院長ブログ

糖質制限

2019.2.17

精製糖質が体にいいかどうか、ということはもはや議論にならない。しかし精製糖質を含むより広いカテゴリーの『糖質』全般についてはどうか。
ここはいまだ議論があるところである。
米やパンなど、主食を食べるべきかやめるべきか、という話になってくるわけで、これは非常に大きなテーマである。
「糖質制限のおかげで健康になった」という人が確かにいる一方で、批判の声もある。
たとえばこんな論文。https://link.springer.com/article/10.1007/s10522-018-9777-1
タイトルは『炭水化物制限食はマウスの肌の老化を促進する』。要約を訳す。
本研究は老化加速傾向マウス(SAMP8)を用いて炭水化物制限食の加齢および皮膚の老化に対する影響を調べ、長期間の炭水化物制限が老化プロセスにどのような影響を与えるのかを究明することが目的である。
3週齢のオスのSAMP8マウスを1週間事前の餌を与えた後、3つのグループに分けた。第1群にはコントロール群としての食事、第2群には高脂肪食、第3群には炭水化物制限食を与えた。
マウスが50週齢に達するまで、不断給餌(好き放題に食べれる)とした。実験期間終了前に、評価テストを用いてマウスの可視的老化を評価した。実験期間終了後、マウスの血清および皮膚の標本を作成し、分析にかけた。結果、評価テストにおいて可視的老化は炭水化物制限食群で有意に進行しており、生存率も低かった。
皮膚の組織学的検査によると、炭水化物制限食群では上皮および真皮が他の群より菲薄化していた。この現象のメカニズムとしては、血中インターロイキン6の増加、肌老化の増悪、皮膚自食(skin autophagy)の抑制、皮膚mTORの活性化があることが示された。つまり本研究は、炭水化物制限食が老化加速傾向マウスの皮膚の老化を促進することを証明するものである。

炭水化物制限食のマウスは平均寿命より20〜25%短命だった。さらに、炭水化物制限食のマウスでは背骨の曲がりや脱毛がひどく、通常食に比べ老化が30%進んでいた。
炭水化物制限食のマウスでは内臓脂肪が少なく体重も減り、ヘモグロビンA1cも上がらなかった。しかし人間で60歳に相当する月齢に達する頃から毛の色つやが悪くなって脱毛が進み、背骨が曲がり始めた。80歳にあたる月齢になると老化の進み具合はさらに差がつき、炭水化物制限食マウスはどんどん死んでいった。
上記研究者の考察。
「糖質摂取を減らすとタンパク質や脂質の割合が増える。摂取したタンパク質はアミノ酸に分解され、筋肉などに再合成されるが、実は一定の割合で、いわば『不良品のタンパク質』ができており、その蓄積が老化を促進している。若いうちは筋肉の代謝が盛んで不良品が出にくく、それを分解するオートファジー(自食)能力も高いが、加齢につれて不良品が増え、分解能も落ちる。
特にアミノ酸の摂取が多いとオートファジーが抑制され、不良品のタンパク質がたまりやすいことがわかっている。我々はこのメカニズムは人間にも当てはまるのではないかと考えている。
糖質制限の効用を全否定するわけではないが、高齢になると血糖値が高いことよりも低栄養のほうが問題になる。壮年期は肥満や糖尿病予防のために糖質制限に一定のメリットがあるだろうが、高齢者はむしろ炭水化物をたくさん摂ったほうがいいのではないか」
センテナリアン(百歳越えの老人)の研究、沖縄の長寿者の研究でも、炭水化物摂取量と長寿の相関が指摘されている。
僕の患者を診ていても、糖質制限を始めたことで体調の改善は自覚しつつも、同時に肌が荒れたり髪がパサつくようになったりした人は確かに多いように思う。
炭水化物制限によって、なぜ肌が荒れるのか。
上記の研究では、インターロイキン6の増加、オートファジーの抑制などで説明していたが、全く別の視点、「腸内細菌が絡んでいるのではないか」と示唆する論文は多い。
『ヒト腸内細菌における炭水化物活性酵素の豊富さと多様性』https://www.nature.com/articles/nrmicro3050
『腸内細菌が利用可能な炭水化物を制限した食事の腸および免疫系ホメオスタシスへの悪影響〜総説』https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5427073/
糖質制限をしたことがある人は、オナラが臭くなったり体臭がきつくなった経験があるだろう。
これは炭水化物を好む腸内細菌叢(いわゆる善玉菌)の減少に加えて、タンパク質摂取の増加に伴ってある種の菌叢(いわゆる悪玉菌)が増加したことによるものだ。
糖質の摂取を減らし、タンパク質の摂取を励行(普通に肉、魚、卵を食べるだけでなく、プロテインまで勧めて)することが、果たして患者に利益のあることなのか。
上記の論文は、近年流行の食事法に疑問を呈する内容になっている。

「で、結局どうすればいいの?
最近はやりの低炭水化物・高タンパク質を勧める食事法は間違いで、従来の日本人の食事、高炭水化物・低タンパク質がやっぱり正しいってこと?」
結論をあせらないでほしい。
僕は、自分の直接見聞きした症例、目にした文献、つまりファクトの断片を、こうやってブログで皆さんに供覧し、知識をシェアしているだけで、何か結論めいたことを皆さんに押し付けることは基本的に控えたい。
特に上記のような、いまだcontroversial なテーマについてはなおさらだ。
ただ、一般的な注意としては、マウスで観察された事象が人間にもそのまま当てはまるかどうかは疑問だし、人間の個人差というものも考慮すべきだと思う。
たとえば、病気の背景にグルテン不耐症が隠れている人は案外多いと思う。そういう人が、一念発起して糖質制限食を開始したとする。体調はきっと改善するだろう。
しかしこの人の場合、実は糖質全般を抜く必要はなかった。小麦(パン、麺類)を抜けば十分で、米は食べてて全然オッケーだった、という可能性がある。もっと言えば、近年の品種改良(遺伝子組み換えも含め)が進んだ小麦がダメなのであって、昔のヨーロッパ人が食べていたような黒パンなら食べても大丈夫、という可能性もある。
あるいは、プロテインが体にいいと勧められて利用を始めたものの、急激に体調を崩す人がいる。カゼインに対するアレルギーがあることを知らなかったわけだ。こういう人は、カゼインフリーのホエイプロテインでも全然飲めなかったりする。
そう、個人差というものがあるんだ。
万人に通じる絶対の食事法というのがあれば楽なんだけど、残念ながらそういうのはなさそうだ(少食とビタミンCはけっこういい線いってると思うけどね^^)。
いろんな情報を参考にしつつも、結局、各自が自分で自分なりのベストを模索していくしかないんだよね。