院長ブログ

摂食障害

2019.2.19

「いつまでも、延々と食べ続けます。止められないんです。今朝何を食べたか、言いましょうか?
両親と同居しているので、まずは普通の朝食です。ごはん、みそ汁、魚、卵、おひたし、みたいな。で、それで満足できずに、むしろそこから過食のスイッチが入ります。
自分の部屋にこもって、パン一斤から始まって、板チョコ3枚、ロールケーキ、肉まん、プリン。それからコーンフレーク一袋を牛乳500mlで全部食べて。
さらにアイスクリーム食べて、蒸しパン、ワッフル、スタバのシフォンケーキ、チョコレートムース、ピザまん食べて。
ジャンクフードだということはわかっています。でも、そういうのが欲しくてたまらなくなります。
ついに胃が満タンになって、これ以上食べ物を受け付けない感じになります。食欲のブレーキがかかったのではありません。
衝動としては、もっと食べたい、もっともっと、って思ってるんですけど、物理的にもう入らない、という感じです。
私の場合、吐かないです。限界まで詰め込んでも、戻そうとは思わないんです。
それに、食べれればなんでもいい、っていうわけではなくて、一応味にもこだわってて、私が食べたいものを食べています。お気に入りのお菓子とか新商品のコンビニスィーツとか。
でも満足なんて感じません。
食べ過ぎて苦しいのに、お腹が満腹になる、っていう感覚がわからないんです。脳がバカになっているんでしょうか。
またやってしまった、っていう後悔と情けなさで、涙がでます。罪悪感でひどく落ち込みます。
家族も私の過食のことはうすうす気付いていますけど、特に何も言わない。どうしたらいいかわからないんだと思う。
今はこうやって過食になっていますけど、実は以前は拒食でした。あまりにも食べられないので、入院したこともあります」
過食も拒食も、要するに摂食障害ということで、症状としては正反対だけど、病態の根っことしては似通ったところがあるからね。
どちらの場合も腸内細菌叢が乱れているし、ホルモンの異常(コルチゾル、グレリン増加、レプチン減少)がある。このアンバランスを治す栄養素としt
「先生、そういう話もいいんですけど、とにかくきついんです。精神的に。
食事の大事さを説く先生の考えもわかるんですけど、まず、この滅入った気持ちを薬で何とか楽にしてもらえませんか」

まず、傾聴しないといけない。
急に栄養がどうのこうの、とか言い出すべきじゃなかった。
拒食症や過食症の背景には、栄養的な問題だけでなく、精神的な問題が隠れているものだ。
自己嫌悪、醜形恐怖、現実拒否などのマイナス感情が、本人も自覚しない心の深いところで根を張っていて、それが衝動的な過食という形で噴出しているのかもしれない。
だとすれば過食は、彼女にとって『表現』である。
内面の問題に目を向けず、症状だけに注目して治そうとすれば、彼女は抵抗するだろう。「私から表現手段を奪わないでください」と。
つまり、精神的な問題の表出としての過食であった場合、栄養の是正だけではなかなか治らないだろう。

