵素を含み、コーラや胃酸などの酸性物質を中和する。
そういうバッファーなしに血中に一気に酸性物質が流入すれば、骨や筋肉に蓄積されているミネラル(カルシウム、マグネシウム)を切り崩して中和に努める。この状態が慢性的に続けばどうなるか?
ミネラルが骨から流出して骨粗鬆症に、筋肉から流出して線維筋痛症を来す。骨や筋肉がダメになって、神経は大丈夫という道理がない。糖尿病からくる末梢神経障害や多発性硬化症、果ては癌も起こり得る。
大人はともかく、子供は癌にならないだろう、と思いますか?とんでもない。身近に白血病のお子さんがいれば、尋ねてみるといい。「一日にどれくらいコーラを飲んでいましたか?」と。
コーラを10秒で一気飲みするハイキングウォーキングのあの芸人さんとか、絶対ヤバいと思うんよね(´Д`)

5.過剰なアルコール
これは僕のことですね^^;機会飲酒者だけど、飲むとなればとことん飲んでしまう。
アルコールの代謝プロセスでビタミンB群や各種ミネラルが消耗するリスクはもちろん、たとえば穀物から醸造したアルコール(ビールなど)であった場合、穀物に付着するカビ毒がそのまま製品に混入している可能性がある。

James Yoseph氏が提唱する「防御」法は以上である。
次回は、「攻撃」、つまり、積極的に摂取したい栄養成分について紹介しよう。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)

真菌、コレステロール、癌25

2020.3.9

マージャンで勝つコツは、いかに大きな役を上がるか、ではない。
それは、「振り込まないこと」である。
自分の手を作ることも大事だが、それ以上に、相手に手を作らせてはいけない。
マージャンは4人でプレーする。だから、自分が上がる確率は、ざっと4分の1だ(流れることも多いけどね)。
たったの25%、である。全然高くない。
だから、基本、マージャンというのは、「上がれないものなんだ」と認識しておかないといけない。
もちろん攻めの姿勢は重要で、それが根幹ではある。しかし、まずマスターすべきは、降り方のほう。
いかに相手に振り込まず、かつ、自分の手作りもおろそかにせず、回し打ちするか。
誤解されがちだが、マージャンの強い人は、「デカい手をよく上がる人」ではない。確率的にいって、幸運な配牌やツモに恵まれ続けるはずがない。
基本は、苦しい状況をしのぐ防御である。かつ同時に、一方的に殻に閉じこもるわけではなく、ここぞというときには激しく攻める。
その使い分けが、マージャンのうまさなんだな。

このあたりの呼吸は、将棋も似ている。
プロの棋譜を見ていると、玉の守りをおろそかにしている棋士はいない。
美濃囲いや船囲いで玉を固めてから、攻め始める。ときには居玉で殴り合うような将棋もあるが、例外的だ。
もちろん、棋士には個性がある。攻め主体の棋風の人もいれば、受け将棋が持ち味の人もいる。
「相手の玉を詰ませるのが将棋なのだから、受けてばかりでは勝てないのでは?」と思うかもしれないが、もちろん全く攻めないわけではない。
相手の攻めを受けきってから(これを「受け潰す」という)、じっくり反撃に転ずる、というスタイルがあって、やられてみるとけっこう厄介なんだ。

ギャンブルには人生の縮図のようなところがある。
マージャンや将棋から人生に生かせる教訓があるとすれば、そのひとつは、攻めと守りのバランスだろう。(※マージャンも将棋も、リアルのお金を賭けてはいけません^^)
金をかせぐこと(攻め)も重要だが、ムダな出費を抑えること(守り)も重要だ。
健康についても、同様のことが言える。
体にいい健康食材を積極的に食べること(攻め)も重要だが、そもそも体に悪いものを口にしないこと(守り)のほうが、はるかに重要だったりする。
近年ブームの高タンパク食では肉を食べまくり、ベジタリアンでは野菜を食べまくり、オーソモレキュラーでサプリを飲みまくり、という食事法(「何を食うべきか」)がある一方、逆に、糖質制限、グルテンフリー、果ては断食など、忌避を主体とした食事スタイル(「何を食わざるべきか」)もある。
極端に徹すればチンイツや国士無双ができるように、状況によってはバランス派よりも極端派のほうが成果をあげることもあるだろう。

