先月末に東京で行われたオーソモレキュラー世界大会で、僕にとっての楽しみの一つは、ソール先生に会えることだった。

アンドリュー・ソールといえば、栄養療法をやっている人の世界では、知らない人はいないぐらいの大御所。
僕は光栄にも、ソール先生の本を日本語に翻訳する大役を任せて頂いたという縁があって、ソール先生とメールのやりとりは何度かしたことがあったけど、直接お会いしたことはまだなくて、とても緊張していた。
誰かに会うから、という理由でこんなに緊張することなんて、人生のうちでそんなにないことだ。
この日のために、英語の練習までした。ソール先生にこういうことを伝えよう、ということを頭の中で何度もリハーサルした。

当初の僕の計画としては、ソール先生が来日する頃には、僕の翻訳本が出版されているはずだから、そのうちの一冊をソール先生に直々に献本し、そして僕の手持ちの本にソール先生のサインをもらおうと思っていた。
でも、出版社が全然動いてくれなかった。
翻訳自体は去年の9月に完了し、原稿のデータは出版社に渡していた。でも、全然何もしてくれない。
連絡したけど、「忙しくて。もうすぐ作業に取り掛かりますので」みたいなこと適当に言われて、結果、いまだに出版されてない。
ソール先生との事前のメールのやりとりでは、「先生が来日する頃には日本語版の本をお見せできると思います」って言っていただけに、手ぶらで行かざるを得ないことは、申し訳ないやら恥ずかしいやら、何とも言えない気持ちだった。
だから、ソール先生に会って直接伝えたのは、次のような言葉。頭の中で何度も英語で練習した言葉。
「すいません。日本語版の本をお見せしたかったのですが、出版社が全然動いてくれず、まだ本が出ていません。」
「アツシよ、出版社に働く編集者というのは、忙しいものだよ。彼らは急かさないと動いてくれないよ。そのうちやってくれるだろう、という考えは甘いよ」
「わかりました。もっと積極的に言ってみます」
そして、持参した原著のとあるページを示しながら、
「ソール先生、僕は先生の文章が好きです。特にこの本のこの部分は、まるでヘミングウェイのような名文だと思います」
と言ったら、ソール先生、笑ってた。
文章を褒められて悪い気のする人はいない、という心理は、やっぱり世界共通だな。
「そう言ってくれてありがとう。もともとはエイブラム(ホッファー)に、文章のうまさを見込まれて、それで寄稿し始めたからね」
こういう話は事前のリサーチで知ってたんだけど、
「Oh, I didn’t know that」とか言って、おおげさに驚いてみせた。
そんな具合に、自分なりにソール先生のご機嫌伺いのトークをした。思ったよりいろいろしゃべれて、自分としては満足だった。
ある一日が終わった時点で、「その日起こったことが、今後の自分の人生のなかで、一生記憶に残るだろう」と確信できるほどの強烈な出来事というのは、そんなに多くはないだろうけど、ソール先生との出会いは、そういう数少ない経験の一つだった。