さりとて、摂食障害が純粋に心だけの問題かというとそんなことはない。
糖代謝を始めとする内分泌、腸内細菌叢、血中ビタミン、ミネラルのアンバランスなど、内科的問題は当然関係している。
たとえばこんな論文。『神経性食思不振症(拒食症)と副腎皮質機能亢進症』。30年以上前の論文だけど、参考になるところが多い。
http://www.orthomolecular.org/library/jom/1985/pdf/1985-v14n01-p013.pdf
本文内容を補いつつ要約すると、
1.血中コルチゾルの上昇は、コルチゾルの高くなる慢性疾患の原因ではあるが、その逆ではない。
つまり、すべての慢性疾患において、血中コルチゾルの上昇があるが、慢性疾患だからコルチゾルが上昇しているのではない。
2.拒食症ではコルチゾル濃度が上昇しているが、回復すると低下する。
ステロイド療法を受けている人や、拒食症、うつ病、アルコール依存症、クッシング病の患者では血中コルチゾル濃度が高いままだが、これが原因で、潰瘍、高血圧(左室肥大)、認知症(脳萎縮)といった慢性疾患になる。
これらの症状は、ステロイド療法が原因であればやめれば元通りに治るし、適切な投薬によっても治るものである。
3.慢性疾患の治療に際して、コルチゾル低下作用のある薬剤、あるいはコルチゾルのアンタゴニストとして作用する薬剤は、ときには驚くほどの有効な治療となる。
具体的には、フェニトイン(抗てんかん薬)、プロカイン(麻酔薬)、ビタミンC(コルチゾル抑制作用があり、血中サリチル酸塩の濃度を上昇させる)、サリチル酸(アスピリンなど。脾臓や血小板からのプロスタグランジン放出を抑制する。プロスタグランジンE1、F1は副腎に作用してコルチゾルを上昇させる働きがある)、リドカイン(麻酔薬)である。
それらの慢性疾患は、一見ばらばらの疾患のようだが、すべてに共通するのは、副腎皮質亢進症(高コルチゾル血症)を伴っていることである。
ステロイド療法を受けて血中コルチゾルが上昇している人(外因性)と、内因性にコルチゾルが上昇している慢性疾患の患者は、実質見分けがつかない。これは、コルチゾル高値が疾患の原因であり、結果ではないことを示している。
拒食症患者のなかには、当初ステロイド療法を受けていてその後に拒食症を発症した人がいるが、この事実も示唆的である。
本稿は、コルチゾル高値が拒食症の原因であり、コルチゾルのアンタゴニストとして作用する薬剤が治療に用いられれば、すばらしい臨床成績が得られるという仮説を提出するものである。

コルチゾル低下作用のある薬剤がいろいろ挙げられているけど、このなかで断トツ使いやすいのは、ビタミンCだ。
これは処方薬というよりも栄養素で、誰でもネットとかで買えるし、他の薬剤にあるきつい副作用がないので。
アスピリン服用者では認知症が少ないんじゃないかという話もある。https://link.springer.com/article/10.1007/s00228-003-0618-y
アスピリンの抗炎症作用とそれに付随するコルチゾル低下作用がその機序なのかもしれない。

摂食障害と腸内細菌の関係について、こんなレビューがあった。
『摂食障害と腸内細菌~エネルギーのホメオスタシスと行動への影響』というタイトルで、2017年に出たレビュー。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5881382/
要約としては、
摂食障害における腸内細菌の役割を研究した近年の論文をレビューし、評価を行った。
最近、腸内細菌は宿主のエネルギー恒常性および行動の両面に影響を与える因子であることが証明された。摂食障害患者では、エネルギー恒常性、行動の両方が破綻していることが多い。
これまでのところ、摂食障害患者の腸内細菌研究は拒食症(AN)にだけ焦点が当たっている。
当初の研究によると、健康な対照群に比べて、拒食症患者は非特異的な腸内細菌の構成になっているとの報告がある。しかし、ANに関連した腸内細菌叢が宿主の代謝および行動にどのように影響を与えるのかは、未だ知られていない。
AN患者で判明した興味深い事実は、今後、摂食障害患者の腸内細菌叢の研究への手がかりを与えるものだ。
これらの腸内細菌叢の特異的な役割を解明することは、臨床治療へ応用(体重増加を促進したり、消化器系への負担を減らしたり、さらには精神的症状をも軽減させる)できる新しいアイデアにつながるかもしれない。

拒食症と腸内細菌の関係についてはそれなりに研究されているけど、過食症と腸内細菌については手付かず、という状況のようだ。
しかし、腸内細菌が摂食障害の病態に関係しているとして、この面から具体的にどのようにアプローチすればいいのか。
このあたりはまだ研究途中だけど、腸内細菌叢の改善に寄与する食材として、エビデンスがあるものとしては、以下のようなものがある。
発酵食品https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3904694/
ウコンhttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6083746/
トリファラhttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6052535/

摂食障害から回復した人の体験談を読んだ。
「素敵な男性と出会って、その人がありのままの私を受け入れてくれた。その人と付き合っていくなかで、女子力を高める意識を常に持って、毎日楽しく暮らしている間に、いつのまにか摂食障害が治っていた」みたいな話。
恋愛は栄養にも発酵食品にも勝る治療薬ということだね。