食事に関して、個々人の体質の違いがあることは当然だが、それでも、健康という目標を達成する上で万人に有効な戦略があると、個人的には思っている。
それは、まず、砂糖をはじめとする精製糖質と小麦(有機全粒粉も含め)を摂らないことである。
複合炭水化物(果物、サツマイモなど)も含めた一切の糖質を摂らない「断糖」スタイルは、low T3症候群が起こる可能性があって、さすがに極端すぎる。ときどき適量の米を食ったからといって、バチは当たらないよ。
小麦については、数十年前にロックフェラー財団が大幅な品種改良によりパンコムギを作ったが、今やこれが世界に流通する小麦の99%を占めている。以後、グルテン不耐症など、腸・免疫系機能の破綻に由来する疾患が激増した。もはや小麦の品種自体がアウトなのだから、有機であれ何であれ、基本、「もう小麦は食えない」と諦めることだ(実は、古代種のヒトツブコムギやフタツブコムギなら問題ないが、ほとんど手に入らない)。
実際、小麦を食べないという、ただそれだけのことで、多くの身体不調が改善する。小麦断ちは、一生心がける食事スタイルとして、採用する価値は充分ある。
子供たちが毎日給食で半強制的にパンと牛乳を食べさせられているけど、あれはどうにかならないものかな。

多くの先生が、それぞれの立場から牛乳の危険性を唱えている。
疫学(癌などの慢性疾患の発症率が上昇)、内分泌系(ホルモンバランスの異常をきたし性腺(前立腺、卵巣、乳房)の癌が増加、骨粗鬆症の増加)、食育(「給食でごはんのときも牛乳を飲ませるのは、食事のセンスとしてどうなのか?」)など、どれも一理ある。

James Yoseph氏の主張は、「穀物と牛乳はカビ毒汚染の最大のリスク食材」というもので、この着眼もおもしろい。
「穀物(トウモロコシ、小麦、ナッツなど)にカビ毒(fumonisin、penetrem、territrem)が含まれていることは珍しいことではなく、それどころか極めてありふれたことである。
特に飼料を大量に食べる家畜ではマイコトキシコーシス(真菌中毒症)の罹患率が高く、そうした畜牛のミルクが体に悪影響を及ぼすのは当然のことである」

そう、同氏が提唱する健康法は、まず、「攻撃よりも防御」である。つまり、何かを摂取して治療に努めよう、というよりも、毒物を摂取しないことである。
忌避すべきマイコトキシン毒物源として、彼は以下の5つを挙げている。
1.マイコトキシン(カビ毒)に汚染された食材および建物
2.薬
3.職業曝露
4.血液の酸性pH(特にコーラなどの炭酸清涼飲料)
5.過剰なアルコール

長くなったので、これらの毒物源についての説明は、次回にしよう。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)

国語2

2020.3.7

紳士の実感がこもったグチを聞いた。
ゆとり世代の部下の能力があまりに低いことにうんざりして、その反動として、逆に学歴の重要性を認識された、という。
紳士ご自身は自分の学歴の低さをどこかコンプレックスに思っているふしがあったが、話を聞いていて、ジアタマのよさが伝わってきた。
真剣なグチなんだけど、どこかユーモアを含んだしゃべりで、聞いているこちらとしては、笑いながら相槌を打つ。グチを聞かされている、という不快感はない。
勉強という枠組みでは必ずしも力を発揮せず、代わりにトークやユーモアセンスで才能を感じさせる人がいるものだが、紳士はまさにそういう人だった。

飲み屋のバカ話なので総じて笑いながら流したけれど、紳士の話に内心異議を唱えたいところもないわけではなかった。
紳士は「一周回って、やっぱり学歴大事」という認識に至ったが、僕は「勉強ができるのに無能」という人をけっこう見てきた。学校秀才っていうのかな。学校の勉強ができるっていう、ただそれだけの人。応用力がないし、人間的におもしろくもない人。
そういう人を見ていると、どこかの教育評論家がいう「学歴ではなくて、人間の内容こそ大事」という意見も捨てがたいと思う。

学校のテストというのは、作問者がいる。そういう「誰かの枠組み」のなかでいい成績を目指して競い合うのが学歴社会で、それはそれで、ちょっとした知的トレーニングにはなるのかもしれない。でも世の中の問題には、「答えのない問題」のほうがはるかに多い。
学校で学ぶのは、あくまで基本にすぎず、金科玉条のように押し頂くようなものではない。学校で学んだ知識なんて、リアル社会ではいまいち使えないことが多いもので、個々具体的な状況にどう対処していくかは、自分で知恵をしぼって考えていくしかない。
結局、守破離なんだな。いろいろ試行錯誤して、自分なりのスタイルを作って飛躍していけるかどうか、そこがポイントだと思う。
いうて、僕も全然できてないけどね^^;

個人的には、国語はずっと苦手だった。成績は別にして、国語という科目に得意意識が持てなかった。中学の頃からそうだし、高校でもそう。
得点能力は悪くなかった。センター試験の国語とか、ほぼ満点だった。でも、得点能力と得意意識は、僕の場合、ほとんど相関していない。その点、数学は好きだし、成績もよかったんだけど。国語に関しては、ついに自信を持てないまま、学校教育を終了してしまった。
「あんなにたくさんブログで文章書いてるのに、国語が苦手なんて、嘘やろ」と言われるけど、本当。「筆者の言いたいこと」を客観的に読み取るのではなくて、思いっきり自分に引き寄せて、自分のまな板の上に乗っけてから解釈する、みたいなところがある。誰よりも深く理解したつもりでも、試験問題という形になると、正しい選択肢を選べなかったりする。そういうのが嫌で、得意意識が持てないんだと思う。

