院長ブログ

自律神経と白血球

2019.1.17

NSAIDs(非ステロイド系抗炎症薬) という痛み止めがある。
痛み、発熱、炎症に対して著効する。誰でも一度は使ったことがあるぐらいメジャーな薬だ。
NSAIDsを使うと、交感神経の緊張状態が引き起こされる。どのような機序によってか。
まず、炎症とは、生化学の言葉では、プロスタグランジン(PG)の産生のことである。
細胞膜にあるアラキドン酸にシクロオキシゲナーゼ(COX)が作用して、PGが作られる。
NSAIDsはCOXの働きを阻害することでPGの産生を抑え、結果、痛み、発熱、炎症が抑えられるわけだ。
実はPGは、交感神経系刺激物質のカテコールアミン(CA;ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)の産生を抑制する働きがある。
つまり、NSAIDsを使えばPGが減少し、PGの減少によってCAが増加する。こうして、交感神経の緊張が引き起こされる。

交感神経系はほとんどあらゆる分泌現象に対して抑制作用を発揮するのだが、そもそも、人体において、分泌とは何か。
ざっくり言うと、分泌は摂食、消化、排泄という、副交感神経が支配する一連の流れに常に付随する現象だ。食べ物を口に入れて咀嚼する瞬間から、もう唾液の分泌が始まっているし、胃液、膵液、腸液など、様々な分泌が起こる。
しかし分泌が見られるのは、何も消化に限ったことではない。下垂体などの内分泌細胞がホルモンを分泌したり、白血球がサイトカインを分泌したり、ニューロンが神経伝達物質を分泌したりする。
これらは刺激に対して細胞内顆粒を放出する現象であり、細胞にとって一種の排泄行為である。
そう、分泌とは、本来排泄から進化したものだ。だから、今でもこの働きは副交感神経支配で起こっている。
そこで、交感神経が緊張し、副交感神経の働きが抑えられ、分泌が抑えられるとどうなるか。
神経刺激を伝達するための分泌が抑制されるため、知覚神経の働きがブロックされる。NSAIDsが鎮痛作用を発揮する機序の一つだ。
一方、交感神経の緊張は頻脈や高血圧を生じさせる。痛み止めを常用すれば、慢性的な疲労感にさいなまれるようになる。
そして、顆粒球の増多も出現する。過剰になった顆粒球は、胃や関節も含めた全身のあらゆる組織を破壊し始める。
たとえば潰瘍性大腸炎や関節リウマチは、発症の背景に交感神経の緊張があるんだけど、漫然とNSAIDsを使い続けると、交感神経がますます緊張し、病態は増悪し、難治化する。痛みを止めてくれるありがたい薬かと思いきや、実は病気の悪化の原因だという、何とも悲しいことが起こる。現代医学の薬にはこういう逆説がつきものだ。

NSAIDsの副作用として胃潰瘍は有名だが、この機序にもやはり交感神経が関係している。交感神経の緊張持続による血流障害と顆粒球増多による粘膜破壊、これがNSAIDs潰瘍の本態だ。
NSAIDsを処方するときには、胃酸抑制薬も合わせて処方されることが多い。しかしルーチンで処方しているだけであって、その本当の意味を知っている医者が果たしてどれくらいいるものか。
NSAIDsは交感神経緊張状態を引き起こす、と先ほど言った。
交感神経が緊張しているということは、「闘争か逃走か」の状態、つまりおちおち飯なんて食ってられる状況じゃないわけで、腸蠕動は抑制され、酸分泌は弱まり、食欲不振の状態になっている。
つまり、本来胃酸の分泌は落ちているはずなんだ。
そういう状況に、なぜ、胃酸抑制薬を処方するのだろう。安保徹先生はここに疑問を持った。
胃酸抑制薬なんて害悪だ、と言っているわけではない。むしろ、臨床で患者の声を聞いてみると、この薬を飲めば胃部不快感が確かに楽になっている。
「いわゆる胃酸抑制薬が胃潰瘍に効くのは、胃酸を抑制しているからではなく、顆粒球の胃粘膜浸潤を抑制するからではないか」と安保先生は考えた。
「胃潰瘍の酸原因説」を否定し、「胃潰瘍の顆粒球原因説」を唱え、海外論文に投稿した。2000年、この論文はアクセプトされ、世界中の消化器内科医から大きな反響があった。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11052321
副交感神経反応という現象がある。
交感神経緊張状態が続くと、体は「これではいけない」と思い、緊張を緩和しようとする。交感神経とは逆の、戻り反応のことだ。
胃潰瘍の患者では消化管機能が抑制されているが、このままその状態が続けば、飢餓状態になってしまう。そこで突然、副交感神経反応が起こり、空っぽの胃が蠕動運動を始め、胃酸や消化酵素を分泌する。そして、痛みを伴う。だから、ご飯を食べると痛みは治まる。
副交感神経反応自体は生体の治癒反応なのに、これを原因と見間違えたのが胃潰瘍の酸原因説だ。
「胃潰瘍の顆粒球原因説」は従来の説に疑問を呈する非常に説得力のある論文で、学会に一石を投じる形になったものの、結果的には無視されている。製薬会社が「胃酸抑制薬」という名称を変更したという話は聞かないし、医学部生は相変わらず胃潰瘍の原因は胃酸だと教わっている。
薬の安易な利用に警鐘を鳴らす安保先生の「自律神経による白血球支配」なんていう考え方は、製薬会社からすれば断じて容認するわけにはいかないだろう。