アミノ酸の樽理論(barrel theory of amino acids)、というのがある。
百聞は一見にしかず。この図を見ていただくと早いだろう。

アミノ酸はざっと20種類(体内で合成できない必須アミノ酸は9種類)知られているが、最も少ない摂取量の必須アミノ酸が、他のアミノ酸の利用効率を規定している、という考え方のことだ。
たとえば上の図でいうと、リシンやスレオニンの摂取量が低いため、他のアミノ酸、イソロイシンやバリンをいくら摂ったところで、利用されずに排出されてしまう。

たとえば、異性を選ぶとする。顔、スタイル、性格、知性、年収など、いろいろなチェックポイントがあるだろう。
樽理論にもとづいて異性を選ぶとすると、「あの人、頭がよくてルックスも素敵なんだけど、酒癖が悪くて」とか「かわいくてスタイルがよくても、頭の悪い女はダメなんだ」という具合に、「結局その人の、最も魅力に欠ける属性が、その人に対する最終評価」ということになる。
学校の定期テストでは、英語、数学、理科、社会など、いろいろな科目の試験を受けるけど、樽理論による評価だと、「苦手の数学が40点、他の教科は満点」の生徒の評価は40点、ということになる。

ずいぶん無駄が多いシステムのような気がしませんか?本当に生物は、アミノ酸の利用に際して、樽理論を使っているのかな?そもそもこの理論の初出は?文献で確かめられた事実なのか?
このあたりを調べてみた。
最初に言いだしたのは、農業学者のカール・シュプレンゲル(1840)である。彼は「生物の成長は利用可能な資源の総量によって規定されるのではなく、最も不足した資源(制限因子)によって規定される」と考えた。この理屈が「農業だけではなくて広く一般に成り立つのではないか」と考えたのがリービッヒで、『リービッヒの最少法則』として広く知られるようになった。
「鎖の強さは、結局一番弱い輪っかの強度でしかない」というふうに表現されることもある。
この性質、チームプレーをするスポーツでも成り立ちそうな気がする。一人だけ下手なプレーヤーがいれば、相手チームはその弱点を徹底して突くだろう。「その選手の下手さが、そのチームの強さ」なわけだ。
人間の栄養素にもこの最少法則が成り立つのではないか、と考えたのは、ウィリアム・ローズ(1931)である。ベジタリアンが必須アミノ酸を適切に補うために、様々な野菜から各種のタンパク質を補うことを彼は勧めた。
各種のアミノ酸を単離して、それが健全な成育のために「必須」か「非必須」かを検証していく。現在、必須アミノ酸といわれているものは、一応そういう研究の裏付けがあるものなんだけど、世界を見渡せば、そういう理屈に合わない現象は無数に観察されている。
たとえば、パプアニューギニアの原住民の食生活。彼らが食べているのは、基本的にタロイモとかヤムイモなどのデンプン質だけである。動物性タンパク質はほとんど摂取していない。それなのに、若者たちは筋骨隆々とした体をしている。なぜだ?理屈に合わない。なぜ彼らは健康を保つことができるのか。このあたりの研究はヒプスレーとクレメンツ(1950)に始まる。

一番不可解なのは、彼らがアミノ酸をどこから得ているのか、ということだ。
そもそもアミノ酸とは何か。

ざっくり説明すると、この図にN(窒素)が含まれているでしょう?これが炭水化物や脂肪にはない、アミノ酸(タンパク質)の特徴なんだ。
動物性タンパク質を食べていない人は、このNの供給を絶たれている状態。インがないのだから、アウトも存在しないに違いない。ところがパプアニューギニア原住民の糞便と尿に含まれる窒素量を調べてみると、窒素がしっかり排出されている。
この事実を説明する仮説としては、以下の二つが提唱されている。
・腸内細菌による窒素固定
・尿素の再利用
前者に関して、パプアニューギニア原住民の便を調べたところ、窒素固定する菌種が確かに見つかった。空気中には窒素が大量にある。これからNを吸収できれば、確かに能率的だ。
後者に関しても、やはり腸内細菌が関わっている。腸内細菌のなかにはウレアーゼ(尿素分解酵素)を持つものがいて、これによって、腸内に排出された尿素がアンモニアに分解され、このアンモニアが再びアミノ酸に変換される。つまり、排出されたゴミ(尿素)が、腸内細菌による処理(ウレアーゼ)によりよみがえり、再びアミノ酸として再利用されているわけだ。

このあたりは今も精力的に研究が行われている分野で、たとえばこんな論文がある。
『ヒト腸内細菌叢における窒素固定とnifH多様性』
https://www.nature.com/articles/srep31942
要約
「ヒトの腸内で窒素固定が起こっているという仮説があるが、腸内細菌に本当にこんなことができるかどうかはまだわかっていない。そこで我々は、ヒト糞便中の腸内細菌における窒素固定活性とニトロゲナーゼ還元酵素(nifH)遺伝子の多様性を調べた。なお被験者は、パプアニューギニア人と日本人であり、窒素摂取量は少ない者から多い者まで、様々である。
15N2取り込みアッセイ法により、個々人の窒素摂取量とは無関係に、すべての便標本中に15Nが有意に増加していた。これはアセチレン還元アッセイ法でも確認できた。固定された窒素は、ヒトでの標準的な窒素必要量の0.01%に相当していた(しかし実際のin vivo(生体の腸内)ではこの割合よりもっと高いものと思われる)。
nifH遺伝子をクローニングしてメタゲノム解析したところ、二つのクラスターに分類された。ひとつは、ほぼクレブシエラ属と同じシークエンスからなるものであり、もうひとつはクロストリジウム属のシークエンスに似たものである。これらの結果は、他のヒト集団を対象とした糞便メタゲノムのデータベース解析と一致するものである。
要するに、ヒトの腸内細菌叢には窒素固定を行う潜在能力があり、これはクレブシエラ属とクロストリジウム属が行っている可能性がある。しかし、こうした窒素固定活性が宿主の窒素バランスに貢献しているとするエビデンスは得られなかった。」

世の中には、「不食」を実践する人がいる。つまり、食べずに生きている人が、本当にいる。

ほとんど「びっくり人間」のレベルだから、皆さんが彼らを真に受けて、実践しちゃいけないよ(せえへんか^^;)。
ヒラ・ラタン・マネク氏の不食は、NASAの研究員が確認しているから、エビデンスとしては固い。
不食が可能である背景に、腸内細菌が関与しているのは間違いないと思う。
不食はさすがに極端だから一般的なムーブメントにはならないだろうけど、動物愛護の精神から肉食を極力控える、という思想には、個人的には共感できる。
「健康の維持には肉食は必須。特にビタミンB12は動物性食品以外から摂取することはできない」みたいなのが、一般の栄養学の教えるところである。つまり、この教えに従えば、僕らは動物を殺すことなしに生きることはできない、ということになる。
そうなのかもしれない。人間が原罪を背負って生きていくというのは、そういうことなのかもしれない。
しかし、そうじゃないことを示す反例もたくさんある。
僕の中にもまだ答えはない。