医者がベンツに乗るというのは、なんだか「いかにも」という感じだけど、研修医時代、同期がベンツを買った(中古だけど)。
「いやぁ、買ってよかった。乗り心地が断然違う。『いい女は一番最後にとっておけ、ベンツは一番最後に乗れ』って格言があるけど、この意味がわかったよ。
いい女のよさを知ってしまうと、つまらない女では満足できなくなる。同様に、一度ベンツのよさを実感してしまうと、もう他の車には乗れないな。
クラクション鳴らされたりパッシングされたりすることもなくなった。運転することがストレスどころか、何よりの楽しみになった。いい車は、やっぱりいい」

クラクションというのは、本来危険を知らせるための警告音に過ぎない。だからどの車が相手であれ、鳴らす必要があればためらいなく鳴らすべきものだ。しかし、車を運転する人なら誰でも知っているように、クラクションにはそれ以上の意味合いがある。
1968年と古いけどこんな論文がある。
『イライラするけどクラクションを鳴らすことを遠慮してしまう状態について』
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/00224545.1968.9933615
研究者は、「信号が青なのに前の車が全然進まない」という状況を作った。
その際、前の車がボロい小型車である場合と、新型の大きい高級車である場合で、後続の先頭車がどのように反応するか、比較した。
結果、前者の場合は思いっきりクラクション鳴らすのに、後者の場合はクラクションを鳴らさずじっとしている可能性が有意に高かった。

まぁ当然だよな。ナンバーが「神戸7777」とかのベンツで運転席の人がパンチパーマの紳士だったら、僕なら1時間でも文句なくじっとしてるんちゃうかな笑

県外に住んでいた頃は、車は必需品だった。
毎日の通院にも買い物にも車で行っていたから、車なしでは生活が成り立たない。
でも、神戸に住み始めて以後、車は不要になった。だいたいのところには電車で行けるし、近距離ならタクシーが使い勝手がいい。駐車場の値段の高さを考えると、車は不要どころか、むしろ負債だ。

そう、車は負債そのものだ。
車を持たなくなって、車がいかに「金食い虫」か、ということに気付いた。
自動車税とかの税金、保険代、車検代、ガソリン代、駐車場代など、維持費がすごい。
僕の場合は安い軽自動車だったからまだしも、高級外車なんかに乗っていれば月々のローンの返済もあって、ウンザリしていたと思う。
いい女との付き合いに金がかかるのと同じだな^^;

近い将来、車は私有からシェアの時代になるといわれている。
これは未来予測というよりすでに現実で、町を歩いているとあちこちの駐車場にカーシェア用の車を見かける。
カーシェアがもっと広く普及すれば、どうなるだろう。
さらに自動運転が一般的になって、「人間が車を運転する」という行為自体が陳腐化すれば、どうなるだろう。
そうなった場合に、ステータスシンボルとしての高級車の存在意義は?
「昔はなぁ、医者になってベンツを乗り回すのがカッコいいって時代があったんだよ」とつぶやいて、「何すかそれ、わざわざ自分の車持ってるとか、超ダサくないですか」って若者に笑われる日が来るのかもしれない。