院長ブログ

肉食の是非

2019.11.19

肉は体にいいのか、悪いのか。これはずいぶん昔から議論されてきたテーマである。
一方に、「長生きしたけりゃ肉は食べるな」「肉を食べると早死にする」という人もいれば、

これとは正反対に「肉を食べる人は長生きする」という人もいる。

iPS細胞がどうのこうのとかやたらと小難しい医学知識が蓄積したこの21世紀に、「肉が体にいいのかどうか」なんていう大昔からの問いに対して、いまだに意見が分かれているわけだ。
本末転倒というか何というか、おかしな話だね。

最近日本では「高タンパク低糖質」がブームだ。
この場合の「タンパク」は動物性タンパク質を意味するようで、植物、たとえば小麦にはグリアジンやグルテニンなどのタンパク質がたっぷり含まれているけど、こういう植物性タンパク質は除くようだ。
つまり、上記のテーマでいえば、今の日本では「肉肯定派」が優勢ということだ。
しかし肯定派に押されてはいるものの、「肉否定派」もいまだ健在である。医学、宗教、動物愛護など、様々な立場から「肉は避けるべし」と主張する人は決して少なくない。

歴史は繰り返すものである。それも、少しずつ形を変えながら。
すでに6年前、アラバマ大学で「アトキンス・ダイエットvsチャイナ・スタディー」をテーマにして、肉食の健康へのよしあしについて、激しい討論が行われた。

「肉否定派」の論客として、『チャイナ・スタディー』の著者であるコリン・キャンベル博士を迎えた。
『チャイナ・スタディー』は膨大な疫学データをもとにした研究で、アメリカの健康政策立案にも大きな影響を与えた。「健康および癌予防のためには、野菜を基本とし、高炭水化物/低タンパク質が好ましい」というのが主張の骨子である。
一方、迎え撃つ「肉肯定派」は、アトキンス・ダイエットの継承者エリック・ウェストマン博士である。
アトキンス・ダイエットは1972年にロバート・アトキンス氏が提唱した食事法で、「肥満を始めとする慢性疾患の元凶は炭水化物である。これを制限し、代わりに肉、魚、卵、ステーキ、バターのような、タンパク質と脂肪が豊富な食べ物を積極的に摂取すべき」とする立場である。
肉否定派、肉肯定派、両陣営それぞれの総本山のトップが登場した討論会であり、頂上決戦そのものだった。
両者のプライドを賭けた舌戦を見ようと、アラバマ大学の講堂は250人の聴衆で埋まっていた。
双方とも自説の正しさを主張するための科学的データを提示し、わかりやすいグラフを見せ、人体に栄養が及ぼす栄養を明快に説く。熱い思いを持ちながらも、学者として冷静に根拠を示し、人々の理解を訴えるのだった。
そして自説への理解を求めると同時に、相手の理屈の過ちをも指摘する。
78歳の名誉教授コリン・キャンベルは、アトキンス陣営を見つめながら言った。
「こういうデータがあります。アトキンスダイエットを続けた人と、一般的な食事を続けた人の比較です。平均的な食事をしている人と比べて、アトキンスダイエットをしている人では、便秘がよく見られます。
さらにごらんなさい。それだけではなく、口臭、頭痛、筋けいれん、下痢の発生率まで高いのです。
待って。反論は待ってください。アトキンスダイエット擁護者のみなさんが言いたいことはわかります。『そのデータのソースは?』そう言いたいのでしょう。
ソースをお示ししましょう。これは2004年の研究です。研究資金のスポンサーは、アトキンス・ダイエット・カンパニー。つまり、あなた方の会社です」
フィニッシュホールド、と言いたげなドヤ顔のキャンベル。
ここで肉肯定派、ウェストマンが立ち上がる。
「たとえ便秘になって酸化マグネシウムが手放せない体になったとしても、糖尿病が治るのであれば、多くの人は喜んで便秘になるほうを選ぶのではないでしょうか。
最近、低脂肪食の人気はずいぶん落ちています。それもそのはずです。高炭水化物を維持したままでは、何一つ体調不良が改善しないのですから。
私は低炭水化物食を指導して、肥満や糖尿病の患者を多く治療してきました。このグラフをご覧ください。低炭水化物食によって、乳癌の発生率さえ低下します。
はっきり断言しますが、炭水化物は必須栄養素ではありません」
キャンベルが、柔らかく応じる。
「言いたいことはわかります。今でこそ私は高タンパク摂取に反対していますが、かつては高タンパク質擁護派でした。だって私は実家が酪農農家なんですよ。
実家の生業を否定するような主張は、私ももちろん、したくありません。でもこれは感情の話ではありません。科学の話なんです。
私は中国の大規模な疫学調査に参加して、動物性タンパク質の摂取がいかに有害であるか、その例を嫌というほど見てきて、それでついに自説を変えたのです。
タンパク質と脂質は忌避すべきで、植物をベースとした全体食こそが、人々の進むべき道だ、と」
これに応じてウェストマン、なかなかの紳士である。論敵との共通点を示した。
「我々は結局のところ、同じ問題に向き合っていると思うのです。それは、現代アメリカの食事にまつわる問題点です。
アプローチに違いこそあれ、我々の向いている方向は同じです。
肥満、糖尿病、癌が栄養に関係していること。砂糖やジャンクフードは体によくないこと。”本物の食品”は健康的であること。このあたりはキャンベル先生も私と同じ意見だと思います。
ただ唯一、多量のタンパク質が体に悪いという先生の主張には、賛同しかねます。
先生は先ほど疫学研究から自説を変えたといわれましたが、疫学研究から因果関係を決定することはできません。つまり、動物性食品が体に悪い、という結論は出せないはずです」

両者に言い分があると思う。
個人的には、全面的にどちらが正しい、ということは言えない。
肉と一口にいっても、遺伝子組み換えの飼料を食わされて抗生剤やらホルモン剤を打たれた家畜の肉と、ジビエでは相当意味合いが違うはずだし、炭水化物と一口にいっても、小麦と米では体への影響は相当違うだろう。
また、動物性タンパク質の高用量摂取が好ましいとしても、プロテインやアミノ酸パウダーなどの加工食品の形態でも同じように好ましいといえるのか。
個人的には、高タンパク・低炭水化物が好ましいというより、「小麦を抜く」という、ただそれだけで改善する病態は相当多いと感じている。
「肉が体にいいのか悪いのか」の結論を出すにはデータが未だ十分ではないし、条件次第でどちらも正しくなり得ると思う。
だからこそ、今だに決定的な結論が出ていないんだと思う。

参考:『心と体をつなぐホリスティック栄養学』(平田進一郎氏の2019年11月10日の講演より)