院長ブログ

認知症と亜鉛

2019.5.23

栄養療法は別名メガビタミン療法とも言われているけど、メガミネラル療法では決してない。
マグネシウムのように、高用量で摂取したところでせいぜい下痢するだけで、大して副作用のないミネラルがある一方、ちょっと見過ごせない副作用が生じるミネラルもある。

『高用量の亜鉛サプリは海馬の亜鉛欠乏およびBDNFシグナル抑制による記憶障害を引き起こす』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3561272/
なかなかショッキングなタイトルの論文だ。
「認知症患者では血中亜鉛濃度が低下している(一方、銅濃度は上昇している)から、亜鉛を補うべき」という認識でいたところ、その治療方針が本当に正しいのか、再考を迫るような論文だ。
ざっと要約すると、、、
亜鉛は神経系において確かに重要な働きをしているが、過剰摂取(特に若年者での)による悪影響は軽視されている。マウスの飲み水を15ppmの亜鉛(低濃度)、60ppmの亜鉛(高濃度)、普通の水の3パターンにして、3ヶ月飼育し、行動および脳中亜鉛濃度を調べた。
高濃度亜鉛群では、海馬の損傷による記憶障害が見られた。研究者にとって意外なことに、これらのマウスでは海馬(特に苔状線維のCA3錐体シナプス)の亜鉛濃度が、増加するどころか、減少していた。
NMDA-NR2A、 NR2B,、AMPA-GluR1、 PSD-93、PSD-95などの学習や記憶と関連した受容体やシナプスタンパクの発現レベルが海馬で有意に減少しており、特に樹状突起も有意に消失していた。

「なんだ、ネズミの話じゃないか。人間では成り立たないだろう」と思いたいところだけど、こんな論文もある。
『膵臓癌抑制のカギとなる亜鉛トランスポーター』
https://www.sciencedaily.com/releases/2017/09/170906114623.htm
著者の焦点は膵臓癌なんだけど、亜鉛と神経疾患についての言及がある。
要約
「アルツハイマー病やパーキンソン病の患者では、健常者に比べて、脳中の亜鉛および鉄の濃度が有意に高い。また、膵臓癌の患者では特異的亜鉛トランスポーターが異常に多く発現している。従って、こうした疾患において、亜鉛や鉄の過剰を防ぐことが治療への有効な手段となる可能性がある。」
最初に挙げた論文は「海馬での亜鉛濃度の減少」を指摘してるけど、この論文を踏まえれば、脳全体の亜鉛濃度としては上昇しているようだ。
ヒトのゲノムは14のZIP(亜鉛トランスポーターや鉄トランスポーターのタンパク質)をコードしている。これらのどこかに異常があると、それに応じた症状が出現する。たとえば腸性肢端皮膚炎は、稀ではあるが、ZIPの異常により亜鉛欠乏を来す致死的な疾患だ。

亜鉛や鉄のトランスポーターの発現は、遺伝による活性の違いや発現量の多い少ないがある。不足しがちな人にミネラルを補うことは簡単だが、過剰を来しやすい人もいることは念頭に置いておく必要がある。
味覚障害を呈しているような明らかな亜鉛欠乏や重度の貧血に対して、亜鉛や鉄の投与をためらう理由はない。ただ勘違いしてはいけないのは、亜鉛や鉄が、誰にとっても「体にいい」」のではないということだ。
誰彼かまわず亜鉛や鉄を勧めては、人によってはメリットどころかデメリットになりかねない。

善意でオススメしたサプリのせいで患者が健康を害しては、医者にとってこんなにつらいことはない。患者にしてもそうで、健康になろうと思って飲んだサプリでかえって健康を損ねては、こんなに腹立たしいことはないだろう。
自戒を込めて言うんだけど、亜鉛や鉄などミネラルの使用は重々慎重にしたい。