健康とは何なのか、を知るためには、健常者だけを見ていては分からない。健康の意味は、病気との比較によって、明瞭に浮かび上がってくるものである。
このあたりの事情は、トルストイの言葉「幸福な家庭はすべてよく似たものであるが、不幸な家庭は皆それぞれに不幸である」と通じている。作家は、不幸な人々が自分の逆境をどう生き抜こうとするかを描くことで、人生における幸せの意味を提示する。
トルストイの表現を踏まえれば、「健康な人は皆よく似たものであるが、病気の人は皆それぞれに病気である」と言える。
医者の務めは、様々に異なる病気を考察して、健康とは何なのかについて答えを提示することだろう。

これは弁証法的な思考そのものである。
生命とは何か。その対極とされる、死とは何か。一方だけを見つめても、答えは出ない。
しかし、ヘーゲルはそれらのテーゼを突き合わせることで「生命は、その内部に、死を宿している」という止揚(アウフヘーベン)を得た。
「アウフヘーベン?あのおいしいケーキのことか!」いや、それは恐らく、バウムクーヘンのことですね^^;

どういうことか?
生命は、生まれた瞬間から死に向かって走り始める。盛者必衰。生とは、致死率100%の病である。
死は、どこか遠くにあるのではない。僕らの内側にしっかり根っこを張っている。年々大きく膨らんで、やがて僕らを飲み込む。それが死である。
まるで比喩のように思われるかもしれない。しかしこれが比喩どころか、科学的に極めてリアルな実態描写であることを示したのが、ガストン・ネサンである。

レイモンド・ライフやガストン・ネサンは、自身の開発した顕微鏡によって、生命の本質をCWDs(あるいはソマチッド、マイコプラズマ、どのように呼ぶのであれ)に見出した。
病気は、どこか遠くから来るのではない。すでに内側に、その種が用意されている。
体内環境の悪化(酸性化)が、休眠状態にある芽胞(CWDs)の発芽を促し、体の腐敗が始まる。本来健康体であれば7.4に維持されたpHが、病勢とともに低下し、死ぬ頃には7以下になる。
そう、CWDsは、生死を司る番人である。

繰り返すが、死はどこか遠くにあるのではない。
死と生のせめぎ合いは、僕らの体内で毎日行われている。
細胞が生まれては死に、また生まれては死に。
僕らはこの争いに負けるだろう。最終的には死の勢力が生を飲みこんで、僕らの体は腐敗し、土に還るだろう。
そう、「答え」は分かっている。それなのに僕ら、生きようとする。
なぜ生きるのか。
必滅の肉体である。仮の宿に一時泊まって、またどこかに去って行く。何の意味がある?一体人生とは、何なのか?

このテーマはおもしろいが、ここでは深入りしない。
ただ、色即是空 空即是色(実体は空っぽで、空っぽは実体である)を教える般若心経が、最後のほうで、真実不虚と説いているのは、希望のように感じられる。
そう、意味はあるんだよ。簡単にニヒルに陥ってはいけない。

必定の負け戦である。それでも、この人生を生き抜くことには、意味がある。
そして、よりよい生き方(あるいは死に方)というものが、確かにある。どのようにすればよいか?
そのヒントはCWDsにある。
どうすれば健康的に生きることができるか、CWDsの挙動はその答えを示唆している。

ネサンは搾りたてのニンジンジュースのなかに、無数の微小な分子(ソマチッド)が「踊っている」のを発見した。
彼が自家製の顕微鏡の下に見つめていたのは、生命の躍動だった。しかし農薬や化学肥料を散布されて育ったニンジンでは、ソマチッドの躍動が乏しいことにも、彼は気付いた。

野生の草食動物は、癌にならない。そればかりではない。野生動物の群れを観察してみるといい。どれが若い個体で、どれが老齢の個体であるか、ほとんど見当がつかないだろう。
一方、街に出て人間の群れを見よ。若者と老人の区別は、一目瞭然だろう。
ここには、よりよい食へのヒントが隠れている。
老いは不可避だと思われているが、そうではない。加齢(aging)によって、老け込む(senile)とは限らない。両者を分ける要因のひとつは、食事である。
ソマチッドを豊富に含むものを食べていれば、老けることはない。生き生きとした老年を迎え、穏やかな最期を迎える。ピンピンコロリの秘訣は、ソマチッドにあった。

胃潰瘍(および十二指腸潰瘍)は、ピロリ菌(Helicobacter pylori)によって起こるとされている。つまり、感染症であるから、治療として抗菌剤によるピロリ除菌が行われている。
本当だろうか?
1949~1952年にかけて、チェニーは100人以上の消化管潰瘍の患者に対して、生のキャベツジュースを飲むように指示した。
効果は劇的だった。キャベツジュースを飲み始めて6日から9日で、患者の全員が治癒した。
彼はこの治療効果を、キャベツに含まれる何らかのビタミンによるものと考え、それを”ビタミンU”と名付けた(UはUlcer(潰瘍)にちなむ)。
「キャベツを食うだけで、感染症が治ってたまるものか」一般の消化器内科医は言うだろう。
しかし、事実は事実である。「キャベツを食うだけで、感染症が治った」のである。
しかし彼らはこの事実を認めない。彼らにとって「胃潰瘍はピロリ菌感染症である」というのはもはや宗教的教義であり、いまだに堂々とピロリ除菌を行っている。
『胃潰瘍のビタミンU療法』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/13276831

後の研究で、アブラナ科植物(キャベツ、ブロッコリー、カラシナ、チンゲンサイ、カブなど)に含まれるスルフォラファンには抗菌作用、抗酸化作用、抗癌作用があることが示されている。
何も分析的に難しく考えることはない。
新鮮な生野菜に含まれるソマチッドを補充する。結局、野生動物が当たり前に行っていることに立ち返った、というだけの話である。

菜食主義が健康に至る唯一の道、と主張しているわけではない。
ネサンは人間の血液やリンパ液のなかにも、躍動するソマチッドを見出した。
草食動物を屠る肉食動物を見よ。彼らも見事な”ピンピンコロリ”である。多くの現代人が加齢の果てに迎えるみじめな晩年など、彼らにはあり得ない。
飼い犬にはドライのドッグフードばかりではなく、ときどき生の鹿肉やラム肉をあげよう。それだけで”内なる野生”がよみがえり、健康的な老年を迎える一助になるだろう。

参考
“Proof for the cancer-fungus connection”(James Yoseph著)