森毅先生が、何かのエッセーで書いてた。
どこかの高校の国語の入試問題で自分の文章が使われた。その問題を解いてみたところ、ほぼ全問正解だったが、唯一、最後の一問(「傍線部について、筆者の意図に最も近い選択肢を次の中から選べ」)だけ、間違えた。解答・解説集を読んで、納得した。「なるほど、俺はこういうことが言いたかったのか」と。
すごい話だと思わない?筆者でも満点とれないんだよ?^^;
でも国語という科目は、こういうものなんだと思う。著者の意向を超えたところで展開される忖度合戦、みたいなところがある。評論文ならまだしも、詩となれば、作問者の解釈次第で解答が揺れることはざらにあるだろう。
谷川俊太郎はこういう状況に業を煮やして、学習塾大手(希学園とSAPIX)を訴えた。
『作品、勝手に受験問題集に 谷川俊太郎さんら提訴』
https://blog.goo.ne.jp/kuyan2/e/a7d718fd1c531f38b352c2e1535ac0d5
受験業界関係者のなかには「自分の作品が模試や入試で使われ、多くの学生に読まれることは著者にとって名誉なことだろう」と考える人さえいるが、とんだ思い違いである。
自分の詩を、勝手に一部空欄にされたり、横に傍線引かれたり、「作者の気持ちとして正しいものはどれか、選べ」とか、勝手に気持ちを推測されたり。作者に対して、失礼極まりないことだと思う。
ただ、この一件以後、谷川俊太郎は受験業界から「要注意人物」としてマークされ、彼の詩が受験に出ることはぱったりなくなったという。
これは、谷川さんにとって、よしわるしじゃないかな。僕が谷川俊太郎の詩を知ったのは、塾の国語の問題集を通じてだった。「なんてきれいな言葉を書く人だろう」と思って、そこから彼の詩集を手に取った。今後、受験問題集をきっかけにして谷川俊太郎の魅力に気付く人はいなくなったわけで、それはそれで寂しいことじゃないかな。

国語1

2020.3.7

飲み屋で隣り合った紳士。職場でかなりのストレスがたまっているようで、ビールをあおるピッチも早い。
「はっきり言うが、俺は大した学歴じゃないよ。一応四年制大学だが、誇って名前を出せるような大学じゃない。特に先生みたいなお医者さんの前ではね。
学歴のない俺だが、それでも、学歴は重要だと思う。
よく教育評論家みたいなのが言うだろう。『学歴ではない。企業側は人間の内容を見て採用すべきだ』とか。
違う。まったく現場をわかっていない暴論だよ。
うちの会社の人事にも、『人格重視。学歴は問わない』みたいなスタイルの人がいて、それで何度失敗したことか。一回採用してしまったら、たとえ無能な奴でもなかなか首にできないんだよ。
だから俺は人事には口を酸っぱくして言ってる。
『まず、Fラン大学ははずせ。産近甲龍も要注意。あとAO入試かどうか、入学の仕方もよく見ておけ。出身高校も注意。地元の二番手三番手の公立高校出身者はリスク因子。一見優秀そうな関関同立にも時々ハズレがあるから、注意しておけ』と。
立命館の教授に知り合いがいるんだが、嘆いていたよ。AO入試で入る学生がどんどん増えてきて、ついには6割もAO入試からとるようになった結果、学生の質が、もう、目も覆いたくなるくらいに低下した、と。ろくに勉強せずに大学に入って、大学でもフラフラ過ごし、立命館っていう学歴だけ笠に着て就職する。でも会社は、採用してからそいつの無能さに気付く。
あまりにもそういうバカ学生が多いものだから、企業側もついに懲りた。採用試験で『大学には普通の筆記試験で合格しましたか?AO入試で合格しましたか?』と聞くようになった。AOはずしだよ。

先生、いくつ?40?じゃあ、ゆとりじゃないだろ。
先生よりもっと下の世代はさ、ゆとり世代ど真ん中。大学全入時代で、たいした勉強もせずに大学に入学して、テキトーに学生生活を過ごしている。
びっくりするほど無能なのがいるんだよ、本当に。
ある新卒に指示したんだよ。『取引先が相場の2割引き以上で受注してくれるなら、その仕事、取ってこい』って。そしたら、そいつ、2割の意味が分からなかった。

え、信じられないって?そう。俺も最初、信じられなかった。2割の意味がわからないっていう、そのこと自体がよくわからなかった。
『分数ができない大学生』という本があるが、あれは本当だよ。漢字の読み書きが全然できなくて、契約書もろくに交わせない、っていう奴もいたな。

