【症例】13歳 女児
【現病歴】幼少時に父母が離婚。父は現在刑務所に収監中。母は失踪(現在警察により捜索中)。現在、父方祖父母宅に同居している。
祖父は聾唖であるため、筆談でしか意思疎通できない。
過去に二度、リストカットによる自殺未遂がある。
本日、学校に来ていないため、特別指導員が女児宅を訪問したところ、インターホンを押しても返事がない。
そのまま家に入ったところ、意識喪失状態の患児を発見。枕元に鎮痛薬の空き容器が大量に散乱していた(同封のビニール袋を確認のこと)。
教員が揺り起こしたところ、意識を取り戻したため、教員に付き添われ、来院。

まず、こういう患者が来たらどうするか。
アセトアミノフェン中毒にはNAC(Nアセチルシステイン)の投与が有効だ。(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM198812153192401)
オーバードーズした後、できるだけすぐに飲むとそれだけ効果が高いし、意識のある人には経口投与でもOKというのが便利だ。
頭痛や生理痛のある女性には、鎮痛剤が手放せないという人がいるものだけど、栄養療法的にアドバイスするなら、そういう人はNACのサプリを飲むといいよ。
アセトアミノフェンの肝毒性を軽減してくれるだろう。

さて、適切な救急対応により一命はとりとめたとしても、この女の子が抱えている問題はもっと根深い。体の問題と同時に、心の問題もからんでいる。
人間は飯さえ食ってりゃそれでいい、というわけではない。健全な成長のためには、愛情も必要なんだ。
機能不全家族に生まれた子供を見ていると、何とも言えないほど胸が痛い。
身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクトなど、様々な形の不幸があって、「幸福な家庭はどれも似通っているが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」というトルストイの言葉が、ここでも当てはまるようだ。
何とか助けてあげたいと思うけど、ひとりの医者がどんなに手を尽くしたからといって、解決できる問題じゃない。

「あぁ、結婚するんじゃなかった、お前なんか産むんじゃなかったって、いうのがお母さんの口癖。
私が少しでもご飯をこぼしたら、床ふき用のぞうきんで私を殴った。私が泣くと「泣くな!うるさい!」と言って、私の髪をつかんでゆさぶった。
お母さん、夜の仕事をしていたんだけど、あるときから家に帰ってこなくなった。男ができて、どこかに出て行ったんだと思う。
お父さんも暴力をふるう人。髪をつかんで部屋中を引っ張りまわされたり、足首をつかまれてお風呂に逆さ吊りにつけられたりした。夜には私の寝てる布団の中に入ってきて、私の体を触った。
お父さん、何か犯罪をしたみたいで警察に捕まって、今は刑務所にいる」
僕はかける言葉がない。
「そうか、つらいなぁ」と、かろうじてあいづちをうつ。
彼女、僕を見て、
「私も普通の家庭が欲しかった。家に帰ったら普通のお父さんがいて、普通のお母さんがいて、家族みんなでご飯を食べる。私もそういう普通の家庭が欲しかった」
彼女の目から涙が急にあふれ出て、肩震わせて泣き始めた。
ドラマなら肩を抱いてあげるところだろうな、と思ったけど、ただ、黙ってそばにいた。
やがて、ふと顔をあげて、
「先生さ、かっこいいよね」
女の目だった。
13歳というのは微妙な年頃である。
自分自身の女性性を本人も意識し始め、同時に異性への関心も強くなる頃である。
「自分の女としての魅力は、この男にも通じるだろうか」「普通の父親がいないのなら、自分で手に入れればいい」
機能不全家族に育った女児の性交年齢が低いのは、異性への関心に加えて、父親を求める思いが重なるせいかもしれない。

精神科に勤務していれば、患者が陽性転移を起こすこと、つまり、患者に好意を持たれることは珍しいことではない。
患者の心の深いところまで一緒に降りて行って話を聞くのだから、自分のことを深く理解してくれる人に好意を持つというのは、ごく自然なことだろう。
そういう場合に、精神科医としてどうするべきか。これはフロイトやユングの昔から議論されてきたテーマである。
ユングはフロイトの弟子だったが、考え方の違いによりあるときから袂を分かつことになった。
たとえばフロイトは、治療者が患者と性的な関係を持つことは決してあってはならないとしたが、ユングは治療の一環としてそうした関係性を持つことが必要なこともあり得る、とした。

個人的には、ここではフロイトの見解をとりたい。
自分がその子のこと、一生面倒見るって責任を持てるのならいいと思うけど、僕はひとりひとりの患者に対して、そこまで責任を持てない。
とはいえ僕も男だから、色目使われるとグラっと来そうになるんだけど笑、頑張って踏ん張る。「大人をからかうもんやないでー」と笑いに紛らす。

こういう子は後年、PTSDを発症することがある。
自分の内面に抑圧した記憶がときどきふとよみがえって、恐怖、苦痛、怒り、哀しみ、無力感などいろいろな感情が突発的に湧きあがったりする。
PTSDに対しては、栄養療法的に打つ手はいろいろある。
まずホッファー先生の一押しは、ナイアシン。戦争帰還兵のPTSDにナイアシンが著効したことを報告している。
個人的にはロディオラの有効性も実感している。
GABAやセントジョンズワートも効くようだ。(https://pdfs.semanticscholar.org/3dc2/582b7d4486366826741e0f3b9f050611ff87.pdf)

僕の両親は子供の頃、よく夫婦喧嘩していた。子供の僕は、それがとてもつらかった。
父と母が怒鳴り合ってるときなんか、地獄だった。家って、一番くつろげるはずの場所やのにね。
幸いというか、虐待されたことはないんだけど、夫婦喧嘩でこんなにきついんだから、虐待の苦痛は想像を絶するほどだと思う。
子供のときのつらい経験は、残念ながら、なかったことにはできない。でも、栄養療法的にちょっとしたお助けをすることならできる。
ナイアシンやロディオラがもたらしてくれる心の穏やかさは、セックスによる一瞬の火花よりも、もっと深い救いになるよ。