「医学部の学生が女子ばかりになったら、眼科医と皮膚科医ばかりになっちゃうって、確かに西川先生の言う通りかもね。私も眼科医だし。
マイナー外科って、女医からしたら何かと都合いいんだよ。内科的なことも外科的なことも両方できるし、勤務医としてどこかの病院に一時的に腰掛けるには好都合なのね。
特別手先が器用っていうことはないけど、黙って作業するのって好きなの。
ほら、前にも言ったかもしれないけど、私、スキューバダイビングが好きなんだけど、あれも、水の中、会話のない世界で黙々としてるところがいいの。
だから、内科か外科か、どっちかひとつだけを選ぶとなったら、学生のときから断然外科だと思ってた。
ただ、メジャーな外科はちょっとね。。。いろいろ大変そうだし。だから漠然と、マイナー外科かなって。
でも、眼科に入局して分かった。私、手術、向いてないんだ、って笑
手術に必要なのって、手先の器用さというか、決断力だと思うの。こういうのって、きっと男の先生のほうがある。
性格的に女医には難しいんじゃないかなって思うのね。
自分のメス裁き、そのひとつひとつに責任の重みが伴っている。そういうことを思ったら、私、切れなくなっちゃったの。
目って、手術の失敗、絶対許されないの。
『うーん、この血管、切ってもいいかな、どうかな~』ってのがあって、それがたとえば大事な神経だったら、どうなる?
下手すれば失明だからね。
かといってビクつきすぎてノロノロとやってたんじゃ、オペにならない。
でも眼科のいいところは、あるいは大学病院のいいところは、ってことだけど、住み分けができるってことよね。
白内障の手術ならこの人、網膜剥離ならこの人、って具合に、それぞれの病気を得意分野にしている先生がいて、専門分化が進んでいるわけ。
内科的なことで、特に加齢黄斑変性なら私のところへ、みたいに、私にもきちんとした居場所がある。
こういうのが眼科の本当にいいところだと思う。」

目というのは、耳や舌のような他の五感を知覚する器官とはかなり違う印象がある。
「目は脳の出先機関」、あるいはもっとはっきり、「目は脳そのもの」、という科学者もいる。
発生のプロセスから考えても、脳の一部が分化して目という器官を形成した、と言って間違いではない。
目とは、つまり、外部に露出した脳なんだ。
「目は口ほどにものをいう」が、事実はこの言葉以上かもしれない。口は嘘をつけるが、目は嘘をつけないからだ。(https://books.google.co.jp/books?hl=ja&lr=lang_ja|lang_en&id=moFIAwAAQBAJ&oi=fnd&pg=PA129&dq=lies+pupil&ots=wmR7iM5Ksm&sig=CPMIP_jxFtvxBwZl6yO1GUtncw8#v=onepage&q=lies%20pupil&f=false)
「ねぇ、あなた、私のこと好き?」と問われて、男、どう答えたものか、視線を右上に漂わせつつ、言葉を探す。
彼女はじっと男の目をのぞき込む。男の目は、いつもよりまばたきが多く、また、瞳孔が開いているようだ。
「もちろん、好きだよ」とかろうじて返答があったとしても、彼女、この答えを信じることはできない。
目は言葉の内容以上のことを語るのだ。
相手の真意が伝わるのに、1秒目が合うだけでいい。
それだけで充分。こういう人間の繊細さは、AIがどれだけ進歩してもなかなかAIには模倣できないと思う。
もっとも、視線の意味を読み違えることも人間はけっこうあって、異性からの好意の視線だと思ったら、「汚ねぇな、目クソついてるぞ」って思われてる視線だったりする笑

「目の手術ってグロいですよね。きつくないですか。
目は人間の精神性の象徴、というところがあるので、そこに注射したりメスを入れたり、というのはすごいなと思います」
別の眼科医の先生、答えて曰く、
「そうかな。僕に言わせれば、他の外科のほうがよほどエグいと思うけど。肝臓とか心臓とか。
目なんてきれいなものだよ。というか、すべての器官のなかで一番きれいなんじゃないかな。ほとんど血が出ないしね」
なるほど、出血という意味では確かにそうかもしれない。
「でも」と食い下がる。「目って、人間の器官の中でもかなり特殊だと思います。好きな人と目が合ってドキッとするとか。
ことわざにも、『目は口ほどにものをいう』とあるように、人間の感情を最も雄弁に伝える器官のようにも思います。
そこにメスを入れるということが、相当すごいと思うのですが」
先生、きょとんとしている。
「うーん、よくわからないな、君の言ってること。
目が感情を伝える?そうかな。感情を伝えるのは表情筋でしょ」
アスペルガー的な雰囲気のある先生。でも手術の腕前は全国有数で、遠く県外からこの先生の手術を受けに来る患者も珍しくない。
やはり、手術に何より必要なのは、正確無比な決断力で、女医さんの責任感とか僕の妙な感傷は、かえって邪魔なのかもしれない。