80代女性
もともと便秘がちで、便通は2,3日に1回ぐらい。あるとき、おなかの痛みがあり、病院に行った。
CTを撮られ、たまたま大腸癌が見付かった。見付かったとなれば、医師としては告知しないわけにはいかない。
大腸癌の存在を告げられ、恐れをなした。『何とかならないでしょうか』
手術を勧められた。まだ初期の癌だから、腹腔鏡によるごく簡単な手術で済みます。数日で退院できるでしょう、ということだった。
腹腔鏡による手術で開始したものの、病巣が思いのほか大きかったのか、術者の技量が未熟だったのか、そのあたりの事情は詳しくわからないが、術中、開腹に切り替えた。
術後の経過は不良で、癒着からイレウスを起こし、入院期間は数日どころか、2カ月に及んだ。
退院して、一人暮らしの自宅に戻った後、彼女の性格はがらりと変わった。
これまで社交的で、毎週コーラスサークルで歌うことを楽しんだり、友人らと連れ立って温泉旅行に行くなどしていた彼女が、そういうことに興味を示さなくなった。
以前は料理も自分でしていたが、買い物のために外出することさえ億劫になった。食事を作るのが面倒だし、そもそも食欲がない。
本来まめできれい好きだったが、洗濯はもちろん、掃除もせず、ほとんど一日中寝たままで過ごすようになった。
週に一度彼女の家を訪れる娘が、異変に気付いた。娘は当初、うつ病ではないかと思った。
病院への受診を勧めたが、行きたがらない。
母が変わったのは、どう考えても、入院がきっかけだった。
何が母をここまでおかしくしてしまったのだろう。主治医に詰め寄って問い質したい気持ちだった。
母自身、『癌の手術をして以後、体も気持ちもおかしくなった。やっぱり病院は行くもんじゃない』と言う。
娘は、確かにその通りだと思った。だから、あえて病院に行くよう強く勧めることはしなかった。
しかしそのうち、母の精神状態はますますおかしくなってきた。
『いつも置いてある場所に財布がない』と娘に電話をかけ、警察にまで電話をしている。
娘がかけつけて、探すと、あった。盗まれてはいけないからと、いつも置いている場所ではないところに置いていて、そのことを忘れて、盗まれたと勘違いしたのだった。
娘は警察に平謝りし、帰ってもらった。
『お母さん、しっかりしてよね』と娘は母をたしなめたが、近日中に同じことが再び起こるに及んで、娘も事態の重大さを認識しないわけにはいかなかった。
認知症だ。そうに違いない。
とにかく説き伏せて、病院に連れてきた。そういう母と娘が、今、僕の前に座っている。

医原性疾患とはこのことなり、というのを絵に描いたような症例だ。
そもそも、この女性に大腸癌のオペなんて必要なかった。
80代や90代で特に持病なく死亡した人の死後解剖をすると、ほとんど全例から癌が見付かる。
しかし、そういう癌は大人しいもので、別段体に悪さをするわけでもない。
もともと高齢者では解糖系が縮小し、ミトコンドリア系が優位になっているから、癌の増殖は遅い。
放っておいたらいいんだ。それが最良の方針だ。
でも現代医療は、寝た子を起こす。腹のなかにメス入れて、無理やり取り除く。
手術による侵襲に加え、抗生剤による腸内細菌叢へのダメージ。
ビタミン産生菌などの善玉菌は死滅し、抗生剤にタフな悪玉菌が跋扈するようになり、この影響は腸脳相関のもと、精神症状にも及ぶ。
これまで、外に出ることによって皮膚からビタミンDが産生され、またその活発さもあいまって筋骨格系の健康が保たれていたところ、今やうつ状態からほとんど寝たきりになった。
栄養状態の悪化もあって、こうなれば廃用症候群の進行は早い。
精神的には、意欲低下、感情鈍麻、知的機能の低下、ついには認知症へと至る。
さて、この負のスパイラルのどこから手をつければいいだろうか。

ブレデセン博士の『リコード法』というのがある。
食事を含めた毎日の生活習慣を正し、サプリやハーブを使用するという、栄養療法の一種なんだけど、これによって認知症は「治る病気」になったと僕は思っている。
そう、認知症に対しても、栄養療法的には打つ手がある。この人もきっと改善するだろう。
ただ、何よりも大事なのは、予防なんだ。
予防というのは、病院で定期的に見てもらうことではない。むしろ、病院は遠ざけねばならない。
うっかり病院にかかれば、この人のように、現代医療の犠牲になってしまう。
栄養療法をやっている僕としては、自分の仕事の半分は現代医療の尻ぬぐいだと感じている。