学歴社会を批判する人がよく言うだろう。『二次方程式の解の公式なんて世の中に出て使ったことは一回もない。因数分解なんて何の役にも立たない』とか。
なるほど、確かにそうだろう。うちの業界の営業職で、数学を使うことは少ないかもしれない。でも、算数は絶対に要る。
うちとしては、ときどき出くわすそういうジョーカーみたいな無能を引くリスクを抱えたくないんだ。『学歴よりも個性重視』みたいなのが世間の風潮だが、俺は断固として、学歴は重視したい。だから人事に必ず言っている。学歴は見ろ、と。
数学ができる奴なら、算数でつまづいていることはないだろう。入社試験でそれなりの文章が書ける奴なら、契約書も読めないなんてことはないだろう。そういう具合に、”最低限”の基本がある人間が欲しいんだ。多くは求めない。せめて、算数と国語ができる。それだけでいい。
もちろん優秀ならそれに越したことはないが、採用において一番大事なのは、”ジョーカー”をひかないこと。これに尽きる。
人事部はもっと責任感を持って選考して欲しい。新卒が入社後に”ジョーカー”だと判明したとするだろう。今ね、その新卒を採用した人事担当者を減給とか何らかのペナルティーを課せないか、真剣に考えている。当然その逆があってもいい。優秀な新卒を見出した担当者には、ボーナスにちょっと反映してやるとかね。

この試験を見てみなよ。君なら何点とれる?

数学というか、算数に毛の生えた程度の問題だ。1個2個の計算ミスは大目に見るが、基本、みんな満点をとる。
しかし今うちの現場で扱いに困っている社員は、この試験で、なんと、4点だった。
もうね、そういう学生は問答無用で不採用にしないといけない。無能な新人が来て一番割りを食うのは、現場なんだ。
数学とか国語ができるというのは、単にそれだけじゃない。頭がいいし、能力が高い、ということだと俺は思っている。学歴は、やはり、重要だ」

真菌、コレステロール、癌24

2020.3.7

以前載せた画像を再掲する。

この図の語るところは多い。
癌細胞は、スタチンのせいであれ何であれ、メバロン酸の合成経路が破綻している。メバロン酸が作れないから、以下のカスケードの産物(イソプレノイド、コレステロールなど)も作れない。
このような状況下では、細胞は健全な機能を維持するために、イソプレノイドを猛烈に求めている。イソプレノイドを得ようとして、リダクターゼを作りまくる。この作り過ぎたリダクターゼが細胞内のゴミとなって、細胞機能はますます異常をきたす。
つまり、「イソプレノイド飢餓」を解消しようとする試みが空回りし、「リダクターゼ毒性」にやられる、というのが根本にある病態生理である。
イソプレノイドを投与すると癌抑制効果があるというのは、だから要するに、フィードバックである。
たとえメバロン酸の供給がなくても、ひとまずイソプレノイドさえあれば、細胞は暴走(癌化あるいはアポトーシス)しない。

だから、「スタチンを飲むのなら、せめて毒消しとしてコエンザイムQ10(ユビキノン)も飲んでおけ」ということである。
そもそもスタチンを飲まないことが第一だけどね。

以前のブログで、この論文を紹介した。
『イソプレノイドを介したメバロン酸合成の抑制〜癌への応用の可能性』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10460692
論文中に、以下のような表がある。

様々な癌細胞に対して増殖を抑えるために、どのイソプレノイドをどれくらいの量使えばいいのか、ということを検証した結果をまとめたものである。
一番左の列に各癌細胞のタイプ、その隣の列には各種イソプレノイド。その隣はIC50(半数阻害濃度)、という具合に並んでいる。
上記のイソプレノイドをざっと列挙すると、、、
リモネン、ペリリン酸化合物(ぺリルアルデヒド、ペリリルアルコール、ペリリン酸メチルエステル)、シネオール、ピネン、メントール、ゲラニオール、β-イオノン、トコフェロール(α、γ、δ)。
いろいろあってややこしい、と思われるかもしれないが、それほどでもない。
これらは、「だいたい似たもの同士」と思ってもらってよい。
化学式を持ち出せば化学の苦手な人はウンザリするかもしれないが、構造式で見たほうが統一的に把握できる。

リモネン(柑橘類の果皮に含まれる)もピネン(松などの針葉樹に含まれる。松(pine)から発見されたからpineneなわけだ)もメントール(ハッカに含まれる)も、メンタンから生成される。
上記研究では挙げられていないが、カンファーにも抗癌作用があり、実際ガストン・ネサンの作った免疫強化剤714-Xはクスノキ由来の樟脳(カンファー)から生成されている。いわゆる”カンフル注射”(強心剤として用いられた)のカンフルは、カンファーが語源であることからわかるように、カンファーはかつて医療現場でも使われていた。
ペリリン酸はリモネンとピネンの中間代謝物。癌患者にリモネンを投与すれば、尿中にはペリリン酸として排出される。もちろん、ペリリン酸にも抗癌作用がある。
β-イオノンは、産業的には香料の原料としてよく用いられる。タバコ、茶、ヘナ(髪染めで有名)に多く含まれている。
ゲラニオールは、その名前から予想できるように、ゼラニウムから発見された。バラに似た芳香があり、香水として広く用いられている。

