院長ブログ

ソールのメール

2019.11.22

栄養療法を実践している人なら、アンドリュー・W・ソールを知らない人はいない。
彼の運営するウェブサイト『ドクターユアセルフ』www.DoctorYourself.com は1日に4万人以上が訪れる。
30年以上にわたる臨床経験のみならず、3つの大学で教鞭をとり著書を数多く著わすなど、栄養療法の普及にも尽力してきた(14冊の著書のうち4冊は、栄養療法の巨匠エイブラム・ホッファーとの共著である)。
“Psychology Today”誌が彼を「自然療法のパイオニア7人」のうちの一人に選んだこともある。
しかし彼は、決して「過去の人」ではない。
現在も臨床をこなし、”The Vitamin Cure”シリーズを定期的に刊行し、講演に世界中を回るなど、いまだ精力的に活動を続ける「生きる伝説」である。

そう、僕が翻訳した本”Orthomolecular Medicine For Everyone”の原著者は、実に、そういう人である。
翻訳させてもらったつながりで、彼と何度かメールのやり取りをしたり、一度実際に会うこともあったが、彼から見れば、僕は一人の東洋人の医者に過ぎない。
だから何、ということはない。
僕と彼では、これまで成し遂げてきた仕事の質、量ともに、スケールが違いすぎる。ただ、ビッグネームの彼を前にして、自分はいまだ何者でもない、単なるnobodyに過ぎないことを、改めて思い出しただけのことだ。

翻訳本が出版されたとき、僕から進んで献本を送付した人が3人いるが、彼はそのうちの一人だった。
原著者に対する敬意と感謝の印として、彼に献本するのは当然のマナーだと思った。
ただ、僕にとって翻訳本の出版はとても大きなことだとしても、彼にとっては多数の著作のうちのひとつに過ぎない。すでに中国語など、英語圏以外の言葉に訳された著作もあると聞く。今さら僕が献本を送ったところで、彼から特に反応はないものと思っていた。
ところが、3日前に届いた彼から以下のようなメールが届いた。

Dear Atsushi,

Thank you very much for the very fine hardcover of ORTHOMOLECULAR MEDICINE FOR EVERYONE, which I recently received in the mail with great joy. I am very grateful to you for taking the time and applying your skills to make this important translation to benefit all Japanese readers.

I today have posted a notice at my Facebook page https://www.facebook.com/themegavitaminman/ to help alert people to the availability of your translation.

If I can in any way assist is facilitating future translations of other orthomolecular titles, please let me know.

With best wishes,

Andrew

このメールに、彼の心の熱量を感じた。「今さら日本で自分の本が出たところで、うれしくも何ともないだろう」という僕の予想は、見事に裏切られた。彼が喜んでいることが伝わってきて、僕はそれがうれしかった。
ファーストネームで名乗り、呼びかけてくれるところにも親愛の情を感じたし、なんと、「他のオーソモレキュラー本の翻訳に興味があるなら、知らせて欲しい」という言葉まである。お世辞ではない、僕への本物の信頼を感じた。

そもそも、僕は本当に、どこの馬の骨とも知れないnobodyだった。原著を読み、「翻訳せねばならない」と一方的な使命感に駆られ、いきなり彼のメールアドレスにメールを送った。「翻訳させて欲しい」と。
無視されても不思議じゃない。しかし柳澤厚生先生を仲介に立てて、いったん話を聞いてくれた。冷やかしでもいたずらでもなく、本気であることが伝わり、翻訳を任されることになった。
翻訳本を送ったところで、日本語を解さない彼には、もちろん読めない。しかし手元に現物が届いたことで「自分の声が、日本の読者にも届くのだ」という実感を持ったのだと思う。そして、ようやく、僕のことを信用してくれたのだと思う。

ただ、「翻訳したいオーソモレキュラー本があれば言って欲しい」というオファーについては、残念ながら、今の僕には応じられない。
僕が勤務医のままだったら、このオファーに飛びついただろう。そして再び、翻訳作業に没頭したに違いない。
翻訳は片手間にはできない。やるからには、自分の持てるすべてのエネルギーと時間を捧げる、ぐらいの気力がないと完成できない。でも開業した今の自分には、それは難しいんだ。
体はひとつしかないから一度にひとつのことしかできないし、時間も1日24時間しかない。この当たり前の事実が、何とももどかしい。

