院長ブログ

ベンゾ依存1

2020.3.14

松本俊彦先生も、多分、本当はわかっている。
「ベンゾの離脱症状が2ヶ月でよくなるはずがない」と。
でも、立場上言えない、ということだと思う。

そう、僕も臨床をやっていて痛感する。というか、現場の精神科医なら、みんな知っているんじゃないかな。ベンゾ依存を形成した患者の減薬・断薬が、どれほど難しいことか。
急に抜けば、えらいことになる。たとえゆっくり抜いても、心身の不調は必発。
触らぬ神に祟りなし、である。「薬を減らしたいんです」という患者の要望にも、つい及び腰になってしまう。

医者は、知っている。「医療をうまくこなすコツは、ヒットを打つことじゃない。エラーをしないことだ」と。患者を真に回復させたからといって、特別なボーナスが出るわけでもない。それどころか、病院の収益が減少してしまう。
ベンゾ依存の患者は、病院の”固定資産”である。彼らは、必ず来院する。こんなに「必ず」と断言できる事象は他にないくらいの確率で、「必ず」である。
患者のほうでも、「減薬したい」などと思う人は稀で、ほとんどは「現状維持でいい」と思っている。つまり、通常、医者・患者双方にとってwin-winの関係が成り立っているということである。

ただ、たまにいる減薬希望の患者に、どう対応するか。まず、ヒットは狙わない。医療の基本は、「エラーをしないこと」である。
仮に、患者の要望通りに減薬すればどうなるか?離脱症状は必発である。離脱の苦しさに身もだえして、患者はどうにかしてくれと泣きつくが、治療法はない。増薬を除いて。せっかく保たれていたwin-winの均衡が、一瞬にしてlose-loseになってしまった。
上記松本先生のように、珍しく減薬を表看板に掲げている病院でさえ、離脱に治癒には難渋する。彼らとて、「答え」があるわけではない。
できないことは、はなからするもんじゃない。だから、医者はこう結論する。
「減薬は、愚策である」と。

2ヶ月ドラッグフリーでいられました、で終わりじゃない。2年経っても5年経っても、離脱症状が残存する人もいる。
ベンゾジアゼピン依存の根は、恐ろしく深い。

以下に、立ち直るためのヒントがある。
『薬物依存症から回復して菜食主義のアイアンマン(トライアスロンをやる人)になり、しかも豚を飼い始めた話』

Recovered Drug Addict Turns Vegan Ironman and Adopts Pet Pig

菜食主義者のアスリートについては、以前のブログでカール・ルイスについて紹介したが、彼一人ではない。
メーガン・デュハメル(平昌五輪のフィギュアスケートでメダル獲得)、スコット・ジュレク(ウルトラマラソンの”レジェンド”)、ティモシー・ブラッドリー(プロボクサー)など、世界的な結果を残しているベジタリアン・アスリートは数え切れない。
トッド・クランデル(Todd Crandell)もその一人だが、彼の経歴はいささか変わっている。
彼はかつて13年もの間、薬物依存地獄の真っ只中にいた。ヘロイン、コカイン、アルコール、抗不安薬など、入手可能なあらゆるドラッグの快楽に耽溺していた。
定食もなければ、収入もなく、住む家さえもない。人生に希望なんて、何一つなかった。早く死にたいと思っていた。