ざっと見て、「トコフェロール(ビタミンE)以外、どれも”いいにおい”じゃないか」ということに気付かれるだろう。
イソプレノイドが総じて”いいにおい”である、ということが、僕にはとてもおもしろい。

「癌細胞は特有のにおいを放っている」という話を聞いたことがありますか?
というか、そもそも、癌に限らず、病気には固有のにおいがある。歯周病が臭いのは当然だし、蓄膿症も特有のにおいがある。糖尿病患者が甘酸っぱい体臭を放つことは有名だろう。他には、肝臓病患者のネズミ臭、腎不全患者のアンモニア臭、痛風患者のビール臭が知られている。
東洋医学では嗅診(においによる病気診断)を行うように、ある種の病気に特徴的なにおいがあることは常識である。
では、癌のにおいとは?
癌が進行すれば、癌細胞の壊死による腐敗臭がするだろうが、初期の癌患者でも尿中に癌の代謝物が排出されている。嗅覚に優れた犬はそのにおいによって癌患者を識別できるという。
『犬は肺癌を嗅ぎ分けられるのか?肺癌疑い患者における呼気と尿を使った検証』
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.3109/0284186X.2013.819996
結果、感度99%で肺癌患者を嗅ぎ分けたというのだから、大したものだ。

癌を真菌感染症だとする立場に立てば、癌から腐敗臭がするのはむしろ当然である。
そして、その癌を抑制するイソプレノイドが総じて”いいにおい”であり、まるでその芳香によって腐敗臭に対抗している構図になっている。
イソプレノイドが、”毒消し”であり、同時に”におい消し”にもなっているところが、自然の妙というか、できすぎたくらいによくできた話だなと思う。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)

2020.3.7

犬が欲しい。
ふと気が付くと、ユーチューブで犬の動画を見ている。
『犬の遊ばせ方』とか『犬とのコミュニケーションのとり方』とか、まるで、すでに犬を飼っている目線で見ている。我ながらヤバいなぁ^^;

こういうときの僕は、多分、人に疲れている。
別に誰かに手ひどく裏切られたとか、ショックなことがあったとか、そういうわけじゃない。
ただ、何となく、犬のピュアさ、人間に対する、疑うことを一切知らない完全な忠実さに、ものすごく憧れたりする。
そういう関係性を、誰か(人でなくてもいい)と築けたら、どれほど素敵なことだろう。
そういう思いで、犬の動画を延々見ている。

現実的には、飼えない。
そもそも、今住んでるところがペット禁止っていうね´Д`
仮にペット可のところに引っ越したとしても、仕事が忙しい。勤務時間が終わっても、ブログだ何だと、いろいろ書いている。
勤務時間のほうは始まりと終わりがきっちり決まっているが、ブログだ何だのほうは、半ば趣味である。書くべきことは、ほとんど無限にある。それだけに、時間をどれだけつぎ込んでも終わりがない。
しかしそういうことに打ち込んでいては、犬の相手をする時間なんて、とてもない。
子犬を飼うとなれば、あちこちにおしっこするだろうから、掃除もしないとけない。散歩はもちろん、遊び相手にもなってあげないといけない。
犬のために時間をとられ、ブログの更新は停滞するだろう。
「時間をとられる」などと思っている時点で、僕には犬を飼う資格がないのだろう。
犬に限らず動物を飼うということは、その命に対して責任を持つということだから、そのときの気分だけで飼うことはできない。

子犬のうちはともかく、3才くらいになってある程度落ち着いてくれば、犬を診察室にいれてやるのもありかもしれない。
これは僕のアイデアではない。フロイトが実践していたことである。

フロイトが患者の診察に際して、愛犬(チャウチャウ犬の「ジョフィ」)を同席させていたことは有名である。
この事実で以て「フロイトは世界で初めて、犬をセラピードッグとして用いた」とする向きもあるが、意味合いがちょっと違う。
フロイトは「犬には人の気持ちを察する能力がある」と考えていた。診察時、ジョフィが患者のそばで座っているときは患者がリラックスしている合図、ジョフィが診察室の床に寝そべっているときは患者がナーバスになっている合図、診察を終わらせるタイミングはジョフィが伸びをするとき、という具合に、診察を進めるヒントとしてジョフィの仕草を参考にしていたという。
犬の賢さを実臨床でリアルに利用していたのであって、治療的な効果を意図していたわけではないようだ。
でも僕が患者の立場なら、診察室に犬がいたら、それだけで何だか気分がやわらぐ感じがすると思う。