ドラッグ3

2019.11.22

グリナという健康食品がある。睡眠をサポートするグリシンという成分が含まれていて、不眠症のなかにはこれがよく効く人がいる。
ただこの商品の欠点は、値段が高いこと。でも実をいうと、主成分のグリシンに飲みやすさのために香料を加えただけの商品だから、お徳用のグリシンパウダーで同じ効果が得られちゃうんだな。

グリシンというのはアミノ酸の一種で、しかもアミノ酸の中で最もシンプルな構造をしている。
口に含むと、甘みとうまみがある。食品としては、ホタテ、エビ、カニ、イカなどに多く含まれる。甘エビの、砂糖とは違う独特の甘さ。ホタテの身を噛み締めたときに感じるうまみ。こうした味は、グリシンによるものだ。
生体内では、多様な働きをする。
コラーゲンやグルタチオンの合成に使われるているから、美肌や抗酸化のお助けになる。クレアチンの合成に関与しているところはボディービルダー向けだと言えるが、プリン体の合成にも関与しているから、過剰摂取は痛風の原因になるかもしれない。

睡眠に影響する理由は、グリシンが、神経伝達物質そのものだからだ。GABA(γアミノ酪酸)と並ぶ抑制性神経伝達物質で、ニューロンの活動電位を抑制する。
以下の論文に、詳しいメカニズムが書かれている。
『グリシンの睡眠促進効果および体温低下効果は、視交叉上核のNMDA受容体により媒介されている』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4397399/
「睡眠の質を改善する治療選択肢としてグリシンを使用することが、安全性の高い新たなアプローチとして注目されている。その有効性については臨床的エビデンスがあるものの、その作用機序についてはほとんどわかっていない。本研究において、我々はグリシンの作用部位および睡眠促進の機序をラットを用いて調べた。
急性睡眠障害に際して、グリシンを経口投与すると、ノンレム睡眠が誘導され、深部体温の低下とともにノンレム睡眠潜時が短縮した。グリシンの経口投与および脳室内への注射によって、足底の表皮血流(CBF)が用量依存性に増加し、その結果体熱が発散された。グリシン受容体のアンタゴニストであるストリキニーネによってではなく、NメチルDアスパラギン酸(NMDA)受容体のアンタゴニストAP5とCGP78608によって事前に処置すると、脳内へのグリシン注射で引き起こされるはずの表面血流の増加が抑制された。
グリシン注射後、視床下部核(内側視索前野(MPO)や視交叉上核(SCN)も含む)におけるc-Fosの発現が誘導されることが観察された。SCNにグリシンを注入すると、CBFが用量依存性に増加したが、MPOや脳室下帯にグリシンを注入しても効果が見られなかった。SCNにDセリンを注入してもCBFが増加したが、この効果はL701324の存在下ではブロックされた。SCNを焼灼すると、グリシンの睡眠促進および体温低下効果は完全になくなった。
これらの結果は、外因性グリシンが周辺血管の拡張によってSCNにあるNMDA受容体を活性化させることで、睡眠が促進されることを示している」

ややこしい文章だね。訳した僕にも意味がよくわかりません^^;
ポイントとしては、グリシンが体温に作用している、ということだ。
眠りにつくとき、手足や体表の温度が上がることが知られている。これはなぜか?
代謝が高まっているのではない。むしろ、下がっている(そもそも眠りとは、代謝を下げて体を休めることだ)。血液を中枢メインに供給するのではなく、手足などの末梢に優先的に流すことで、体熱を発散しようとしている。
寝るときには頭寒足熱がいい、といわれる理由はここにある。睡眠時の深部体温の低下は、脳内の温度(脳温)の低下でもあるわけだ。

