マイコトキシコーシス(mycotoxicosis;真菌中毒症)という言葉は医学部ではほとんど習わなくて、むしろ獣医のほうがこの病気について詳しい。
獣医学科では真菌中毒症の診断と治療について、1セメスターかけてみっちり勉強している。動物が罹患する病気にはカビ毒由来のことが多いから、獣医としてやっていく上で必須の知識なんだ。

一方、医者は真菌中毒症についてほとんど知らない。抗生剤やスタチンがカビ毒から作られていることも知らない。もちろん「最初の抗生剤ペニシリンがアオカビから作られた」ということは、医学史としては知っている(国家試験に出たりするので^^;)。しかし臨床現場で抗生剤を処方するとして、「自分はカビ毒を投与している」という意識のある人はまずいない。
コレステロールの高い患者にスタチンを長期間投与して、「コレステロールは下がってきましたが、血糖値が上がってきましたね。糖尿病です。糖尿病のお薬も始めましょう」という医者は、自分が薬害(薬剤性真菌中毒症)を垂れ流していることに気付いていない。
逆に、コレステロールの低い人に対して、「何か薬飲んでいませんか?抗生剤とか」と疑ったり、住環境や食習慣におけるカビ曝露がないかを疑うことも大事だ。

『海綿由来真菌ペニシリウム・クリソゲナムE01-10/3のポリケチド産生に関する遺伝的ポテンシャルの分析』
http://hss.ulb.uni-bonn.de/2011/2454/2454.pdf
255ページにわたる大論文がpdfの形で丸々アップされている。この論文の一節『Fungal mycotoxin』(14ページ)にカビ毒の何たるかがよくまとまっているので、紹介しよう。
「カビ毒(マイコトキシン)は、糸状真菌の二次代謝産物として産生される低分子量の天然物質である。これらの代謝物は化学的に構成は異なるが、共通するのは、どれも毒性を持っていることである。
そもそもカビ毒の定義は、『糸状真菌により産生され、脊椎動物(およびその他の動物群)に対して極めて低濃度(マイクログラム単位)で毒性を発揮する』ことである。
これらの真菌代謝物が食品中に存在するときには、急性症状(たとえば肝機能や腎機能の悪化)として、あるいは慢性症状(たとえば肝臓癌)として毒性を生じる。
突然変異原性や催奇形性があるため、真菌代謝物への曝露によって、皮疹、免疫抑制、先天性奇形、神経毒性、死といった症状を起こす。
二次代謝産物のうち、特にスタチン系は3ヒドロキシ-3メチルグルタリル-コエンザイムAリダクターゼ(ヒトにおけるコレステロール産生の中心酵素)を強力に抑制する」

麦角菌(Claviceps purpurea)もカビ毒のひとつである。これは、ライ麦、小麦、大麦に寄生する真菌で、中世ヨーロッパで猛威を振るった。
麦角中毒(ergotism)にかかると、神経系には手足の燃えるような灼熱感、循環器系には血管収縮を引き起こす。脳の血流が低下することで、精神異常やけいれんが起こることもある。妊婦では子宮血流が低下して流産を起こす。
『毒は薬で、薬は毒』である。子だくさんで、もうこれ以上生まれては困る貧困女性が堕胎のために麦角(ergot)を飲むことは古くから行われてきたし、出産後の止血に用いられたこともあった。麦角菌の成分を利用した頭痛薬エルゴタミン(ergotamine)は現在でも使われている。幻覚剤のLSDは麦角成分のリゼルグ酸の誘導体である。

頭痛持ちの人にはエルゴタミンはなじみの薬だろう。しかし、薬の危険性をきちんと理解している人は少ない。そもそも医者自身、エルゴタミンがカビ毒から作った薬であることを知らないし、この薬が血管疾患を引き起こすことを知らない。頭痛持ちの人はそうでない人と比べて脳卒中と心筋梗塞のリスクが3倍高いという統計があるが、医者はこれを頭痛が原因だと考える。薬のせいで発症リスクが上がっているとは考えない。
真菌中毒症という疾患概念自体が頭にないし、自分の処方している薬がカビ毒だと知らないわけだから、薬剤性真菌中毒症という診断なんて、到底下せない。


この図をご覧あれ。
左側半分は有名な”セントラルドグマ”。高校で生物を履修した人は習っただろう。遺伝情報DNAがRNAポリメラーゼによって転写されてメッセンジャーRNAができて、転写されたRNAがリボソームに結合して翻訳されて、タンパク質が合成されるという、原核生物から真核生物まで、すべての生命体が共通する根本原理だ。
右側半分が、この図の真骨頂。どのカビ毒がどの代謝プロセスに干渉するか、を表している。

リダクターゼなどの酵素は、核内にある遺伝情報(DNAやRNA)から作られて、三大栄養素(脂肪、タンパク質、炭水化物)の代謝をコントロールしているが、カビ毒はDNAやRNAの機能を破綻させ、三大栄養素の代謝を狂わせる。たとえば具体的には、脂質代謝が停止して、コレステロール産生がストップする。
要するに、カビ毒の作用は、細胞の変性(degeneration)、分解(decomposition)、腐敗(decay)である。

カビ毒に曝露しないために、どのように気をつければいいだろうか。それにはまず、カビ毒の拡散経路を知っておくことである。
人類が真菌中毒症に罹患するようになったのは、穀物食が一般化して以降のことである。穀物(ナッツも含めて)は栽培、収穫、保存のどの段階においても、カビ毒に汚染する可能性がある。環境中にどれくらいカビがいるか、昆虫がいるかどうか、また、温度や湿度もカビ毒汚染を左右する条件である。傷がついていたんでいる穀物や、暑くて湿度が高く風通しの悪いサイロで保存した穀物は、カビが生えやすい。

肉や乳製品がカビ毒に汚染されているのは、これらを産する肉牛、乳牛自身がカビ毒を含む穀物を食べているためである。
獣医は職業上、家畜用穀物にカビ毒がしばしば混入していることを知っているし、家畜に日常的に真菌中毒症の診断を下しているものである。

カビ毒→カビ毒に汚染された穀物→カビ毒に汚染された穀物を食べた家畜=カビ毒に汚染された家畜

つまり、人がカビ毒に曝露する経路としては、空気中からのカビ毒の直接曝露はもちろん、カビ毒由来の薬、カビ毒に汚染された食物(穀物、ナッツ、畜肉、乳製品)があり得る。
得体の知れない産地の妙に安い食材を見れば、飛びつくのではなく、「本当に大丈夫?」とひとまず疑う姿勢が大事だ。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)