そう、犬や猫などの動物と触れ合うことによって、何らかの”癒し”を感じる人は多い。
これは錯覚なのだろうか。それとも、医学的な裏付けがあるのだろうか。
AAT(animal assisted therapy;動物介在療法)の有効性については、すでに多くのエビデンスがある。
たとえばこういう論文。
『動物介在療法(AAT)~メタ分析』
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.2752/089279307X224773
AATの有効性を調べた250の論文のうち、質の高い49の研究を選び、メタ分析したところ、以下の4領域(自閉症スペクトラムの症状、医学で対処困難な症状、行動障害、情緒的健全性)において中程度の有効性があった、とのこと。
さらにこんな論文。
『動物介在療法~それは魔法なのか、医学なのか』
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022399900001835
動物介在療法が効くのかどうか、生理学的に客観的な指標で確認したい、ということで、人(n=18)と犬(n=18)の触れ合いの前後で、血圧低下に関連する神経化学物質を6種類測定した。結果、注意喚起に関連する神経化学物質が人、犬両方で有意に増加していた。
「注意喚起に関する神経化学物質(neurochemicals involved with attention-seeking)」というのが何なのか謎だけど^^、犬と遊んでいるときには人間も「かまってちゃん」になるのかもしれない。
他にも、血圧・心拍の低下、通院頻度の減少、コルチゾールの低下(ストレス軽減)、オキシトシン増加(情動安定)、ドーパミン増加(意欲増大)、副交感神経優位(リラックス作用)、うつ症状の軽減、喪の作業(mourning works;親しい人が亡くなった現実を受け入れる心理的過程)の負担軽減、といった効果が報告されている。

喪の作業の負担軽減、というのは非常によくわかる。
母が亡くなったとき、父の悲しみようは並大抵ではなかった。ひどい抑うつで、いっそ母の後を追いたい、という雰囲気さえあった。
そういう父を支えになっていたのは、二匹の飼い猫だったと思う。
猫は、何もしない。一日中寝ているばかり。たまに気まぐれに足元にすり寄り、エサをくれと甘える。
エサやトイレの世話があるから、父も悲しみにひたってばかりはいられない。手間のかかる生き物のおかげで、父はずいぶん救われたと思う。

動物によって癒やされるのは人間ばかりではなく、なんと、動物も癒やされるようなんだ。
今日、こんなニュースを見た。
『重病動物の横で添い寝する癒しの”ナース猫”』
https://www.epochtimes.jp/p/2020/03/52635.html

ゴリラや大型犬が猫をかわいがる動画を見たことがあるけど、猫をかわいいと思うのは人間だけじゃないんだな。
犬の話が、いつのまにか猫になってた(‘Д’)

右と左

2020.3.6

以下のリンク先動画は、先月韓国で行われた『四大陸フィギュアスケート選手権2020』に出場した羽生結弦の演技である。

ノーミスの演技で、世界最高得点を叩き出した。
フィギュアスケートという競技で成し得る美の究極形、と言っても過言ではない。

さて、今回のテーマは「羽生結弦のすごさ」ではなく、「右と左」である。
羽生選手がジャンプするときの、回転の方向に注目してみよう。左回転していることに気付くだろう。
そう、フィギュアスケートという競技は、総じて「左回転のスポーツ」である。
それぞれのジャンプ(アクセルもルッツもフリップも)は左回転で跳んでいるし、パフォーマンス自体が、リンクを左に回りながら進行する(陸上競技のトラックも左回りに走る)。
ただ、これはルールで決まっているわけではない。実際、右回転のジャンプで世界的な成績を残す選手も数多くいる。しかし多くの選手(特に日本ではほぼ全員)が左回転の演技をしている。

なぜ左回転が多いのか?
ふと、「反重力が関係しているのではないか?」と思った。
反重力については、以前のブログで紹介した。
早坂秀雄氏は「垂直方向に右回転しながら落下する物体では、上向きの力が加わる」ことを発見した。
これは現代物理学(ニュートン物理学もアインシュタイン物理学も含めて)の常識を根底から揺さぶる仕事であったが、当局から黙殺された。従って当然、今の学校教育でも早坂氏の業績が紹介されることはない。
しかし当局が反重力の存在を認めようが認めまいが、「あるものは、ある」のである。
それは、フィギュアスケートのように回転が関係する競技はもちろんだが、そもそも、万物は粒子から成り、粒子がスピン(回転運動)しているのだから、恐らく地球上に存在するすべての物質に、反重力が影響しているはずである。