さらに、タウリンも睡眠にいい。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3630960/
タウリンはGABA受容体に作用して、神経系の発火を抑制する。
ハエにカフェイン(0.01%)を与えると活動量が25%増加し睡眠が16%減少したが、タウリンの投与(0.1%〜1.5%)により活動量が28%〜86%減少した。0.75%のタウリンによって、睡眠が50%増加した。

その他、イノシトール、テアニン、フォスファチジルセリンにも有効性を示すエビデンスがある。
こんな具合に、ベンゾの離脱症状に対していろいろな栄養素(ビタミンC、ナイアシン、マグネシウム、ケイ素、グリシン、タウリン、、、)を使う。
こういう治療は、お世辞にもスマートとは言えない。「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」式の方法では、仮に効いたとしても何が効いたかわからない。そういう意味で、理想としては、使う栄養素は2、3種類以下に抑えたい。
でも症状に苦しむ患者は、「スマートじゃなくてもいい。何が効いたかわからなくてもいい。とにかく、今すぐにでも、楽になりたいんだ」という気持ちでいる。僕としても、その気持ちに応えてあげたいと思って、いろいろお勧めすることになる。
一般の病院で量産されるベンゾ依存症患者を、こんなふうに何とか立ち直らせていくのが僕の仕事です^^;

ドラッグ2

2019.11.22


これを見てわかるように、ベンゾジアゼピン系はかなり危険なドラッグである。
どこの病院でも普通に処方されているが、一度ハマってしまうとなかなかやめられない。医者はこの薬を初めて患者に処方するときは、そのリスクをきちんと説明するべきだ(もっとも、起こり得る副作用を知れば、ほとんどの患者がベンゾの服用を拒否するだろうけど)。

ベンゾの種類(抗不安薬か睡眠薬か、長時間作用型か短時間作用型か)、量、服用の頻度によって、体への影響は異なるが、だいたい2週間ほどの連用で依存性が形成される。短時間作用型ほど依存性が強い。
依存性だけでなく耐性も形成されるから、最初はよく効いてもだんだん効かなくなる。同じ効果を得るには量を増やすことになって、ますますハマっていく。
「やばい。私、この薬なしでは生きていけなくなってる」
患者がそう気付いて、意を決して薬を一気に断とうものなら、恐ろしい副作用に襲われることになる。
寝れなくなるのは当然として、イライラしたかと思えば不安や緊張を感じたり、ときにはパニック発作が出るなど、心は平静を保てない。物事に集中することができず、記憶力も低下して、仕事なんてとてもできない。
ぐちゃぐちゃになるのは精神面だけではなくて、体も大変なことになる。
冷や汗が吹き出て、動悸と頭痛に悩まされ、体のあちこちの筋肉が痛くなる。吐き気がして食事がとれず、げっそりと痩せる。

安易にベンゾを処方する精神科医もひどいが、肩こりにデパスを処方する整形外科の先生とかもいる。デパスにハマった後、薬をやめようとする患者がどれほどの地獄を見ることか。ベンゾの安易な処方は、ほとんど犯罪的じゃないかな。

ベンゾの処方について、諸外国では処方期間に上限があるなど、危険性が認識されているが、日本は基本的に野放し。十年以上飲み続けている人なんかもざらにいる。
副作用が不快で、何とかこの薬をやめようとして、当院に来られる患者もいる。
こういう治療経験を通じて、ベンゾのやめにくさは僕にも身にしみてわかっている。
食生活の改善指導は当然として、文献を参考にいろんなサプリやハーブを使ったり、あの手この手でベンゾの離脱症状にアプローチした。効果のあるものもあれば、ないものもあった。
そういう試行錯誤を経て、方法論としてある程度形になってきた。

