院長ブログ

運動の効用

2019.3.28

“SPARK the revolutionary new science of exercise and the brain” (John Ratey 著)の122ページに興味深い記述があったので、紹介しよう。
訳はけっこうテキトーです^^;
「運動することは、抗うつ剤が作用するのと同じ化学物質に作用しているということは、前々から知見としてはあったが、これをきっちり科学的に比較した人はいなかった。
そこで1999年、デューク大学の研究者が初めてこの研究を行った。これは記念碑的な大仕事で、愛称としてSMILE(Standard Medical Intervention and Long-term Exercise)と呼ばれている。
筆頭著者のジェームズ・ブルメンタールらは、運動群と抗うつ剤投与群(SSRIのセルトラリン。商品名はゾロフト)を設定した。156人の患者を無作為に3つの群(ゾロフト投与群、運動群、両者の組み合わせ群)に振り分けた。
運動群には、有酸素能力の70〜85%程度の負荷のウォーキング(あるいはジョギング)を週3回、各30分行うように指示した。ただしこの30分間に、10分のウォームアップ、5分のクールダウンは含まれていない。
結果はどうだったか?
3つの群すべてでうつ病スコアの有意な低下が見られた。また、各群でおよそ半数は寛解していた。その他の13%では十分な寛解は見られなかったが、症状がほぼ消失していた。
運動は投薬治療と同じ程度の効果がある、というのがブルメンタールの結論である。
「運動で脳の化学物質に変化が起こって、うつが良くなるなんて、信じられないな」という患者がいるものだから、私はこの研究論文のコピーを患者に見せるために置いている。信じられない気持ちもよくわかる。「運動でうつが軽快する」なんていう研究が正しいと認めたら、そもそも精神医学は必要なのかという話になってしまうわけだから。
この研究結果は、医学部で教わるべきだし、健康保険会社はこの事実を認識しておくべきだし、全国すべての病院の掲示板に貼り付けておくべきものだ。何と言っても、病院では5人に1人がうつ病にかかっているのだから。
「運動にはゾロフトと同じくらいの効果がある」この事実をみんなが知れば、うつ病患者は減少するはずだ。
しかし、運動がうつに対する医学的治療として、いまだに受け入れられてないのはなぜだろう。SMILE研究の行間を読めば、この難しい問題に突き当たるのである。
1997年にアンドレアス・ブルックスが運動群と抗不安薬(クロミプラミン)投与群の比較試験を行ったとき、両群の治療成績は同程度の改善であったものの、投薬群ではより速やかに効果を感じた。製薬会社は抗うつ薬が効き始めるには3週間ほどかかると添付文書に記載していることを考えると、ここには一見矛盾があるように思える。
しかし、こも3週間というのはあくまで統計であって、私は投薬で数日以内に改善する患者を無数に見ている。
逆に、一連の運動によって気分が改善するという研究はどうなのか。たとえば、2001年北アリゾナ大学の心理学科教授のシェリル・ハンセンは、健康な被験者ではたった10分運動するだけですぐに意欲や気分が改善することを証明した。しかし、仮にハンセン氏が運動から数時間後の気分を調査すれば、被験者らの気分はベースラインに戻っていることを見出すだろう。
なるほど、一連の運動によって気分が改善することを知っておくことは大切なことだが、1日1日の気分が安定的に改善するのにはもっと長くかかるのだということも知っておかねばならない。
ブルメンタールは運動前に週に1回気分を評価していたのだが、彼は一部の患者では運動後すぐに気分が軽快することに気付いた。しかしその軽快ぶりは、薬ほど劇的なものではなかった。
うつ病が治ったと本当の意味で言うためには、運動から5分後に好調であることはもちろん、5時間後にも、明日の朝にも安定していなくてはいけない。周期的な運動の効果をきちんと評価するには、もう少し長期の研究が必要だろう。
SMILE研究から6ヶ月後、ブルメンタールらは患者たちの予後について調査した。そして、長期間の研究では運動群が投薬群よりも好調であることを発見した。うつ状態に陥っている人は、運動群では約30%、投薬群では52%、両方行なっている群では55%だった。当初の研究で寛解した患者のうち、うつを再発したのは運動群で8%、投薬群では38%で、明らかな有意差があった。
4ヶ月にわたるSMILE研究の後、その後の治療をどうするかは被験者にゆだねられた。つまり、投薬群だった人が運動を始めることもあれば、運動群だった人が薬の服用を始めることもあったし、精神療法を始める人もいた。そのせいで変数が多くなり、結果の解釈が複雑になったのだが、ブルメンタールの研究チームは、気分改善に関する最も重要な予後予測因子は、運動量であることを発見した。
週に50分運動すると、うつ病の発症オッズが特異的に50%減少していたのだ。しかしブルメンタールは、運動によってうつ病が寛解するのだ、という結論は出さなかった。逆が真であるかもしれない。つまり、運動を継続した患者は、そもそもうつが軽度であったから寛解したのかもしれないからだ。
これは、卵が先か鶏が先か、という古典的な問題である。運動と気分の関係を調べる彼らも同じ問題に突き当たったのである。しかし、運動しているからうつがマシなのか、うつが軽度だから運動しているのか、これは本当に重要な問題だろうか。いずれにせよ、患者の調子はよいのだから。
しかし、運動と投薬を組み合わせた群で最も結果が思わしくなかったことは、どのように説明すればよいだろう。運動し、かつ、ゾロフトを飲んでいる群が最も良好な結果になるとブルメンタールは考えていたのである。しかし、彼らのうつ病の再発率は最も悪かった。
なぜだろうか。彼の推測はこうである。被験者らは治験に参加する契約を結ぶとき、『うつ病に対する運動の効果を見るための研究だ』という説明を受けていた。だから被験者の中には、抗うつ薬も併せて飲むと知って『話が違う』と感じた者もいた。治験中に、『薬のせいで運動の効果が落ちてしまう』とこぼす者もあった。生理学的な観点からは考えにくいことだが、心理的な面からは、薬を飲むということ自体が、運動がもたらす自己コントロール感を損なってしまったということは十分あり得ることである」

オーソモレキュラー療法が「慢性疾患は適切な栄養の不足から生じる」と考えるのと同じ感じで、上記の本の著者は、「不安障害、ADHD、ホルモン異常、老化、アルツハイマー病など、多くの慢性疾患は運動によって改善可能である」と唱えている。
上記引用部分では、うつ病に対して「運動は薬よりも有効」だということがデータの裏付けとともに述べられているわけだけど、他の疾患に対しても同様の主張が展開されている。
栄養と運動、共通するメリットは、ミトコンドリアの機能を適切化することではないだろうか。
仮に病気に他の原因(たとえば農薬や添加物、重金属の蓄積)があったとしても、ミトコンドリアの賦活化によってデトックス機能が強化され、結果、体調不良が改善してしまった、というのはありそうな話である。
『健康』という目的地に到達するための方法が一つではない、というのが、僕には興味深く感じられる。