院長ブログ

タンパク質レバレッジ仮説

2019.3.2

主要なエネルギー源を炭水化物、脂質、どちらにすべきか、という議論が昔からあって、一時期は脂肪が悪者にされて、炭水化物の比率を高めましょう、ってなったんだけど、アメリカ人の肥満率が猛烈に上昇するに及んで、いや、やっぱり炭水化物の摂り過ぎはよくなさそうだ、ってなって、FDAの学者たちもずいぶん揺れているようだ。
炭水化物か脂質か、の議論のなかで、案外忘れられていたのがタンパク質の存在である。
食事に占める割合のなかでも、タンパク質は炭水化物や脂質よりも比較的少ないため、「食事のメインを張るのは、炭水化物か脂質だろう」という思い込みがあったのかもしれない。
近年になって、実はタンパク質の摂取量こそが、総エネルギー消費量を決めているのではないか、というデータがたくさん出てきた。そもそも『食欲』というのは、『タンパク質欲』であって、人間は満足できるタンパク摂取量に至るまで食べ続けるのではないか、と。

人間は無際限にバカバカ食べ続けるわけではない。栄養摂取量を規定する何らかの因子があるはずだ。そしてその因子こそ、脂肪でも炭水化物でも総エネルギー摂取量でもなく、タンパク質ではないか。
これが『The Protein-Leverage Hypothesis』である。
この言葉に対応する定訳はないようなので、どう訳そうか。
そのまま逐語的に訳すなら、『タンパク質テコ仮説』ということになる。
いや、leverageには影響力という意味もあって、実際この文脈での使い方も、タンパク質の食欲に対する影響力という含みがあるから、『タンパク質影響力仮説』がベターだろうか。
しかし、何かお堅いというか、ゴロが悪い感じもするな。
leverageという言葉は、株をする人にはわりとなじみの言葉だろうから、いっそカタカナでレバレッジ、とそのまま使って、『タンパク質レバレッジ仮説』で行こうか。
そういうわけで、以下では『タンパク質レバレッジ仮説』で通しますが、一般的な言葉ではないのでご注意を。

この仮説に基づいて考えてみよう。
タンパク質がほとんど含まれていない食事をとれば、どうなるか?
体としては、欲しいタンパク質の量が決まっているから、それを何とか満たそうとして、他の食事量を増やす。結果、総エネルギー摂取量が増え、肥満や過食につながるわけだ。
『タンパク質レバレッジ仮説』という言葉が最初に出てきた論文を紹介しよう。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15836464
『肥満~タンパク質レバレッジ仮説』
要約
肥満の流行は現代世界の直面する最も大きな公衆衛生上の問題の一つである。
食事面での原因として、脂質と炭水化物の割合をどうすべきかということに焦点が置かれてきたが、タンパク質の役割についてはほぼ無視されていた。
この理由としては、
1.タンパク質は食事によるエネルギー量のわずか15%しか占めていないこと
2.肥満の増加している時期にもタンパク質摂取量は一定であったこと、が挙げられる。
この二つの条件は、一見矛盾する以下のことを示している。つまりタンパク質こそが、肥満の増加を後押しし、かつ同時に、肥満の増加を抑制する、てこのような役割を果たしているということである。
我々はこの仮説を数学的なモデルを用いて定式化した。この正しさを支持する疫学的データ、実験的データ、動物実験データも提出されている。

要するにこの論文は、食事に占めるタンパク質の割合がたったの15%であることが、食欲をてこ入れしてしまい、肥満の増加を後押しする結果になっているのではないか、と言っている。
タンパク質の摂取割合を少し変えるだけで、摂食行動に大きな変化が出る。これをてこになぞらえたわけだ。
この指摘は、多くの臨床家の観察とも一致すると思う。
つまり、たとえば過食症患者がドカ食いするのは、決まって砂糖菓子やパンなどの炭水化物で、焼肉やたまごをドカ食いしてしまう、という人はまずあり得ない。
たとえば小麦にもグリアジン、グルテニンなどのタンパク質が含まれているけど、肉や魚などの動物性タンパク質とは質が違うし、何よりタンパク含有量が全然違う。
過食症患者はスィーツをむさぼり食べることで、どうにかしてタンパク質の必要量を満たそうとしているのではないか、という可能性が考えられるわけだ。

最近出た論文に、タンパク質レバレッジ仮説の正しさを支持する研究があったので、紹介しよう。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29032787
『アメリカにおける超加工食品(UPF)、タンパク質レバレッジ(PLH)、エネルギー摂取量』
要約
絶対的な量のタンパク質が摂取できていれば、人間の主要栄養素量のばらつきは最小化する。つまり、食事中のタンパク質量(タンパク質レバレッジ)に伴ってエネルギー摂取量が結果的に変化することが、実験で示されている。
『タンパク質レバレッジ仮説』によると、食事中のタンパク質量の低下によってタンパク質レバレッジはエネルギーの過剰摂取および肥満を増大させる方向に作用する。
超加工食品の消費量が世界的に増加しているが、このことが食事中のタンパク質量の減少、ひいてはエネルギーの過剰摂取、肥満の流行を加速させている大きな原因ではないか、という説が言われている。
本研究では、超加工食品、食事中のタンパク質割合、タンパク質およびエネルギーの絶対摂取量の関係を検証した。
超加工食品とタンパク質摂取量の間には強い逆相関が見られた。つまり、超加工食品の摂取量に従って五分位数に分けたとき、最小群のタンパク質摂取割合は18.2%、最大群では13.3%だった。
超加工食品の摂取量の増加は、タンパク質摂取量と逆相関していることは先行する研究で示されていたが、総エネルギー摂取量の上昇とも関連しており、ここでもタンパク質レバレッジ仮説と一致する結果となった。
超加工食品の摂取によってタンパク質摂取量が減少することが、エネルギーの過剰摂取につながっている可能性がある。超加工食品の摂取を減らすことが、タンパク質摂取量を増やし、エネルギー摂取の過剰を減らす有効な方法かもしれない。