たとえばベンゾをやめたい患者には、まずマグネシウムを勧めたい。こんな論文がある。
『薬物乱用および薬物依存におけるマグネシウム』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK507260/
「物質の常用癖はひとつの精神障害だと考えられている。マグネシウムはアヘン製剤や精神刺激薬(コカイン、アンフェタミン、ニコチンなど)への依存強度を軽減する。また、マグネシウムは動物実験において、モルヒネ、コカイン、その他依存性物質への依存を減少させるのみならず、コカインの自己投与を減少させ、コカインやアンフェタミン摂取の再発率を減少させることが示されている。ヘロイン依存症者、アルコール依存症者、その他薬物依存症者では、血中および細胞内のマグネシウム濃度が健常被験者と比較して低下している。
マグネシウムが強度の依存性物質の使用を減少させる機序のひとつは、マグネシウムが報酬系を適度に刺激することによると我々は考えている。しかし、マグネシウムの作用機序は他にもいくつかあって、脳内のシナプス前終末でのドーパミンやグルタミン酸の減少、NOシンターゼ(一酸化窒素合成酵素)活性の減少、GABA作動性神経の賦活化、シナプス後NMDA受容体活性の減少、カルシウムイオンあるいはカルシウムチャンネルへの作用により放出される神経伝達物質の減少といった機序が考えられる。
離脱症状の出現後にマグネシウムイオンを投与すると、離脱による臨床症状の程度が軽減する。ストレスによって依存性物質への依存が発生しやすくなるし、ヘロイン依存症者においては、ストレスによりドラッグフリータイム(クスリをキメていない時間)が減少し、再摂取率が増加することが示されている。
ストレスはカテコラミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンなど)放出を増加させ、体外へのマグネシウム喪失を促進する。こうして体内のマグネシウム濃度が減少することが、依存性薬物を再び使ってしまう一つの重要な原因である。」

マグネシウムがいいといっても、摂り方が重要だ。マグミット(酸化マグネシウム)を飲んでも吸収がイマイチで、「下痢するだけ」ということにもなりかねない。
個人的には、吸収性のいい液体のマグネシウムを勧めている。


ただし、これ、ビックリするぐらいまずいです^^;
塩化マグネシウムだから、意味合いとしては要するに、にがりと近い。
マグネシウムはケイ素と協調して働くから、同時にケイ素水も勧める。

さらに、グリシンがよく効く人もいる。これについては次回に書こう。

ドラッグ

2019.11.21

ツイッターにこんな投稿があった。

同じような感想を持った人は、案外多いのではないか。
10年以上前から薬物をやっていたというが、それにしてはきれいすぎる。もっと美貌が衰えていてもよさそうなものだが、薬物中毒者にありがちなやつれた様子は見受けられない。それどころか、ドラマやCMへの出演など仕事は絶好調だった。

一方、先だって逮捕された田代容疑者の容貌。

薬物に身を落とした人物として、通常我々が抱くイメージに近いと思う。
沢尻と田代、どちらも薬物にハマりながら、一方は美しいままで、一方はやつれている。
この違いは、使用していた薬物の違いによるものだろう。

横軸に有害性、縦軸に依存性をとって、各種の薬物を位置づけたグラフである。

沢尻氏はMDMA(エクスタシー)の所持・使用容疑で逮捕されたが、取り調べに対し「大麻、LSD、コカインもやった」と供述している。
グラフを見ればわかるように、コカインを除いて、いずれの薬物も有害性、依存性とも高くない。むしろ、一般に使用が許されているアルコールやタバコのほうが体に悪い(有害性、依存性とも高い)。
田代氏が使用していたのは覚醒剤(アンフェタミン)で、LSDやエクスタシーよりも危険なドラッグだとわかる。

興味深いのは、このグラフに分類されているドラッグのほとんどが、かつては医薬品として普通に用いられていた(あるいは現在も用いられている)ことだ。
有害性、依存性とも最悪のドラッグ、ヘロインは、「依存性のない奇跡の薬」としてドイツで売り出され、販売から三十年間、自由に入手可能だった。
バルビツール酸系薬物は芥川龍之介が自殺のときに服用したことで有名。ベンゾジアゼピンの登場以後、処方されることは少なくなったが、今でも手術の麻酔として使われている。

