院長ブログ

統合失調症と甲状腺

2020.1.9

そもそも、甲状腺ホルモンとは何か?
これは簡単に言うと、「元気ホルモン」のことである。代謝を促進し、エネルギーの産生量を増加させる働きがある。
人間だけではなくて魚類や両生類、鳥類にとっても重要なホルモンで、甲状腺ホルモンが不足していると、オタマジャクシはカエルになる(変態)ことができないし、鳥は羽の生え変わり(換羽)ができなくなる。
熊などの冬眠する生物では、冬眠中は甲状腺ホルモンの血中濃度が低下している。代謝を落とすことでエネルギーのロスを防ぎ、食べ物の豊富な春まで寝て過ごす、というのが冬眠戦略の要点なのだから、代謝促進ホルモンの低下は理にかなっている。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」が生命の本質で、僕らの体を構成する細胞は日々入れ替わっている、ということは過去のブログで何度か書いたけど、この比喩を援用すれば、甲状腺ホルモンは、「ゆく河の流れを早くする」ホルモンだ。
逆に、甲状腺ホルモンが低下すると、河の流れが淀む。
美容的な面でいうと、皮脂や汗の分泌が減少し、乾燥肌になる。水分の流れが滞って、体のあちこちがむくむ。
熱産生が低下して、寒がりになる。「夏でもクーラーの効いた部屋にいるのが苦痛で、ひざ掛け毛布がいる」みたいな女性は、甲状腺ホルモンが低下しているかもしれない。
食欲が低下して、あまり食べられなくなる。かといって、特にやせるわけでもない。むしろ便秘がひどくて、体重が増えたりする。inが減っているのだからoutも少ないのは、ある意味当然だろう。
特に病気でもないのに、美容目的のために甲状腺ホルモンを飲む女性が後を絶たない。なぜ甲状腺ホルモンを飲むときれいになるのか。それは、不足の逆を考えればいい。
代謝が亢進し、皮脂や汗の分泌が活発になり、肌が美しくうるおう。血流が改善して顔色がよくなり、頬が少女のように赤らむ。食欲が出てきて、好き放題スイーツを食べたりしても、全然太らない。便通も快便。むくみがなくなって顔が細くなり、腫れぼったい目元がすっきりして、いつもより目が大きく見える。つまり、甲状腺ホルモンを飲むことで、女性としての魅力がアップして、モテるようになる。
どうですか、女性諸君。「そんなにいいのなら、私も飲もうかな」と思いますか。
しかし、「クスリはリスク」でもある。胸が動悸で苦しくなったり、手が変にふるえたり、ひどい下痢をしたり、という副作用もあり得るから、薬で安易にきれいになろうとは思わないことだ。

前回のブログで、甲状腺ホルモンと統合失調症の関係について言及した。PubMedで”schizophrenia thyroid”で検索すると、両者の関係性を示唆する文献が数多くヒットする。
今回は、”Brain Protection in Schizophrenia, Mood and Cognitive Disorders”(Michael Ritsner著)という本を参考にしつつ、興味深い知見を紹介しよう。

「甲状腺ホルモンは、中枢神経系の発達や機能を調整するために不可欠である。甲状腺ホルモンの異常が精神症状に影響することにはエビデンスがある。実際、甲状腺疾患の家族歴のある人では、統合失調症の発症率が高い。甲状腺ホルモン受容体の変異や甲状腺ホルモン結合タンパク(トランスサイレチン)の変異と精神症状の相関については未だ明らかではないが、甲状腺ホルモンの異常(過剰あるいは欠乏)が様々な精神症状と関連していることは間違いない。
粘液水腫精神病(Myxedema Madness)は甲状腺機能低下によってせん妄や幻覚を起こす特徴的な症状である。一見矛盾するようではあるが、甲状腺機能亢進という真逆の状態になっても、せん妄や幻覚は起こり得る。
核内受容体に作用する他のリガンド(たとえばレチノイン酸)も脳機能に影響するように、リガンドは過剰になっても欠乏しても、脳機能の破綻につながるようである。甲状腺ホルモンの過剰による症状と欠乏による症状が似通っているのは、このあたりの事情によると考えられる。

統合失調症患者の19%ではfT3とfT4が増加しているとする報告(MacSweeney et al.)や、甲状腺ホルモンの値を正常化することで精神症状が軽減したという研究(Baumgartner et al.)、甲状腺ホルモンの数値が異常であればあるほど、精神症状の重症度も高かったとする研究もある。
また、TSH(甲状腺刺激ホルモン)が高いほど治療への反応が悪いという研究、TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)に対してTSHの反応性が低いほど治療への反応性がいいという研究もある。逆に、Baumgartner et alでは、TSHやT3に変化はなかったが、T4の高さが統合失調症の重症度と相関しており、さらに治療反応性とも相関していたとしている。
統合失調症と甲状腺機能の異常の相関の頻度については、研究により値がばらばらである。ある研究ではたったの9%としているが、36%としている研究もある。Othman et alは統合失調症と甲状腺異常の間には相関の頻度が高いとしているが、甲状腺異常と一口に言ってもその異常は様々であることから、「統合失調症は視床下部・下垂体・甲状腺軸(HPTアクシス)の調節異常である」と結論している。
多くの抗精神病薬が甲状腺のホメオスタシスを変化させることが知られているが、投薬治療を受けていない統合失調症患者でも甲状腺ホルモンが低いこともあり、甲状腺ホルモン濃度に影響を与える要因は薬だけではない。
TRHは視床下部から分泌され、下垂体に作用してTSHの分泌を促す。そしてTSHが甲状腺に作用し、甲状腺ホルモンが分泌される。
統合失調症患者ではTRHの受容体に異常があるとする研究がある。フェンサイクリジン(麻酔薬。俗に”エンジェルダスト”と呼ばれ、幻覚剤として乱用されたりする)という薬があって、これを服用すると統合失調症と同じ症状が出現するが、フェンサイクリジンを投与したラットでは前頭前皮質の遺伝子に変化が見られ、TRH受容体の転写が活性化していた。放射線で標識したTRHを使った受容体の研究でも、統合失調症患者の歯状回ではTRH受容体が増加していることが明らかになった(逆に偏桃体では減少していた)。TRH受容体が発現しているのは、視床下部だけではないことからわかるように、TRH受容体の役割はTSHの放出だけではない。実際のところ、TRHは脳の多くの箇所で発現しており、中枢神経系以外のところでさえ、発現している。神経機能の調節(neuromodulator)として、また、神経伝達物質として作用している可能性もある」

専門的な内容なので、難しすぎるかもしれない^^;
盛りだくさんな内容だけど、核心部分は「統合失調症は視床下部・下垂体・甲状腺軸(HPTアクシス)の調節異常である」というところ。
甲状腺異常を是正するつもりでアプローチすれば、統合失調症の改善につながる可能性があるということだ。
数学において、別解の存在が数学を楽しくしているように、真理(治癒)に至る道がひとつではない、というあたりに、すごくおもしろいものを感じるんだな。