「月に取材した和歌は無数にある。
月の満ち欠けに権力の栄枯盛衰を重ねたり、『あなたを初めて見たのは月の美しい夜でした』といった具合に、月を心象風景として使ったり。
しかし不思議なことに、星を愛でる歌はほとんどない。
当然、千年前の日本の夜空に星が輝いていなかったわけではない。それどころか、電気が普及した現代とは比較にならないほど、漆黒の夜空を美しく彩っていたはずだ。
なぜなのか?なぜ、宮廷貴族たちは星を詠まなかったのか。
その理由はわかっていない。
本当だよ。一見すごく簡単そうに思えることだけど、学者にもその理由がわからない。
恐らく、かつて公家たちの間で、それは暗黙の了解だったのだろう。星はタブーであり、星の話題に触れないことは、彼らの『常識』だった。
そして常識は、わざわざ記録されない。
君たちだってそうだろう。日記を書くとして、『朝みそ汁とご飯を食って、昼にはパンを食って、夜には肉を食った』なんて、そんなこと書かないだろう?
そう、当たり前の日常は、あえて記録されない。紙の貴重な時代には、なおさらのことだ。
記録されるのはむしろ非日常、『お、これは珍しい。メモっておこう』ということが記録され、文字媒体として後世に受け継がれていく。
歴史的文献というのはそういう側面があることを、常に念頭に置いておく必要がある。
こうして、記録されなかった『常識』は、千年経つ間に自然と消滅してしまった。
千年前の人々にとって星がどのような存在であったか、もはや推測するより他ない」

高校のとき、古典の先生が言っていたこと。卒業して20年経っても印象に残っている。
一般に、あるものに気付くことは簡単でも、ないものに気付くのは難しい。
古典を研究している人が、あるときふと、気付いたんだろうね。「星の美しさを詠む和歌って、皆無じゃないか」と。
月のことはあれだけ礼賛するのに、星のことは完全にスルー。言われてみれば確かに不思議だ。
そもそも太陰暦を使っていた頃は、月は夜空に浮かぶカレンダーそのもので、農耕民や漁師にとって極めて実用的なものだった。
かつ同時に、ファンタジーをかき立てる存在でもあって、月から来たかぐや姫の物語なんていうのも千年前に書かれている。

西洋は、日本とは反対に、月よりも星を愛でる文化だ。
星で未来の吉兆を占おうとする占星術も西洋由来だし、「何座?」って聞かれたときにたとえば「しし座」とか「かに座」とかって答える、ああいう黄道十二星座も西洋文化のたまものだ。
ミシュランの三ツ星とか、格付けに星を使うのもそういう文化の名残と言えなくもない。
医学との関連で言えば、現代の病院に欠かすことのできないMRIやCTさえ、実は星の研究が土台になっている。
非常に巨大で、かつ極めて遠くにある物体を造影する天文学の技術を細胞に応用することで、癌細胞を可視化することができないだろうか。
この発想をもとに、開口合成の原理を応用して開発されたのがCTであり、MRIだった。

理科の動画がyoutubeにたくさんあって、最近よく見ている。
物理や化学、生物は得意だけど、地学は中学生以降全然勉強していないので、月の満ち欠けとか惑星の運行とか、小学生を対象にした動画であっても、すごく勉強になって楽しい。
さて、問題です。
月と星、地球から見て、距離的に身近なのはどっち?
圧倒的に月が身近です。
星にもいろいろあるけど、たとえばベテルギウスは地球から640光年離れている。
光年というのは、光が1年間に進む距離だ。
一方、月と地球の距離は、38万km。光年で言えば、0.00000004光年=1億分の4光年。
つまり、地球と月の距離は、地球と星の距離に比べれば、ほとんど誤差程度、ゼロに等しいぐらいの距離だ。
星は、とてつもなく遠い。ベテルギウスから、今、この瞬間に放たれた光が地球に届くのは、640年後ということだ。
ベテルギウスは星としての寿命を迎えつつあるというから、すでに500年前に死んでいて、僕らが見ているのは死後の光だと考えることもできる。
理論上、1000光年離れた星から、極めて精度の高い望遠鏡で地球を見たら、平安時代の日本が見えるはずだ。
かつての公家たちがなぜ星をそんなに忌避したのか、その理由も垣間見えるかもしれない。