幻覚・妄想症状のある患者を見れば、まず、統合失調症を疑い、抗精神病薬の投与を開始する。
精神科医なら誰もがやっていることだ。しかし、投薬によってほとんど(あるいはまったく)改善しない症例がある。
複数の抗精神病薬を十分量、十分な期間投与しても改善しないとき、こういう症例を、治療抵抗性の統合失調症、という。精神科医なら誰でも経験している。

こういうときにどうするか。
ひと昔前なら、患者は医者の言いなりだった。薬をどんどん増やされることになる。一般の精神科医には、薬しか武器がないんだから、仕方ない。
なるほど、薬の効果というべきか、確かに幻覚、妄想は治まったようだ。ただ、ずっと無気力状態で、廃人のようだ。もはや、かつての「その人」ではない。人間をこんな状態にしておいて、果たしてこれが、治療、と言えるのか。
今はインターネットがある。もはや、知識は医者の専有物ではない。患者は必死である。他ならぬ自分の病気のことだから、医者よりも熱心にネットで勉強している。
そこで、一般の医者が知らない情報にたどりつく。「オーソモレキュラー療法?統合失調症にはビタミンCやナイアシンなどのビタミンが効く?よし、やってみよう」こうして劇的に改善する人がいる。統合失調症を医者に治してもらったのではなく、自分で(あるいは情報で)治したんだ。
もっとも、この場合「統合失調症にナイアシンが効いた」というよりも、そもそも統合失調症というよりは、ペラグラ(ナイアシン欠乏)による精神錯乱だった、というべきかもしれない。
とにかく、統合失調症と診断される患者のなかに、ナイアシンが著効する一群があるというのは、エイブラム・ホッファーの偉大な発見だった。

さて、期待しながらビタミンを飲んでみたが、それでもなお改善しない、相変わらず幻覚やら妄想に悩まされる、という人がいる。
こういう場合、どうすればいいだろうか。
僕のところに来る患者は、たいていの場合「もう一通りはやっている」。藤川徳美先生の本を買って、プロテインを飲んで低糖質高タンパクを心がけてるし、鉄も飲んでいるし、ビタミンもいろいろと買いそろえて試している。「それでもよくならない」という患者が来る。
だから、なかなか手ごわいんだ。僕にも、確たる「答え」があるわけじゃない。患者の話を知恵を絞りつつ聞きながら、治療法を提案している。あまり一般的ではない栄養素を勧めたり、ハーブや漢方を勧めたり。提案が当たって見事に改善、ということもあれば、残念ながら僕に愛想を尽かして去って行った人もいる。

45歳男性
一年ほど前に、母親とともに当院初診。本人が言葉をしゃべることはほとんどない。
20年ほど前に統合失調症を発症し、投薬治療を開始した。よくなったり悪くなったり。何度か入院したこともある。
薬で精神症状が落ち着いてもジスキネジア(不随意運動)が出て、減薬する。今度は精神症状が再燃して、と、なかなか症状が安定しない。
お母さんは、息子の変化をよく観察していて、日記もつけている。どの薬を飲めばどういう変化があるか、医者よりもはるかに把握している。
インターネットでの情報収集も欠かさない。投薬治療で統合失調症の完治など望むべくもないことは、もうとっくにわかっている。問題は、「じゃあ、どうすればいいのか」だ。
そういう情報収集の中で栄養療法の存在に気付いたし、僕のブログを読むようにもなった。食事には徹底して気を遣い、様々なビタミンやハーブ(僕の勧めるものも含め)を試した。
ビタミンの投与量を調整して、翌日の調子を観察したり、ビタミンのメーカーの違いでどのような変化があるかを調べたりした(以前のブログに書いたけど「ナウ社のナイアシンよりもソラレー社のナイアシンのほうが効きがいい」と僕に教えてくれたのは、実はこのお母さんだ)。
ある種のビタミンが劇的に効いたことがある。しかし服用を続けるにつれて、まったく効かなくなる。それどころか、服用以前よりも悪化したりする。一般には効果があるとされているもので逆に悪化してしまうものだから、僕も困ってしまった。
症状の変化を観察していくうちに、母は息子に「薬剤過敏」があるのではないか、と思った。たとえば、薬にせよビタミンにせよ、一般の推奨量を飲むと、本人には作用が強く出すぎるのだった。
また、定期的に行う採血データと症状の変動に注目したところ、どうも、甲状腺ホルモンの値と精神症状の変動に相関があるように思った。つまり、甲状腺ホルモン(FT3、FT4)がやや高めのとき(TSHが低めのとき)には調子がよく、低めのとき(TSHが高めのとき)には調子が悪いことに気付いた。
「甲状腺ホルモンの不足のせいで、精神症状が出ているのではないか」
この点に思い至り、甲状腺を専門にするクリニックを受診した。精神症状が甲状腺の異常に起因している可能性を尋ねたところ、「確かにその可能性はあります」との返答を得た。「一度、甲状腺ホルモンの投与をしてみましょうか」と勧められたとき、「お願いします。ただ、ごく少量にしてください」と注文することを忘れなかった。「そんな微量では効果がないですよ」と言われたが、慎重に慎重を期した。
チラージン粉末0.125gを飲み始めて10日ほど経ったとき、素晴らしい変化が起こった。寝起きがよくなったし、どこか一点を見つめてぼうっとしていたり、粗暴になって声を上げることがなくなった。こんなに「普通」になった息子を見たのは、久しぶりのことだった。
一か月ほど飲み続けると、やや不穏が見られるようになった。採血すると、FT4がやや高め(TSHが低め)だったので、服用量を半減(0.0635g)すると、また落ち着いた。
「まだ完全に治ったわけではありません。独り言はあります。ただ、多動や常同行動は劇的に改善しました。以前は多動で一日中動き回っていましたから」

統合失調症の症状に甲状腺ホルモンが関係しているのではないかという報告は、確かにある。
『幻覚妄想状態を呈した甲状腺機能低下症の1例』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/53/12/53_KJ00008989553/_pdf/-char/ja
甲状腺ホルモンの投与で劇的に症状が改善した事例。
こういうふうに症例報告が書けるくらいだから、精神科医にとっても一般的な知識ではない。
この論文の症例のように、あからさまな甲状腺ホルモン低値があればともかく、この患者の甲状腺ホルモン値は正常範囲内低め、くらいであったから、まさかチラージンが著効するとは夢にも思わなかった。

僕はこの患者に対して、何もできなかった。ただただ、学ばせてもらった。
こういう苦い経験とともに、ひとつひとつ、知識を得ていくのだね。