そもそも、医薬品とドラッグの明確な線引きなんて存在しない。それは恣意的なものだ。
「かつては医薬品だったが今は禁止薬物」というパターンが多いが、逆もあり得る。
たとえば、沢尻氏の一件で注目されているMDMAだが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療薬として治験が進行中だし、他にも自閉症患者の社交不安、癌患者の抑うつに対する治験も行われている。
数年のうちにMDMAが、違法なドラッグから大真面目な医薬品に、いわば「昇進」する可能性は、相当高いと思う。
これがどういうことか、わかりますか。
その使用が法律に抵触し逮捕されるようなドラッグも、状況(法律、製薬会社のマーケティング、社会の空気など)の変化次第で、犯罪でも何でもなくなる、ということだ。

沢尻氏が出演しすでに撮影した大河ドラマを、代役を立てて撮り直さないといけない、ということだけど、ナンセンスな話だね。
それよりも、医者として思うのは、上記のグラフに載っていない最強の合法ドラッグ「砂糖」を何とかして欲しい。
そう、薬理的に見れば砂糖はドラッグそのものだ。こんな論文がある。
『砂糖依存のエビデンス〜砂糖の間欠的過剰摂取の神経化学的影響』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17617461
その物質の「摂取量の増加」、やめると「離脱症状」が出て、さらに「渇望と再燃」がある。砂糖はものの見事に、この依存の三大兆候を満たしている。
砂糖の摂取によって、コカインやヘロインをやっているときに活性化するのと同じ部位(側坐核)が活性化する。砂糖は、有害性、依存性ともにヘロイン並みの危険ドラッグだ。
マスコミには、沢尻逮捕とかどうでもいいニュースではなく、こういう砂糖の危険性を伝えて欲しいんだけどね。

肉食の是非

2019.11.19

肉は体にいいのか、悪いのか。これはずいぶん昔から議論されてきたテーマである。
一方に、「長生きしたけりゃ肉は食べるな」「肉を食べると早死にする」という人もいれば、

これとは正反対に「肉を食べる人は長生きする」という人もいる。

iPS細胞がどうのこうのとかやたらと小難しい医学知識が蓄積したこの21世紀に、「肉が体にいいのかどうか」なんていう大昔からの問いに対して、いまだに意見が分かれているわけだ。
本末転倒というか何というか、おかしな話だね。

最近日本では「高タンパク低糖質」がブームだ。
この場合の「タンパク」は動物性タンパク質を意味するようで、植物、たとえば小麦にはグリアジンやグルテニンなどのタンパク質がたっぷり含まれているけど、こういう植物性タンパク質は除くようだ。
つまり、上記のテーマでいえば、今の日本では「肉肯定派」が優勢ということだ。
しかし肯定派に押されてはいるものの、「肉否定派」もいまだ健在である。医学、宗教、動物愛護など、様々な立場から「肉は避けるべし」と主張する人は決して少なくない。

歴史は繰り返すものである。それも、少しずつ形を変えながら。
すでに6年前、アラバマ大学で「アトキンス・ダイエットvsチャイナ・スタディー」をテーマにして、肉食の健康へのよしあしについて、激しい討論が行われた。