フィギュアスケートの選手の場合、右回転のジャンプをすると、反重力による上向きの力が加わり、その分、滞空時間が長くなるから、右回転のほうが有利なように思える。
しかし、現状、左回転の選手のほうが多い。つまり、反重力では説明できないわけだ。
単純に、以下のような理由によるのかもしれない。
・指導者の都合・・・将来有望な子供が右回転ジャンプが得意だった場合でも、左回転に矯正する。左回転の選手が多いから、右回転の選手が彼らと衝突してケガをしても困る。アイスリンクの広さは、有限なのだ。
・軸足・・・多くの人は右利き(右手利き、右足利き)である。左足で踏み込み、左回転し、右足で着氷する動きのほうが自然。

指導者から矯正されようとしたが左回転にどうしてもなじめず、そのまま右回転のスタイルで貫き通して、結果、世界的な選手になった人も少なくない。
こういう選手は反重力をうまく使っているんじゃないかな。

こういうことを考えたきっかけは、岡澤美江子先生の『天の配慮』を読んだことがきっかけである。同著に、このような記述がある。
「自然は右回転が基本である。
人間の体のなかは、すべて右回りである。体のなかにすっぽり収まっている、全長10メートルにも及ぶ胃腸は右巻きである。
地球の自転は、地軸の北方向を正として右回りである。水のたまった桶の底に穴をあけ、水の落ちる様子を観察すれば、右回りの渦を作って流れていく。
ツル植物のほとんど(ツヅラフジ、アケビ、ヤマフジ、アサガオなど)は右回りのつるを巻く。これは生育場所(北半球、南半球)を問わない。種(DNA)に固有の性質である。
植物ばかりではなく、カタツムリの甲羅、サザエの貝殻なども右巻きの造形を示す。
自然界の「右回り好み」は流体にも見られる。
川を見よ。一見まっすぐに流れているように見えても、実は微妙に右回転しながら流れている。だから、自然と右側に蛇行していく。
この回転により水が適度に撹拌を受けることで、たとえば真夏でも水温が極端に上がることがない。水生生物の生存に好ましい環境を提供することになる。
我々の体内、血流だってそうである。血液は右回りのらせんを描きながら体内をめぐっている。果てはDNAの二重らせんさえ、右巻きである」

『天の配慮』の共著者大友慶孝先生は、これら「右と左」が歯科に及ぼす影響を考察した。
つまり、たとえば歯医者でインプラント(顎骨に埋め込む人工歯)固定術を受けるとき、そのインプラントは右回りの回転軸で埋め込まれる。
これは受け手側(患者側)にとっては、左回りの伝播となる回転軸であり、体にとって生理的ではない。体内の負荷を引き起こし、結果、体液のORP(酸化還元電位)が酸化側に傾くことになり、慢性疾患の背景となる。
このように、体内に「右と左」の齟齬を組み込まれた患者では、北半球に位置する日本列島において、高気圧(右回り気流)のときは体調に問題は出ないが、低気圧(左回り気流。台風、突風、竜巻など)は負担となり、体調不良を訴えることになる。

この指摘は実に新鮮だと思った。
僕の患者にも、天気の具合が体調にモロに影響する人が確かにいる。症状の出方は、頭痛、めまい、持病の関節痛の悪化など、人それぞれだが、皆共通して、低気圧のときの不調を訴える。なかには「今日は体調が悪いから、天気がこれから崩れるはず」と、体調から天気の変化を予想できる人さえいる。しかもその予想が、気象予報士よりはるかに精度が高かったりする^^;
インプラントを受けているわけではなくても、もともと「右と左」に起因する不調が背景にあって、それが低気圧によって表面化する、ということかもしれない。

動植物の「右と左」は、案外簡単に撹乱する。
たとえば、ツル植物は巻き付く対象物によってツルの右巻き左巻きが変化する。木々などの自然物に巻き付くときは右巻き、金属やナイロン紐には左巻きになることが多い。
胎児に無害とされるエコーであるが、中国で行われた人体実験によれば、胎児期のエコー曝露の時間が長いほど、出生後に左利きになる可能性が高くなることがわかっている。
「右と左」のキラリティを混乱させる何らかの因子があるのだろう。

「右と左」の齟齬が病気の原因になり得るのならば、逆に、この齟齬を是正するアプローチによって、症状が緩和するかもしれない。
岡澤先生も著書のなかで、「右回りのらせん回転動作によって、還元力が高まる可能性」を追求したいと書かれていた。
確かにおもしろいテーマだよね。

参考
・ここでいう右巻きは、いわゆるZ巻きのこと。このあたりはウィキペディアの「右巻き、左巻き」が詳しい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B3%E5%B7%BB%E3%81%8D%E3%80%81%E5%B7%A6%E5%B7%BB%E3%81%8D

AはZ巻き(左下から右上に向かうよう)、BはS巻き(右下から左上に向かうよう)。
・『天の配慮』(岡澤美江子、大友慶孝共著)

