鉄剤の投与によって精神疾患を含む様々な症状が見事に改善、という記事を読む。
改善した患者のことを、フェイスブックに投稿したり一般向けの書籍で紹介するのは、悪いことではないと思う(もちろん、個人が特定されるような書き方をしちゃダメだけど)。
そうした情報によって、救われる人もきっといるはずだから。
それに、同じ医者としてわかるんだけど、「自分が治した患者は、自分の最高傑作」ぐらいの誇らしい気持ちになって、いろんなところに自慢したくなるんだよね^^

でもこういう先生方も、打率10割、どんな患者もばっちり治せる、というわけではない。
というのは、以前、こういう先生方の治療方針を参考にして、僕も自分の患者に試してみたことがあるが、全員がきれいに治ったわけではなかったから。
その先生のもとに新幹線でわざわざ通院したものの改善せず、僕のクリニックに来た患者もいる。

名医でも力及ばす、治せなかった患者、治らなかった患者がいるはずなんだ。
もちろん、僕にだっている。
というか、医者なら誰だってこういう苦い経験をしている。
でもその苦さをバネにして、医者は成長していく。臨床経験を積んだり知識をいろいろ吸収しながら、ふとしたときに、失敗した患者のことを思い出す。
「今ならもっとうまく治療してあげられるのに。もう一回チャンスが欲しい」とか思う。
こういうふうに思えるのは医者として成長している証だろう。
しかし、来てくれなくなった患者が再び来院することは、通常あり得ない。

SNSに投稿するなら、失敗例をシェアするほうが本当は教訓的なんだろうな。
成功例は、それ自体で閉じている。「はいそうですか」とお説を拝聴するしかない。
でも、失敗例は開いている。多くの医療関係者の意見を募るなどすれば、未来の可能性がずいぶん広がるだろう。
治せなかった患者こそ、最高の教科書に違いない。
でもその教科書の味は苦い。公表するどころか、誰の目にも触れないところに隠しておきたいのが人情なんだな。

こういうことを思うのは、僕自身、患者に鉄剤を使って、失敗したことがあるから。
もちろん、うまくいったこともあるが、鉄剤に反応しない症例も確かにある。この違いは何なのか。
失敗症例は誰しも隠す。そこらへんのSNSに都合よく落ちていない。自分の失敗から考察し、文献を渉猟し、学んでいくしかない。

自分なりに勉強していくなかで一つ思ったのは、貧血の治療をいう先生方のなかに、ビタミンAに言及する先生がいないことだ。
ビタミンAは過剰摂取の害が言われすぎて、その有効性(および必須性)が軽視されているようだ。
最初期に発見されアルファベットの一番最初の文字を与えられたビタミンでありながら、大きな盲点になっているのではないか。

『ビタミンA欠乏性貧血~疫学と病因』
https://www.nature.com/articles/1601320
ビタミンA欠乏によって貧血が起こることは認められているが、「ビタミンA欠乏性貧血」とはっきり言えるほどの明確な臨床的特徴なり定義なりがあるわけではない。
ビタミンA欠乏が貧血に関与する機序には複数ある。ビタミンAは、赤血球の前駆細胞の成長と分化を促進する。
また、感染に対する免疫力を高める。これによって、感染に起因する貧血を減らすことができる。さらに、各組織に貯蔵されている鉄の可動性を高めるのもビタミンAの働きである。
疫学調査では、貧血の頻度が高い地域ほど、ビタミンA欠乏が多いということが示されており、また、ビタミンAの改善によって、貧血が減少することも示されている。

すでに19世紀には、夜盲と貧血の関係が指摘されていた(Nozeran, 1865; Parinaud, 1881; Saltini, 1881; Lecoeuvre, 1896)。
こういう患者に対して、当時の医者はタラの肝油(ビタミンAおよびDの豊富な供給源)を処方して、患者の治療にあたっていたものである(Thompson, 1855; Greene, 1877; McArdle, 1896)。
20世紀初期になると、動物実験およびヒトの研究によって、ビタミンA欠乏によって、赤血球産生および鉄代謝に異常が起こることが示された。
ビタミンAの欠乏したラットでは、骨髄のゼラチン質の変性が起こっており(Findlay & Mackenzie, 1922) 、骨髄での造血細胞が減少していた (Wolbach & Howe, 1925)。
ビタミンA欠乏の小児の死後解剖で、肝臓および脾臓に血鉄症(ヘモジデローシス)が確認された(Blackfan & Wolbach, 1933)。
つまり、貧血とは、鉄の不足ではなく、ビタミンA不足に起因する鉄の利用障害ということが示唆された。

1920年代には、感染症への罹患率と小児の死亡率の間には、ビタミンA欠乏が関与していることが指摘され(Bloch, 1924)、事実、ビタミンAの投与により小児の死亡率が低下した(Blegvad, 1924)。
1924年、Widmarkが以下のように指摘している。「眼球乾燥症は、ビタミンAが欠乏した人にはるかに多い。ビタミンA欠乏によって、感染症への抵抗力が落ちていることが原因だ」
1920年から1940年まで、小児の死亡率を下げるために少なくとも30の臨床治験が行われ、ビタミンAの「抗感染症ビタミン」としての有効性の評価はゆるぎないものとなった。
この間、ビタミンAによるヘモグロビン濃度の改善や貧血の減少が示された(Berglund et al, 1929; Abbott et al, 1939)。

これ、すべて戦前の話なんだよね。
僕らの祖父母世代の医者のほうが、貧血の背景にはビタミンAがあることをしっかり認識していたっていう。
タラの肝油を処方された百年前の患者のほうが、現代の患者より不幸だったと誰が言えようか。
プライス博士の主要な仕事も皆、1930年代になされたものだ。脂溶性ビタミンの研究は戦前がピークだったんじゃないかな。
時代が進むにつれて、知識も進歩していくと僕らは思っている。
でもそうじゃない。
知識は、退歩する。
実際、貧血治療でビタミンA投与を考える医者を、少なくとも僕は知らない。

「貧血とは、鉄の不足ではなく、ビタミンA不足に起因する鉄の利用障害である」。
これは非常に興味深い指摘で、追及する価値がある。
鉄剤を投与してそれで万事オッケー、心身ともに回復したという患者は、本当に単純に鉄不足だったということだろう。
しかし、そういう簡単な患者ばかりじゃない。
ビタミンA不足のせいで鉄を使えない患者に鉄剤を投与しては、ヘモジデローシスに拍車をかける。余剰な鉄は活性酸素をまき散らし、生体に様々な悪影響を与える。
フェリチンの上昇が回復の目安?とんでもない。こういう人にとっては、炎症の目安以外の何物でもない。
治療になっていない。はっきりいうと、加害行為だ。
僕は、失敗した患者に、それをやっていたわけだ。
よかれと思ってした治療が、むしろ患者に不利益を与えたかと思うと、なんともやりきれない。
「もう一回チャンスを」と思う。でもそういう患者は、二度と来ない。
苦い経験を教訓にして、次の患者で同じ失敗をしないように、生かしていくしかないんだよなぁ。