「肉否定派」の論客として、『チャイナ・スタディー』の著者であるコリン・キャンベル博士を迎えた。
『チャイナ・スタディー』は膨大な疫学データをもとにした研究で、アメリカの健康政策立案にも大きな影響を与えた。「健康および癌予防のためには、野菜を基本とし、高炭水化物/低タンパク質が好ましい」というのが主張の骨子である。
一方、迎え撃つ「肉肯定派」は、アトキンス・ダイエットの継承者エリック・ウェストマン博士である。
アトキンス・ダイエットは1972年にロバート・アトキンス氏が提唱した食事法で、「肥満を始めとする慢性疾患の元凶は炭水化物である。これを制限し、代わりに肉、魚、卵、ステーキ、バターのような、タンパク質と脂肪が豊富な食べ物を積極的に摂取すべき」とする立場である。
肉否定派、肉肯定派、両陣営それぞれの総本山のトップが登場した討論会であり、頂上決戦そのものだった。
両者のプライドを賭けた舌戦を見ようと、アラバマ大学の講堂は250人の聴衆で埋まっていた。
双方とも自説の正しさを主張するための科学的データを提示し、わかりやすいグラフを見せ、人体に栄養が及ぼす栄養を明快に説く。熱い思いを持ちながらも、学者として冷静に根拠を示し、人々の理解を訴えるのだった。
そして自説への理解を求めると同時に、相手の理屈の過ちをも指摘する。
78歳の名誉教授コリン・キャンベルは、アトキンス陣営を見つめながら言った。
「こういうデータがあります。アトキンスダイエットを続けた人と、一般的な食事を続けた人の比較です。平均的な食事をしている人と比べて、アトキンスダイエットをしている人では、便秘がよく見られます。
さらにごらんなさい。それだけではなく、口臭、頭痛、筋けいれん、下痢の発生率まで高いのです。
待って。反論は待ってください。アトキンスダイエット擁護者のみなさんが言いたいことはわかります。『そのデータのソースは?』そう言いたいのでしょう。
ソースをお示ししましょう。これは2004年の研究です。研究資金のスポンサーは、アトキンス・ダイエット・カンパニー。つまり、あなた方の会社です」
フィニッシュホールド、と言いたげなドヤ顔のキャンベル。
ここで肉肯定派、ウェストマンが立ち上がる。
「たとえ便秘になって酸化マグネシウムが手放せない体になったとしても、糖尿病が治るのであれば、多くの人は喜んで便秘になるほうを選ぶのではないでしょうか。
最近、低脂肪食の人気はずいぶん落ちています。それもそのはずです。高炭水化物を維持したままでは、何一つ体調不良が改善しないのですから。
私は低炭水化物食を指導して、肥満や糖尿病の患者を多く治療してきました。このグラフをご覧ください。低炭水化物食によって、乳癌の発生率さえ低下します。
はっきり断言しますが、炭水化物は必須栄養素ではありません」
キャンベルが、柔らかく応じる。
「言いたいことはわかります。今でこそ私は高タンパク摂取に反対していますが、かつては高タンパク質擁護派でした。だって私は実家が酪農農家なんですよ。
実家の生業を否定するような主張は、私ももちろん、したくありません。でもこれは感情の話ではありません。科学の話なんです。
私は中国の大規模な疫学調査に参加して、動物性タンパク質の摂取がいかに有害であるか、その例を嫌というほど見てきて、それでついに自説を変えたのです。
タンパク質と脂質は忌避すべきで、植物をベースとした全体食こそが、人々の進むべき道だ、と」
これに応じてウェストマン、なかなかの紳士である。論敵との共通点を示した。
「我々は結局のところ、同じ問題に向き合っていると思うのです。それは、現代アメリカの食事にまつわる問題点です。
アプローチに違いこそあれ、我々の向いている方向は同じです。
肥満、糖尿病、癌が栄養に関係していること。砂糖やジャンクフードは体によくないこと。”本物の食品”は健康的であること。このあたりはキャンベル先生も私と同じ意見だと思います。
ただ唯一、多量のタンパク質が体に悪いという先生の主張には、賛同しかねます。
先生は先ほど疫学研究から自説を変えたといわれましたが、疫学研究から因果関係を決定することはできません。つまり、動物性食品が体に悪い、という結論は出せないはずです」

両者に言い分があると思う。
個人的には、全面的にどちらが正しい、ということは言えない。
肉と一口にいっても、遺伝子組み換えの飼料を食わされて抗生剤やらホルモン剤を打たれた家畜の肉と、ジビエでは相当意味合いが違うはずだし、炭水化物と一口にいっても、小麦と米では体への影響は相当違うだろう。
また、動物性タンパク質の高用量摂取が好ましいとしても、プロテインやアミノ酸パウダーなどの加工食品の形態でも同じように好ましいといえるのか。
個人的には、高タンパク・低炭水化物が好ましいというより、「小麦を抜く」という、ただそれだけで改善する病態は相当多いと感じている。
「肉が体にいいのか悪いのか」の結論を出すにはデータが未だ十分ではないし、条件次第でどちらも正しくなり得ると思う。
だからこそ、今だに決定的な結論が出ていないんだと思う。

参考:『心と体をつなぐホリスティック栄養学』(平田進一郎氏の2019年11月10日の講演より)