「子供の頃は物理学者になりたかった。
わけのわからない現象に満ちた世界が、物理の公式を使えば実にクリアに説明できるところが、何とも言えず美しくてね。
物理の問題集って、あれは実に、麻薬だよ。本当にハマっていた。
何が魅力って、万能感だよ。
問題文を読み、問題のエッセンスを図示する。式を作り、論理を進め、結論を導く。
僕の右手のなかに論理がしっかりと握られていて、ペン先を通じて、紙の上に世界を紡ぎだしているような感じだ。
論理の翼に乗っていけば、どこまででも行けるような、すべてを解明してしまえるような気さえした。
微積分法を創始したニュートンは、自分のことを神のように思っていたって読んだことがあるけど、その気持ちはすごくわかるよ。
どこかの誰かが作った問題集を解いているだけの僕でさえこんなにハイになれるんだから、自分が作り出した微積分で、自分で問題設定して、自然現象の法則をどんどん解明していく喜びは、途方もないものだっただろう。

でも、『物理学者になりたい』なんて、親にはとても言い出せなかった。
うちは代々の医者家系なんだ。祖父も父も医者だったし、叔父やいとこにも医者が多い。『医者になって当然』という空気のなかで育ったから、医学部じゃなくて理学部を受験したいなんて、とても言えやしない。
で、当然のように医学部を受験して、当然のように受かった。自分で言うのも何やけど、優秀やから笑
親元を離れて、一人暮らしの大学生活が始まった。
勉強したり部活したり、恋愛したり、で、すごく楽しくて充実していた。物理が嫌いになったというわけではもちろんないんだけど、物理の問題を解くこともなくなって、いつのまにか物理学者になりたいなんて夢があったことも忘れていた。
やがて医師国家試験をパスし、医者になった。結婚し、子供ができた。長い月日が流れた。
高校生になった子供が、あるとき、「お父さん、昔、物理得意だって言ってたでしょ。この問題、わかる?」と参考書を示しながら、僕に聞いた。
力学のちょっとした応用問題だった。「ちょっと、紙と鉛筆貸して」
問題のポイントを図示して、少し考えると、解けた。子供に要点をかいつまんで説明した。
そのとき、僕の心のどこかに、火が付いた。「どれ、他の問題も見せてみ」
子供を尻目に、むしろ僕が夢中になって、問題を次々解き始めた。
物理少年だったときの昔の気持ちがよみがえった。
手の中に論理がある、この感じ。そう、僕は物理学者になりたかったんだ。

その日をきっかけに、子供と一緒に勉強をするようになった。
そして、自分のなかで、ある野心が芽生えたことに僕は気付いた。
今からでも遅くない。今度こそ、理学部に入ろう。もはや、親や周囲が反対することはない。
自分の生きたいように生きる、自分がやりたいことをする、最後のチャンスだ」

なんとこの先生、こういう具合に子供と一緒に受験勉強をして、有名国立大学の理学部に見事に合格してしまった。
学生と医者の二足のわらじをはくってのもすごいけど、18歳の新入生のなかに混じってまで勉強したいっていう、気持ちの若さがすごいな。

ちなみに、医学部と理学部、偏差値的には医学部のほうが高いけど、本当に才能のある人は、理学部に行くべきだと思う。
数学オリンピックとか物理オリンピックでメダルとるような天才は、行こうと思ったら医学部にも楽々行けるだろうけど、絶対理学部に行くべきだと思う。
仮に医学部に行ったとしても、研究に行くべきだ。臨床なんて行っちゃダメだよ。(臨床というのは、要するに、病院勤めの普通の医者、ということです。)
臨床なんて、ガイドラインに基づいて製薬会社の使ってほしい薬を使うだけの雑務みたいなもんだから、本当に頭がいい人がそんなところに行っては、国家的損失だと思う。
理系学問は世界を変える力があるものだけど、医学部の臨床だけは例外で、あそこは、有害無益だとすでに分かっているような治療が延々行われていたり、患者を真に救うはずの治療法が用いられてなかったり、ということがざらにある世界で、そんな世界に本当に才能のある人が行っても単に消耗するだけで、クリエイティビティの発揮のしようがない。
悲しいことだけど、医学は学問ではなく、利権なんだ。
「天才は育てるもんやなくて、育つもん」って森毅先生が言ってて、その通りだと思うけど、育つ場所は選ぶべきだよ。