頭頚部の異常な発汗を主訴に来院した50代男性。
「何でもないときは何でもないのですが、体にスイッチが入ると言いますか、ふとした瞬間から、汗が止まらなくなります。
顔からの汗です。それも尋常な量じゃありません。『滝のように流れる』という比喩そのもの、みたいな汗です。
症状は2年ほど前から始まって、ここ半年特にひどくなってきました。
時間帯としては、だいたい昼前から出始めます。昼食を食べる頃、額からだらだらと汗が流れ始め、食べ終わってからも2時間ぐらい汗が続きます。
熱いものや辛いものを食べると汗は余計にひどくなります。
夏に特にひどい、ということはありません。今みたいな冬でも、汗の量としては夏とそれほど変わらないと思います。
当初は職場の同僚から『暑いですか?エアコン調整しますか?』なんて聞かれてたけど、今は特に聞かれません。そういう体質なんだ、と思われています。
関係あるのかどうかわかりませんが、口の内部、前のこのあたりと舌が、しびれるような、痛むような感じがあります。唇も同じ感じです。
手足が冷えるような違和感もあって、足にサポーターを巻いています。
便通はどちらかというと下痢気味です。」

50代にして急に多汗症を発症するというのは、一般的なことではない。何か原因があるはずだ。
しかし何だろう。
分からない。
原因を推測しながら、様々に話を聞いていく。問診は、推理小説を地で行くような作業だ。
原因をピタリと特定し解決策を提示できることもあれば、謎を解明できず迷宮入り、ということもある。
発汗のメカニズムについて解説などしつつ、探針を入れてみる。
「そもそも発汗という現象は、人間にとって必要なことです。
交感神経と副交感神経のせめぎあいのなかで揺れ動くのが、僕ら人間です。
人間の行動原理は、実にシンプル。エサ取り行動と休息、この二つです。
日中には交感神経を高めて、狩りにいそしむ。運動量が増え、体内のグルコースや脂質が異化作用で消費されます。
そういうときに、日光の暑さでダウンしないために、汗をかいて体温を一定に保つ。また、敵に襲われたときに、手足がパサパサに乾燥していては、木に登って逃げたりできない。
汗をかくということは、そういう意味で非常に合目的的な現象です。
一方、夜は副交感神経優位の時間。休息と消化の時間です。日中に捕まえた獲物を食べて、栄養分の同化を行います。
日中よりも活動量は低下していますから、汗はそれほど出ない時間帯だと言えます。
人間の体の多くの器官には、自律神経の二重支配といって、交感神経と副交感神経の両方が分布しているものですが、汗腺だけは例外です。
汗腺は交感神経の線維にのみ、支配されていて、副交感神経の支配はありません。
しかしまた、さらに例外的なことに、本来交感神経の末端から分泌される神経伝達物質はノルアドレナリンなのですが、発汗運動神経からはアセチルコリンが分泌されます。
つまり、交感神経に支配されているにもかかわらず、汗腺にはアセチルコリン受容体があるわけです。
異常なほど汗が出る、ということは、汗腺にあるアセチルコリン受容体が何らかの原因で刺激されている、という機序が想定されます。
何か原因があると思うのですが、何でしょうね」

そう、アセチルコリン受容体が不必要に刺激されることで発汗が起こっているということは、治療としてはアセチルコリンをブロックする抗コリン薬を投与すればいい。
保険適用のある処方薬としては臭化プロバンテリンがある。しかし、のどが渇く、尿が出にくくなる、などの副作用があって、しかも人によっては大して効果がない。
「今日は大事な女性と会う日だから、この日だけは異常な汗を止めたい」ということなら、この薬を一日だけ飲むというのはありだろう。
しかし毎日飲み続けるというのは、副作用を考えたとき、躊躇するだろう。
こういう場合には、別のアプローチを考える。
水毒の滞りを改善する漢方である防己黄耆湯、自律神経をアンバランスを整えるハーブティ、汗疱に効果のあるルミンAなどを試すのも一法かもしれない。
しかし、これらの方法はいずれも『足し算』だ。
原因は無視して、ひとまず症状を抑えることをターゲットにしたアプローチであり、治療法としてはあくまで次善策だ。
50代で急激に多汗を発症するというのは、きっと何か原因があるはずだと僕は踏んだ。

「ひょとして、何か薬、飲まれていませんか?」
「尿酸を下げる薬を飲んでいます」
「いつ頃から飲まれていますか?」
「5年ほど前です。痛風発作を発症しまして、それ以来、飲んでいます。薬を飲みだしてから、発作は起こっていません」
ビンゴ。
当たりが出たようだ。
詳しく話を聞くと、他院で定期的にフェブリク40㎎を処方されているという。
「尿酸値はずいぶん下がっているんですけどね。発作が起こったときに処方された用量のままで飲み続けています」
フェブリクの副作用として、多汗は比較的一般的な症状である。
機序はよくわからないが、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が増大したり、腎機能低下(尿量減少、尿中β2ミクログロブリン増加)が見られることから、水分の代謝に影響していることは間違いないだろう。
口の中の違和感、手足の違和感もフェブリクの副作用の可能性が高い。
痛風を診てもらっている主治医に、減薬あるいは断薬が可能であるかどうか相談するよう、勧めた。
「フェブリクをやめてもなお、発汗が止まらないということであれば、そのときにまたお越しください」と告げて終診とした。
そう、薬の足し算ではなく、引き算で病態が改善するなら、そっちのほうがずっといい。
我が身を守ってくれていると信じている薬が、予想外の形で副作用をもたらしていることがあるものである。