哲学者のホワイトヘッドの言葉に「すべての哲学は、プラトンの脚注に過ぎない」というのがある。
哲学という学問は、すでに二千数百年前、古代ギリシャのプラトンにおいて大成されていた。
言葉の本質を喝破し、イデアという概念を提出するなど、プラトンの思想のなかにその後出現する哲学的思考のすべてが含まれている。
だから、たとえばデカルト、カント、ヘーゲル、ニーチェらの思想さえ、プラトンの思想の単なる脚注レベル、というわけだ。
プラトンに対しては最大限の賛辞ということになるだろうが、その後の偉大な哲学者全員をばっさり切り捨てる格好で、なかなか毒のある表現だ。

ホワイトヘッドのこの言葉にならって、僕はこう言おう。
「すべての栄養療法は、ホッファーの脚注に過ぎない」
ホッファー以後、様々な栄養療法の亜種が出現したし、今も現れ続けている。
「ホッファーにはメチレーションの発想がまったくなかった」
「ホッファーはビタミンKの働きをずいぶん軽視している」
新たな栄養療法の提唱者は、こうしてホッファーを批判する。確かに、彼らのメソッドには、彼らなりの新味や独自性がある。
しかしホッファーを前にしては批判は批判にならず、かえってホッファーの偉大さが際立つようだ。
結局大枠では、全員「ホッファーの手のひらのなか」という印象だ。

ホッファーとソールの共著”Orthomolecular Medicine For Everyone”は、栄養療法の金字塔ともいうべき本だ。
哲学でいうところのプラトンの『ソクラテスの弁明』に比肩すべき著書で、歴史に残る傑作、といっても過言ではないと思っている。
しかし同時に、この本は絶対的な経典ではない、とも思う。
なぜなら栄養療法は宗教ではなくて科学だから、科学の進歩によって新たな知見が出現すれば、訂正すべき事項も出てくる。これは科学の宿命だ。
実際、僕もこの本を翻訳しながら「この記述はすでに古びているな」と思う箇所もいくつかあった。

しかし、である。
しかしそれにもかかわらず、この本の偉大さは変わらない。
それは、この本が単なる栄養療法のハウツー本ではなく、栄養療法を科学的に確立しようとしてきた先人たちの苦闘の軌跡を記した本だからだ。
不治とされる統合失調症や癌、ハンチントン舞踏病などが各種ビタミンの投与で軽快した衝撃的な症例。
患者を何とか救おうとする医学者らの苦悩。
死の淵から生還し健康を取り戻した患者の喜び。
そんな素晴らしい治療法でありながら、既存の医学会から目の敵にされ、徹底的に弾圧された過去(および現在)。
それは今後新たな知見がどれだけ登場しようとも変わらない歴史である。
「こんなふうにして栄養療法が作られてきたのか」という感慨とともに、読者は各種の栄養についての理解を深めるだろう。

初めてこの本を読んだとき、僕はすぐに確信した。「この本の知識は、公共のものたるべきだ」と。
すでにホッファーは故人だったから、共著者のソールにメールで連絡をとった。
自分は日本人の医師でこの本をぜひとも翻訳したい、という旨を伝えた。
すぐに返信が来た。出版社を自分で見つけられるなら、という条件付きながら、好意的な内容だった。

いろいろな出版社を当たった。ことごとく拒否された。
出版不況の時代である。紙の本なんて、もう誰も読まない。
あきらめかけたとき、一社だけ、色よい返事をくれた出版社があった。
よかった。これで出版できる。迷いなく、契約を結んだ。

あとは、僕が翻訳するだけだ。猛烈な勢いで翻訳にとりかかった。
そのときの僕は、仕事と食事とトイレと睡眠以外、ずっと翻訳作業に没頭していた。
いや、食事しながらも、トイレしながらも、眠りながらも、翻訳していた。
夜遊びをやめたのは当然として、酒もやめたし、仲のいい女の子とも疎遠になった。

苦しかった。受験生時代だってこんなに勉強したことはない。
でも、耐えられた。
なぜって、こんなにやりがいのあることは他になかったから。
僕の作業がひとつ進むたび、それだけ日本人読者とこの本が近づく。
僕が一日さぼれば、日本人読者とこの本の出会う日が一日遠のく。
どんなにつらかろうが、こんなにやりがいのある作業、他にあるわけがない。

誰かのために頑張る、という感覚に、僕は胸が震えた。
車の運転がいつもより慎重になった。
生に執着するつもりのない自分だけど、「今不慮の事故で死んだら、無念で成仏できない」と思った笑

一日も早く仕上げたい、という思いと同時に、翻訳のクオリティにもこだわりたかった。
僕の任務は、著者のホッファーとソールの声を伝えることだ。
その過程で、僕の味が出てはいけない。「僕の文章」になってはいけないんだ。
僕はあくまで黒子で、彼らの声を伝えるナチュラルな翻訳機、でなければならない。
しかしこの作業には難渋した。

原著には「どの章はホッファーが担当した」とも「ここの文章はソールが書いた」とも書かれていない。
しかし、文体から察することができる。ホッファーは研究一筋の人で、文章も理路整然としている。
一方ソールは文学の素養があって、凝った言い回しを好んで使う。去年4月にソールに会ったときに、彼から直接聞いた。「エイブラムに文章の腕を見込まれて、共著を書くことになったんだ」と。
だから、ホッファーは比較的訳しやすく、ソールは訳しにくい文章が多かった。
訳しにくい文章をどう訳すか。
「わかりにくい直訳よりは、わかりやすい意訳」にするのが基本だが、それが過ぎては「僕の文章」になってしまう。
僕の役割は英語と日本語をつなぐパイプ役だから、できるだけ透明であるよう心がけたが、それがうまくいったかどうかはわからない。そのあたりは読者の判断に任せよう。

翻訳は編集者も驚くスピードで完成させたものの、出版社の仕事が遅々として進まない。最初はやきもきして何かと催促したが、のらりくらりとかわされる。
僕の方でも開業したこともあって、日々の忙しさに何かとかまけているうちに、やがて出版の件は忘れた。
動いてくれたのは僕の周囲の人たちだ。彼らが出版社をせっついてくれた。
そうしていよいよ、今月中に出版される運びとなった。

こんな表紙になるという。

当たり前だけど、この本は僕の本ではない。
栄養療法の大家ホッファーとソールの著書だ。
しかし彼らの声を伝える役割を担えたことは、僕にとってのささやかな誇りになっている。
興味のある人は一読頂ければ、と思います。
実際に出版されて皆さんが購入可能になったとき、またブログに書きます。