院長ブログ

見えないもの1

2020.2.17

ときどき飲みに行くバーのママさんが、いわゆる”見える人”で、話が何かとおもしろい。
もちろん、だれかれ構わず”そういう話”をするわけじゃない。ちゃんと相手を見て、状況を見て、話すときもあれば、話さないときもある。
僕はそういう話が好きなので、いろいろ聞き出したいのだけど、無理にほじくり出そうとすれば引っ込めてしまうのが人間心理だから、あくまでさりげなく。
ママさんのほうもやり手で、そういう話を聞きたい僕の心理を知っている。
僕にボトルキープさせて、しっかり固定客にしておいて、何度か通ううちにぽつぽつと聞かせてくれる。なかなかの商売人やねぇ。

宝塚音楽学校を卒業後、大阪府警に就職。
「えー!元タカラジェンヌ!?」
いや、私の頃はそんな言葉なかったし、今みたいな何十倍とか、そんなアホみたいな倍率じゃなかった。普通に誰でも入れたで。
「でも、もったいなくないですか?せっかく宝塚出身やのに、普通に就職とか」
いや、そんなもん、普通普通。劇団に残って舞台に立ち続ける人のほうが珍しい。ほとんどの人が卒業して就職とか、すぐ結婚とか。そういうのが当たり前の時代やったよ。

婦警として勤務していたが、ある殺人事件を捜査する刑事と話していて、彼女の頭の中に、ふと、ある映像が見えた。
言葉を選びつつ、その刑事に、ある可能性を示唆した。その刑事、彼女の助言に従ってある筋を当たってみたところ、大当たり。見事に犯人逮捕につながった。
そういう助言を他の刑事数人にもしたところ、彼らもそこからひらめきを得て、大きな成果を上げた。

うわさは広まるものである。署内で彼女の”霊視能力”は、ひそかに評判になった。そう、あくまで「ひそかに」である。性質が性質だけに、おおっぴらに彼女のことが語られることはない。
「大阪府警には超能力捜査官がいて、それに頼って仕事をしている」などといううわさが立っては、警察のメンツが立たない。
あくまで彼女は、交番勤務の婦警である。
ただ、ときどき、上層部から”呼び出し”がかかる。一般には公開されない写真や現場の遺留品が彼女に見せられ、「何か見えないか」と聞かれる。
事前の説明はあえて聞かない。予断は持たないほうがうまくいくことが多い。頭に浮かぶもの、見えるものを、素直に語る。

「あの、しょうむないこと聞いていいいですか?そういうのって、手当、つくんですか?」
つかへんよ、そんなん。完全にボランティアやんか。まぁボランティアっていっても、勤務中やけどね。

多くの難事件の解決を裏で支えた彼女だったが、四十代で退職した。
「なんで仕事やめたんですか?」の問いには、いつも言葉をぼかす。
「なんかしんどくなってん」ということもあれば「地元の母が病気で看病せなあかんかったし」ということもある。どれも本当のような、どれもウソのような。
ただ、神戸に開業したバーには、今でも多くの警察関係者が訪れる。地元の生田警察勤務の人も多いし、わざわざ大阪から来る人もいる。
僕が飲みに行っても、隣り合うのはほとんどが警察官だ(もちろんみんなオフで、私服着てるけど)。

バーを訪れる警察関係者がママさんに求めていることは、主に二つ。
ひとつはもちろん、捜査に関する助言。もうひとつは、なんと、除霊。

あのね、警察の仕事ってすごいやんか。殺人事件の現場とか、ひどい殺され方をした人のすぐそばにいって、何かと調べたり、仕事せなあかん。
さすが刑事でね、刑事さん自身は別にそういう現場に行っても、特にどうということはないねん。守護霊が強いんよ。そういう仕事してるだけあって。
でも、刑事さんの家族はそうじゃない。現場で刑事さんに憑いたよからぬ霊が、家に帰ってから、その奥さんとか子供に憑いたりする。
奥さんや子供さんは別に強い守護霊がついてるわけでもないから、ひとたまりもない。それで、家族が妙な霊障に悩まされるようになった、いうて、刑事さん、うちに相談に来るわけ。
「除霊もできるんですか。遠隔で?」
いや、遠隔とかはできひん。お宅にお邪魔する。私もそんなに修行したわけじゃないから、簡単な除霊だけ。ほんまにヤバいのは無理。そういうのは知り合いのお坊さんにお願いする。
「除霊ってなんぼくらいかかります?」
もちろん無料。無理にお金の包み渡されるけど、断る。そんなんいらんから、その代わりまた飲みに来て、っていう。

彼女の前に、過去二人、そういう、ちょっと普通では考えられない力を持つ人と会ったことがある。
いわゆる”本物”かどうか、ひとつの目安になるのは「その力で金もうけをしているかどうか」だと個人的には思っている。
本物は、ネットで「除霊します。一回5万から承ります」なんて営業活動していない。むしろ隠して、本当に困っている人が目の前に現れたときにだけ、その力を使う。しかも無料で。「金をもらったら、見えなくなってしまう」っていう人が多いと思う。
自分が「優れている」、「人にはない能力を持っている」なんて決しておごらない。その力は、神様からの借り物だと思っている。本物は、おしなべて謙虚だ。

あんた、ボトルキープ、そろそろ空やで。次の、いれとく?
ママさん、すかさず僕に催促する。こういう妙に商売上手なところは守銭奴みたいで、すごくニセモノっぽいねんけどなぁ。