院長ブログ

後処理

2018.11.14

40代の女性。無気力を主訴に来院された。
元来快活な性格で、仕事にも熱心に取り組んでいたが、半年ほど前から気分がしずみがちになり、2,3か月前からは仕事に出るのもおっくうになった。
職場での人間関係も悪化し、休職、あるいは退職を考えていた。他院に通院しており、そこで降圧薬、コレステロール降下薬の処方を受けていた。
カウンセリングを行うと同時に、コレステロール降下薬の一時中止を指示した。あわせて、ビタミンC、コエンザイムQ10の服用を勧めた。
「薬を出してもらっているA内科の先生には、どう言えばいいでしょうか」
「現時点では、コレステロール降下薬はあくまで『容疑者』です。犯人と決まったわけではありません。
一か月だけ中止してみてください。それでうつが軽快しないようでしたら、飲むのを再開して頂いてけっこうです」
一か月後の来院時、症状は見事に消失していた。
スタチン誘発性のうつだったことが、明らかになった形だ。
コレステロールは細胞膜の構成材料であり、また、各種ホルモンの材料になると同時に、正常な脳機能の維持にも極めて重要な役割を担っている。
血中コレステロール濃度と脳内セロトニン濃度には相関があり、また、これらは不安症状と負の相関がある。
http://www.ijnpnd.com/article.asp?issn=2231-0738;year=2014;volume=4;issue=1;spage=69;epage=73;aulast=Thomas
さらに、コレステロール降下薬は血中コエンザイムQ10の低下を招き、ミトコンドリアの機能不全の原因となる。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3096178/
「とても体調がよくて、毎日元気に過ごせています。
実は、仕事はやめちゃいました。でも、今、新たに別の仕事を始めたんです。
一か月前にはもう何の仕事もせずに家にずっといたいって思ってたことを思うと、自分でも信じられないぐらいに元気です」と以前には見られなかった笑顔さえ浮かべて語る。
よかった。
これでもう、この人は大丈夫だろう。
通院する必要もない。食事摂取もできているから、サプリもあえて必要ないだろう。
それではお大事に、と言おうと思ったら、
「今日来たのは、別の理由があります。
A内科で見てもらっている先生が、納得いかない、と言っています。
『スタチンでうつ病が起こるなんて話は聞いたこともない。インターネットを調べたが、そんな記述は皆無だ。一体どういう根拠で、他院からの処方を一方的に中断するなどという暴挙に出たのか、ナカムラクリニックの先生に聞いてくるように』
と言われました。
A先生にどうお答えすればいいでしょうか」

ああ、そういうことか。
患者の精神症状が軽快したことは、治療者にとって本来喜ばしいことであるはずだが、A先生は俺が許せない。
まさか、自分の処方が患者の精神的不調の原因そのものだったなんて、断じて認められない。
それに、俺のやり方も気にくわない。
「本来、他院の処方を変更する際には、まずは文書で主治医に伺いを立て、許可をもらってから、行うのが筋だろう。
そういう踏むべきプロセスを、こいつは完全に無視して、一方的に事を進めやがった。無礼にも程がある。許せない」
といったところだろうか。

コレステロール降下薬が精神科的症状を引き起こすことは、文献を調べれば無数に出てくるのだが、A先生、一体何を検索したのだろうか。
いや、まともに検索なんてしていないんだ。
ポイントは、「コレステロール降下薬がうつ病を引き起こすかどうか」じゃない。
俺がA先生のメンツを潰してしまったこと。A先生が怒っているのはその点なのだ。

A先生宛てに、平身低頭、ひらに、ひらに謝る報告書ををしたためる。
「本来、先生に一度お伺い立ててから薬剤の中断をすべきところ、その点を失念しておりました。大変申し訳ないことをしました」
我ながら、バカバカしい。
こんな作文を書くことは、医療じゃない。
でも、医者の世界を世渡りするうえで、必要なケアなんだ。
この世からうつ病が一つ消えて、笑顔が一つ増えたんだ。それぐらいの後処理は仕事のうちだと割り切っている。

しかし、A先生ね。
俺に何か言いたいことがあるならば、俺に直接電話なり手紙なりをくれよ。
患者を伝書鳩代わりに使うな。