中学だか高校だったか、国語の教科書に外山滋比古の『幻滅の錯覚』という文章があって、最近ふと、無性にそれをもう一度読みたくなった。
教科書に載ってるぐらいの文章だから、多分有名な作品だろうから、検索したら出てくると思ったけど、著作権の関係からか、原文をあげたサイトは見当たらない。
見当たらないが、検索して分かったことは、『幻滅の錯覚』は、外山氏の『修辞的残像』という本のなかの一小節だということ。
だからこの文章を読むには、『修辞的残像』という本を探す必要がある。
わざわざアマゾンで買ったり、図書館に探しに行くのもちょっとな、という感じになって、再読の思いはあきらめた。

どういう内容の文章か。
一言でいうと、「思い出は常に美しい」ということ。
ある絵を見て、深く感動した男がいる。その絵は男の脳裏に、一生消えないほどの強烈な印象を残した。
「あの絵はすばらしかった。叶うならば、もう一度あの絵が見てみたい」
その思いを心の底に常に抱えて、男はその後の人生を生きることになった。長い年月が流れた。
あるとき、思いがけず、男はその絵を再び見る機会を得た。
感動の再会、のはずだった。しかしどうしたことだろう。何だかぱっとしない。
「俺があんなに感動した絵は、果たしてこんなだっただろうか」
男は言いようのない幻滅を感じた。
こういうあらすじの芥川(だったかな?)の小品を例としてひいて、著者の外山氏は、人間のなかにある、思い出補正(および美化)機能を指摘する。
だいたいそういう内容だったと思うんだけど、細部は当然忘れてるから、もう一回読みたいんだよなぁ。

この文章は学校の授業で読んだから、僕はそのとき十代だった。
今、それから二十年が経って、絵に失望した男の気持ちが、十代のときよりもっとわかる気がするんだな。
十代二十代で、いろいろな小説や音楽、映画なんかの芸術に触れた。ふとした機会に、そうした作品に再会することがある。
「うん、やっぱりすばらしい」とまた感動できることもあれば、「あれ?こんなにつまらなかったっけ」となることも案外多い。
人生は、幻滅の連続なんだということ。年をとってみて初めてわかる人生の味というのがあるね。
初恋の人には絶対会っちゃダメだな^^;

数年前に東京で医者をしている友人のところに遊びに行った。
久しぶりの再会だったから、彼、気を遣って、ちょっとお高い料亭に連れて行ってくれた。
昔の話、今の話を織り交ぜた雑談をしながら、酒を飲んでいた。
酒の種類が豊富で、どれもおいしそうに見えるから、メニューの端から順番に注文するような飲み方をしていた。
ある酒が来て、それを口に含んだ。とりとめのない雑談を、いったんさえぎって、
「あのさ、この酒、おいしくない?」
「俺も思った。おいしいな」
「いや、ちょっとおいしいな、どころじゃないよね。めちゃくちゃおいしくない?」
「うん、わかる。めちゃくちゃうまいと思う」
そう、僕らはこの焼酎にはまった。その後は他の酒を注文するのはやめて、この焼酎だけを飲んだ。何度口をつけても、確かにおいしかった。こんなにうまい焼酎があるのかと思った。

魔王や森伊蔵のような有名どころではなく、宮崎の焼酎だった。
僕は酒に詳しいほうではないけど、そんなに一般的な知名度はないと思う。少なくとも、僕はこのとき飲むまで知らなかった。
かといって、こういう東京の料亭に置いてあるくらいだから、すごくマイナーというわけでもない。
この焼酎の味は、僕のなかに強い印象を残した。
「あの澄んだ、透明な味。涼しい甘さ、とでもいうべき味は、他のどの酒にも似ていない。すばらしい酒だった」

あの酒は、なぜあんなにおいしかったのだろう。
酒のおいしさを構成する要素って、いろいろあると思う。
誰とどういう状況で飲むか、そのときの自分の体調はどうか、一杯目か何杯目か、つまみに何を食べるか、とか。
酒の味は、酒の味だけじゃない。味を決める変数は無数にあるんだな。
苫米地英人がこんな意味のことを言ってた。
「仕事で海外に行くことも多いが、どこのホテルに泊まるのであれ、バーで飲む酒はラフロイグと決めている。
どこの国であれ高級なバーなら、まず間違いなく置いてるし、その味をどう感じるかで、自分の体調のよしあしがつかめるから」
なるほど、これはちょっとした男のおしゃれだな。

ネットで簡単にものが買える時代である。
しようと思えば、あの焼酎を買うこともできるだろう。それも今すぐ、ワンタッチで。
しかし、買っていない。
なぜか。
僕は一人では酒を飲まない。誰かと一緒にいるときだけ、外に飲みに行ったときだけ、飲むことにしている。
だから、ネットで酒を買うというのは、自分のスタイルに反している。
というのが、自分のなかでの一応の理由なんだけど、本当のところは、「幻滅の錯覚」が怖いんだと思う^^;
やっぱ、幻滅って、決して気持ちのいいものじゃないからね。