真菌、コレステロール、癌23

2020.3.5

タマネギにカビが生えたとして、そのカビの生え方を、よく見て欲しい。

オレンジ色の皮の部分は無傷で、白い可食部分にカビが生えている。
もちろん、タマネギの皮にはカビが生えない、というわけではない。真菌の繁殖条件(湿度、温度、pHなど)を整えてやれば、皮もきっちり分解する。「形あるもの(有機物)は、確実に葬り去り、次なる命への肥やしとする」これが真菌の仕事である。カビこそ真の、必殺仕事人、である。
真菌は、決して手抜きをしない。「この世向きでない有機物」があれば、それがどこにあろうとも(それがたとえ、生きている人間の体であろうとも)、土に還そうと試みる。
僕らはこの状態を、僕らの都合上、「病気」と呼んでいる。仕事熱心な真菌としては、実に心外な表現である。彼らは自分の仕事をしているに過ぎない。

しかし、なぜだろう?
なぜ、タマネギの皮はカビが生えにくいのだろうか?
誰に頼まれずとも黙々と仕事をこなすカビである。そのカビさえも、タマネギの皮の分解がやや苦手だというのは、よほどのことである。
これは皮に含まれるケルセチンの作用による。

ケルセチンには抗酸化作用がある。
カビは酸性環境下(アシドーシス)で働きが高まるから、酸化を抑制する成分に対しては、分解作業が難渋する。
ところでそもそも、生理学的な意味でいうところの酸化とは、「活性酸素の産生が抗酸化防御能を上回った状態」である。火消しの量よりも可燃物のほうが多くあるということで、酸化と炎症はおおむね同義語だと考えてよい。
慢性的な炎症が癌や動脈硬化のもととなり、動脈硬化は万病(たとえば高血圧)のもとになる。
さて、ここでケルセチンを投与するとどうなるか?火消しを投入するのだから、効果はお察しの通りである。
『食品中のポリフェノールが、アポリポタンパクEノックアウトマウスの動脈硬化に対して、炎症および血管内皮細胞の機能不全を緩和することにより、改善効果を示した』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20093625

要するに、抗酸化作用とは抗炎症作用であり、さらに網羅的に述べるなら、抗動脈硬化作用、抗脳疾患作用、降圧作用、抗腫瘍作用、血管弛緩作用などである。

ケルセチンは、分子としては、こういう形をしている。

ところで、ルチンやヘスペリジンという言葉を聞いたことがあるだろうか。
ルチンはソバに、ヘスペリジンは柑橘類の皮に含まれている成分として有名だ。
実はケルセチン、ルチン、ヘスペリジンは、いずれもビタミン様物質(厳密にはビタミンではないが、ビタミンのような働きをする物質)である。
ルチンもヘスペリジンも、分子的には、ケルセチンに配糖体がくっついた形をしている。
具体的には以下のようである。

ルチン↓

ヘスペリジン↓

ケルセチンに、オリオン座みたいな鼓形のやつが2つくっついて、ルチンやヘスペリジンができる。くっつく場所が違うだけだから、働きはおおむね同じ(根っこは抗酸化作用)だと思ってよろしい。(もちろん、サリドマイド(光学異性体)の例を考えれば、「形が似てれば、生理的作用もだいたい同じ」とは必ずしも言えないが。)

さらに、ケルセチンの摂取によって、血中グルタチオン濃度が上がったという報告もある。
『ケルセチンはヒト動脈血管内皮細胞におけるグルタチオン濃度と酸化還元反応に影響するが、これはケルセチン-グルタチオン結合体の細胞内輸送とグルタミン酸-システインリガーゼのアップレギュレーションによるものである』(長いタイトルやのぉ)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5011167/
グルタチオンというのは、要するに、解毒酵素である。これが体内で誘導されるということは、まず、吉兆である。

「なるほど、カビ毒にはケルセチン、ルチン、ヘスペリジンのサプリだな!」と飛びつかないこと。
もちろん、科学の導き出した興味深い知見であるから、それを実生活に生かそうとすることは、基本的に賢明な姿勢である。ただ同時に、どのようにしてその成分を摂るのか、という視点も持ちたい。
ビタミンCやナイアシン、有機ゲルマニウムを高用量で摂りたいときには、さすがに食品では無理があるから、上手にサプリを利用すればいい。
しかし、基本は食品からの摂取である。
玉ねぎを料理するとき、食べるのは実の部分ばかりで、皮は捨てているだろう。ミカンを食べるときも、皮は捨てるだろう。今回のブログは、要するに「ゴミが薬だった」という話である。
玉ねぎの皮や、乾燥させたミカンの皮を、ブレンダーで砕く。それを瓶に保存し、適量飲む(1日小さじ3杯とか)。成分を抽出・精製したサプリには含まれていない様々なバイオフラボノイドが生きていて、サプリ以上に有効だろう。
そんな手間は省きたい、という向きには、玉ねぎの皮の粉末が売っている。興味のある人は検索してみるといい。

カビ毒に効く栄養素の話は、次回にも続きます。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)