3歳のときに、薬物依存の母が自殺した。ろくに言葉も話せない幼児にとって、衝撃的な出来事だった。成長するにつれ、この心の傷は癒えるどころか、ますます疼いた。
13歳で飲酒を始めた。心の空白を埋めるために。「母は僕のせいで死んだ」という心の声をかき消すために。3年後にコカインを始めたのをきっかけに、坂を転げ落ちるように薬物依存の泥沼に落ちて行った。
ドラッグを買うための金欲しさに、犯罪にも手を染めた。逮捕され、釈放され、またドラッグ欲しさに罪を犯し。
三度目の逮捕のあと、あるドキュメンタリー映像を見た。無邪気な動物が屠殺され、食肉として販売される様子が淡々と描かれていた。
希望も何もなく、死にたいと思いながらドラッグにふける自分と、「殺されるために育てられる」無邪気な動物たちと。彼は、自分とその動物たちの落差に、引き裂かれるような矛盾を感じた。
母がドラッグの海におぼれて死んだように、自分もそうやって死んでいくのだと彼は信じていた。しかし、この動物たちはどうだろう?何の抵抗も許されないまま、叫び声をあげて殺されていく。
動物が哀れでならなかった。そして同時に、このとき初めて、自分の堕落を許しがたく思った。「少なくとも、俺には戦うチャンスが与えられているんだ」
もう動物の肉は食べまい、そして、必ず立ち直ろう、と心に誓った。

野菜ジュースは彼に信じられないほどの力を与えた。心と、体と、魂が、野菜によって癒やされていくのを、彼ははっきりと自覚した。
みるみるエネルギーが沸いてきて、人生を熱く生きるんだという思いがこみ上げた。
あふれるエネルギーは、行き場を求めて、走り始めた。走り、自転車にのり、泳いだ。
そう、彼はアイアンマンレース(ウルトラ・トライアスロン)に参加するようになった。

彼は、28回のウルトラマラソン(6大陸15か国)を完走した。しかも単に走り切っただけではなく、非常に優秀なタイムだった。
彼は自分のスタミナと健康は、野菜を食べることによってもたらされたと考えている。
2001年、薬物依存症者のための治療組織を立ち上げた。ドラッグにおぼれる人を救うためである。
彼の体験は二冊の著書として出版された。また、彼は豚(ミロ)を飼っている。
「ミロのおかげですべての生き物に対する愛がわいてくるようです。すべての生き物は、生き物として輝いている。そういうことをミロは教えてくれます」

いい話だ。
しかし情緒的にではなく、医学的に考えてみよう。
上記クランデル氏は、13年間もの長期にわたりドラッグ依存に苦しんでいたが、いまや、すっかり立ち直っている。ドラッグの後遺症はない。
一方、僕らが臨床で毎日のように見かけるベンゾ依存患者は、少し減薬しただけで、離脱症状にのたうちまわり、断薬をして2か月経っても、苦しさは晴れないまま。
この違いは何なのか?
ベンゾ系に限らず、薬の多くは脂溶性である。脂溶性であるから、たとえ薬物の血中濃度がゼロになったとしても、ドラッグの成分が脂肪のなかにしっかり溶け込んでいる。一般に、脂肪のなかの毒物を出し切るのはなかなか困難である。
そこで、発汗である。
クランデル氏は、トライアスロンという、世界一苦しいスポーツを行うようになった。当然、レース中の汗の量は尋常ではない。つまり、脂肪に溶け込んだ毒物のデトックスも、尋常ではないペースで進む。
クランデル氏が後遺症もなくすっかり立ち直った秘訣は、このあたりにありそうだ。

また、そんなトライアスロンに挑戦しようという意欲を沸き立たせたのが、野菜であるということにも注目すべきだろう。
そう、草食動物に注目するといい。ガゼルでもシマウマでも、群れで長距離移動をすることがある。つまり、彼らはけっこうな長距離を走ることができる。
草食動物だから、基本、葉っぱしか食べてない。動物性食品は当然摂取していない。それでも、かなりの長距離を走る。
植物にはそれだけのパワーが秘められている、ということだ。

野菜ジュースの積極的摂取を主体とするゲルソン療法は癌に効くことで有名だが、薬物依存にも著効する。回復した症例は枚挙にいとまがない。

要するに、、、
食事の改善指導を伴わない減薬は、離脱症状の出現は必発。
しかし、食事の改善と並行した減薬は、離脱の苦痛が軽減するということだ。