「高校は大阪の有名な進学校だった。
当たり前みたいに東大を受験したよ。模試でA判定も出ていたし、きっと受かるだろうと思って。
ところが落ちちゃってさ。
みじめだったな。俺より成績が悪くて合否の微妙だった同級生たちが受かってるのを見ると、何とも言えない気持ちになったよ。
素直に浪人しようとは思えなかった。
妙に自信家でプライドだけは高かったから、東大に合格した同級生たちを一年遅れで追いかけるのは、何か違うんじゃないかって思った。
それで、相撲部屋に入門した。

え、意味がわからない?飛躍しすぎだって?
俺もそう思う笑
どうかしてたんだな。
ただ、当時から体格はよかったし、腕っぷしには自信があった。
受験に失敗したショックでへこんでいる、かといって、普通に勉強する気にもなれない、しかし怠惰に流される自分を許せる性格でもない。自分をストイックに追い込みたい気持ちもある。
当時の自分なりに考えた末、行き着いた結論が、相撲部屋だった。

芝田山部屋に入門を許され、力士としての生活が始まった。
最初は下っ端も下っ端。洗濯、掃除、チャンコ作り、先輩の雑用ばかりで、ろくに稽古もさせてもらえない。
一時期マスコミでさかんに言われた、妙な”かわいがり”みたいなのはうちの部屋ではなかった。
師匠がすでに一回そういうので訴えられて懲りていたってところもあると思う。不条理な暴力を振るわれたことはない。でも、筋の通った暴力はある。本当に厳しかった」

四股名を与えられ、初土俵は平成20年1月。
2ヶ月前(平成31年3月)に引退するまで、通算成績は、214勝185敗56休。
最高位は、幕下11枚目。

「2ヶ月前に断髪式をした。
10年間の相撲人生を思うと、自然と気持ちがこみ上げてきて、涙をこらえるのに必死だった。
悔いはある。
もっと戦い続けたかった。
稽古中に左目を傷めた。網膜剥離だと医者に言われた。「眼球の形が変わってる。相撲を続ける?とんでもない」と。
右手首には慢性的な骨折があって、毎日酷使するせいでちっとも治癒しない。膝も傷めてる。
10年間の戦いで、体は満身創痍だった。
網膜剥離で、もはや戦い続けることができないとわかったとき、正直、少しホッとしたところがある。「これで、戦いの日々から降りられる」と。こんな病気にならない限りは体の続く限りずっと戦い続けて、それで取り返しのつかないほどのダメージを負っていたかもしれない。

相撲界は完全に「しきたりの世界」で、いい意味でも悪い意味でもすごく保守的なんだ。
番付は下から、序ノ口、序二段、三段目、幕下、十両、幕内、と上がっていくんだけど、どこの番付かで、自分ができることできないことが明確に決まっている。
部屋によって違いはあるけど、たとえば、序ノ口にいるあいだは服は着物しか着れなくて羽織はダメだとか、幕下以下は白い足袋を履けないし、大銀杏を結えないとか。

相撲取りにとって、十両になれるかどうかが、とてつもなく大きな分水嶺だ。
なにしろ、幕下以下の力士は無給なんだ。でも十両になればいきなり、月に100万円とかの給料が出る。個室が与えられて、付き人がついて、部屋の雑務から解放される。十両になってようやく、一人前の関取として認められる、といった具合だ。
無給なのにどうやって生活していたか?タニマチからちょっとした援助があるから、そのお世話になったりね。
そう、俺の場合は幕下で引退したから、付き人がつくとか、十両の生活は経験したことがない。でも逆に、付き人を経験したことはもちろんある。高安関の付き人をしていたよ。
高安関はすごく豪快な人で、同時に繊細さも持ち合わせた人。
ギャンブルが大好きで延々やってるんだけど(競馬、競輪、競艇とかの公営ギャンブルだよ^^;)、賭け方を見てれば、その人の性格ってだいたいわかる。基本、堅実な賭け方なんだけど、ここぞというときにはドドンと張る。それで大きく当てて、ン十万円とか勝ってたりするからすごい。
相撲って勝負の世界でさ、勝った負けた、切った張った、死ぬか生きるかの世界なわけ。そういう世界で戦い続ける人っていうのは、ギャンブルも含め、勝負事の好きな人は多いと思う。勝負の決まる一刹那の、ドーパミンやアドレナリンがほとばしるあの感覚。あれが病みつきなわけよ^^
貴闘力関とか面識ないけど、ギャンブルで身を持ち崩す破滅型の気持ちは、俺にもちょっとわかる気がする。

引退後、付き合っていた彼女と結婚した。地方の巡業先で縁あって知り合った人。
この前、彼女の実家に初めてご挨拶に伺ったんだけど、緊張してしまってね。緊張しすぎて、なんと、アゴがはずれてしまった^^;
比喩じゃないよ。本当に、アゴが外れて、ご両親がおもてなしに出してくれた果物も、噛めないものだから、食べられなかった。
なんていうかな、慣れていないタイプの緊張でね。戦う緊張感にはもちろん慣れている。10年そういう世界にいたわけだから。彼女が誰か妙な男に襲われそうにでもなったら、身を呈してでも彼女を守る。そういうことはできるんだけど、力がモノをいわない緊張感、とでもいうのかな、ああいうのは全く免疫がなくて、ずいぶん醜態を見せてしまったよ。

先月から就職して、医療機器メーカーの営業をしている。
現役時代、体重は140kgあった。食べることも稽古だ、ってことで、もう、あり得ないくらいの量を食べていた。でも今は、ずいぶん痩せたよ。妻が作る普通の量の食事で、充分満足だ」

東大落ちて、10年力士をして、今また第2の人生を歩み始めた。
レールに乗るような生き方ではなく、この人は確かに、地に足つけて、自分の人生を歩いている。


元力士に殴られる図^^