院長ブログ

うつ病

2019.6.9

人間はいろいろな死に方をする。
最近の統計によると、死因の上位10位は、癌、心疾患、肺炎、脳血管疾患、老衰、事故、自殺、腎不全、慢性閉塞性肺疾患、肝疾患と続いている。
原因がなんであれ、肉体(および精神)の機能停止という結果は同じで、ただ、そこに至る過程が違うということだ。
山に登るとき、登頂ルートは複数ありえる。しかし山頂に近付くにつれ、山道は次第に合流していくだろう。
同様に、死に至る道順は、最初はけっこう多様性があるが、症状が深刻化するにつれどの患者も徐々に似通ってくる。結局のところ、心肺機能が停止することを死と呼ぶのだから、どんな経過をたどるのであれ、死に際しては循環と呼吸の低下が必ず伴う。
だから死亡診断書には「死因の欄に心不全とか呼吸不全と書くのはやめてくれ」とわざわざ断りが入っている。全員が経る通過点としての症状を死因とされては、死亡統計をとることができないからだ。

同様に、ある病気を発症するにしても、その発症機転が一つとは限らない。
たとえばうつ病の原因は複数あるが、以下のようにまとめられるという。

画像はhttps://www.cocoro-h.jp/untreated/overview/etiology.htmlからお借りした。
さすが、製薬会社のホームページだけあって、栄養のことにひとことも言及がない^^;
しかし身体的要因の欄に「・降圧薬、経口避妊薬などの服用」とあって、製薬会社さえ薬剤性のうつがあることを認めているのはおもしろい。ちゃんとわかってるんやね。
この画像が言っているのは、「うつ病は、遺伝的要因を背景として、環境的、身体的ストレスが蓄積したとき、発症に至る」、ということだ。
比較的まともな食事をしている人でも、ブラック企業に勤務していて、むちゃくちゃな労働形態や対人関係のストレスでメンタルをやられてしまう、ということはあり得るだろうし、仕事は悠々自適の自営業だが、食生活の乱れから来る身体的ストレスがきっかけで、抑うつ状態になることもあり得るだろう。
ただ、どういう経過であれ、うつ病を発症した人に共通しているのは、体内(特に脳、腸)で慢性的な炎症があるということである。
『うつと炎症~複雑かつ多面的な関連性を解きほぐす』
http://www.jneuropsychiatry.org/peer-review/depression-and-inflammation-disentangling-a-clear-yet-complex-and-multifaceted-link.html
要約
うつ病は主要な『炎症性』疾患である、などというとデタラメに聞こえるかもしれないが、うつ病と炎症が密接な関係にあることを示すエビデンスがどんどん出てきている。
具体的には、(1)炎症性疾患の患者はうつ病の罹患率が高い、(2)多くの(約三分の一の)うつ病患者では、特に何の病気にかかっていなくても、末梢の炎症マーカーが高い、(3)サイトカインで治療を受けた患者(たとえば慢性肝炎など)ではうつ病を発症するリスクが高まる、といったことが挙げられる。
実際、炎症性メディエイターによって、グルタミン酸やモノアミンの神経伝達や、糖質コルチコイド受容体の抵抗性、海馬の神経新生に変化が見られることが確認されている。
また、炎症は脳におけるシグナル伝達のパターンを変え、認知に影響し、うつ病特有の病態像を作り出す原因になっている。さらに、炎症によって症状が複雑化しかつ重症になるなることが、ますます明らかになっている。

発症の仕方にいろいろあるように、治り方(治し方)もいろいろある。ただ、 共通しているのは、うつ病患者は皆、体内の炎症が沈静化して快方に向かう。その際、炎症の抑え方は一つではない、ということだ。
個人的には、最近うつ病に対するアプローチを少し変えている。
食事の改善を指導するのは昔も今も同じだけど、以前は水溶性ビタミン(B群、Cなど)、ミネラルをメインに使っていたところ、脂溶性ビタミンを主体に、ときどき必要に応じて有機ゲルマニウムを使う、というスタイルに移りつつある。
ナイアシンやCもちろん有効だ。特にアルコール依存症が背景にある抑うつ症状には、今でもこれらをメインに使う。でも一般的なうつ症状に対する脂溶性ビタミンの有効性は、もっと注目されてもいい。
『ビタミンKの抗炎症作用』
https://www.intechopen.com/books/vitamin-k2-vital-for-health-and-wellbeing/anti-inflammatory-actions-of-vitamin-k
「ビタミンKの抗炎症作用は、NFκβの細胞シグナルを抑制することによるものだ」という話。

症例(詳細は変えてある)
40代男性
職場のストレスを主訴に来院。「もう限界。会社に行きたくない」という。確かに、非常に憔悴した様子。どんなふうにきついですか、と聞くが、返事はいまいち要領を得ない。それって会社なら普通じゃないの?みたいな印象を受ける。食生活について聞くと、朝は食べない(食べる時間がないし、食欲もない)、昼は菓子パンとコーラ、夜はスーパーの惣菜が多いが、最近は食欲がなくて食べないことも多い。
ああ、なるほど、そこか、と当たりがついた。低栄養状態(および糖質摂取過剰)による抑うつ状態。会社のストレスの有無にかかわらず、そんな食事を続けて体調を崩さないほうが不思議だ。
さて、治療はどうしたものか。
一番やってはいけないのは、一般的な抗うつ薬の投与だ。単なる栄養失調だったはずが、薬によって本物のうつ病になるだろう。
食事の改善さえすればすぐにでも治るだろうが、そもそも食欲がない。詳しく聞いてみると、腹部やみぞおちのあたりに張った感じがあって、口の中が苦いという。漢方がハマりそうな印象を持ったので、小柴胡湯を勧めた。サプリは、AとD3の合剤、MK4の2種類を勧めた。
「飲めと言われれば何でも飲みますが、本当にそんなので治るんですかね。治るイメージが持てないんですけど。会社に行くのは絶対無理です」
2ヶ月の休養を指示する診断書を渡した。
1週間後に再び来院したとき、全く別人になっていた。笑顔があふれて、仕草のひとつひとつに活気があった。「先生、日焼けしすぎ」と僕をいじる余裕さえあった。本来こういう饒舌な人なんだな。
「言われたように、食事の改善をして出された薬を飲んで、おかげさまで回復しました。今日来たのは、2ヶ月の休養ってことでしたけど、あれ、長すぎます。仕事しないほうが逆にストレスなんで、もうすっかり回復した旨の診断書お願いできますか」

ナイアシンやビタミンCを全く使わずにこれだけ回復したのは、僕にとっても初めての症例だった。「漢方が効いたんだよ」って突っ込まれそうだけど^^;
脂溶性ビタミンによって水溶性ビタミンやミネラルの利用効率が高まることがわかっている。一般に、生化学のカスケードのより上流を抑える方が根本的だから、サプリを補うなら脂溶性ビタミンのほうが治療の本質に近いかもしれない。