人間は何のために生きるのか?
哲学や宗教が答えようとしてきた一大テーマで、古今の偉大な思想家が様々な考察をめぐらしてきた。
この問題に対して、僕が一言で答えよう。
それは、「幸せになるため」だ。

当然反論はあると思う。たとえば僕は岡本太郎が好きだけど、彼は「幸せ」などという甘っちょろい言葉が大嫌いだった。
「幸せなどというぬるい言葉があるせいで、皆、不幸に陥る。こんな言葉、なくしてしまえ。
人生の意味?そんなもん、知らん。ただ、与えられた生を、熱く、情熱的に生きる。それだけのことだ」
いかにも芸術家らしくて、これはこれでひとつの答えだろう。
理性的な人は、「では、幸せとは何なのか?」と突っ込んでくる思う。
これはこれでおもしろいテーマだけど、ひとまずそこは流してほしい。
細かい定義はさておき、「幸せ」という言葉には一応の共通了解があるはずで、ここではそういう、何となくの意味で使っている。

では、どうすれば、幸せになれるのだろうか。
幸せを手に入れるために、人間には何が必要なのだろうか。
思想ではなく、科学によって、この問いに答えようとする研究がある。
ハーバード大学による成人発達研究、通称”Grant Study”である。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Grant_Study
1939年にスタートした研究で、1939年から1944年にハーバード大学に在籍した心身ともに健康な268人(それプラス、セカンドコホートとして、1940年から1945年にボストン近郊で少年時代を過ごした456人)をフォローする研究だ。被験者724人は全員アメリカ国籍の男性である。
なんと、この研究はいまだに続いている。研究の終了は、被験者全員が死亡したときだ。80年以上継続中のコホート研究というのは、多くはない。
被験者は、2年おき行われるアンケートでフォローされているが、インタビュワーが被験者のもとに直接出向くことも多々ある。
精神および身体の健康、仕事を楽しめているか、退職後の人生や夫婦仲はどうか、などの情報が収集される。
かかりつけの主治医からカルテを手に入れたり、家族との会話をビデオに収めたりすることさえあって、膨大な手間と時間が注ぎ込まれている。
この研究の目的は、「幸せな老年を迎えるにあたって、何が必要か」を究明することだ。

この研究は、被験者の様々な人生模様を見つめてきた。
724人には、724通りの人生がある。弁護士や医者になった者、サラリーマンや肉体労働者になった者、スラム街でホームレスになった者、など、実に多様な人生があった。
経済的に成功した人もいたし、失敗した人もいた。健康的な長寿を迎えた人もいれば、若くして亡くなった者もいた。
彼らの人生をフォローしていくなかで、研究者はついに「人間の幸福にとって、最も大事なことは何か」に対する答えを発見するに至った。

何だと思いますか?五択問題にしました。
ちょっと考えてみてください。
「次のなかから、人間が幸せになるために最も重要なものを選べ」
1.経済的豊かさ
2.心身の健康
3.良好な人間関係
4.人望、評判などの名声
5.「足る」を知ること

大金持ちで地位や名誉があっても不幸な人は山ほどいるから、1と4は外せる。
5は老荘思想っぽいというか、東洋的なにおいがあって、アメリカのコホート研究から導き出される結論ではなさそう。
多分、2か3だろう。アドラー的には3だろうけど、個人的には、職業柄もあって、2を選ぶかな。
金がたっぷりあっても人間関係に恵まれていても、健康がなければ、人生何ひとつ楽しめないでしょう?
しかし、研究者の導き出した答えは、3だった。
研究リーダーは以下のように言っている。
「幸せへの道は、富でも名声でも、必死に働くことでもない。我々の体を健康にし、心を幸せにしてくれるのは、『良好な人間関係』。これが我々の結論である」

もちろん、健康はどうでもいい、ということではない。
健康は非常に大事だが、それ以上に大事なのは人間関係で、良好な人間関係を維持している人では、心身の健康度が高い。しかし困ったときに頼る人がいない人では、記憶力など脳機能の低下が顕著、ということが判明した。

この研究によって見えてきたことはそれだけではない。人間の人生に関する様々な知見が得られた。いくつかピックアップしてみよう。

・アルコール依存症は人生を破壊する。
被験者男性の離婚原因は、アルコールが最も多かった。
アルコール消費量と神経症およびうつ病の間には強い相関があった。これらの症状はアルコール乱用の後に起こっており、症状が先行して飲酒を引き起こすのではない。
また、酒とともに行われる喫煙が、死亡率を引き上げる最大のリスク因子である。

・経済的成功は、知能よりは人間関係に左右される(ただし一定以上の知能は必要)。
『良好な人間関係』の評価項目で最高点を記録した群では、給与のピーク時(多くの場合55歳から60歳の間)に年収にして平均14万1千ドル多く稼いでいた。
IQが110〜115の被験者が稼ぐ最大年収と、IQが150以上の被験者が稼ぐ最大年収の間には、有意差がなかった。
(ちなみに、IQは100が標準。東大生の平均IQは120)

・子供時代に母親と良好な関係を築けていた被験者は、そうではない被験者と比べて、平均年収が8万7千ドル多かった(できる男はマザコンなんよ^^)。
また、子供時代に母親との関係性が悪かった被験者では、老年になってから認知症になるリスクが高かった。
仕事の能力は、被験者が子供時代に母親と良好な関係性を保てたかどうかと相関していた。しかし、父親との関係性は相関がなかった。
子供時代に母親と良好な関係を保てていたことは、75歳時点での『人生の満足度』と相関がなかった。
子供時代に父親と良好な関係を保った被験者男性は、成人期以後不安症の罹患率が低く、休暇を充実して楽しむ性格と相関があり、75歳時点での『人生の満足度』が高かった。

研究者の結論としては、「人生全般を通じて、良好な人間関係は『人生の満足度』に最も大きな影響を与えている。言い換えると、『幸せとは愛情である』ということだ」

実におもしろい研究だ。
いわれてみれば常識的なことばかりなんだけどね。
「酒の飲み過ぎはダメ」とか「子供時代を幸せに過ごすことは大事だよ」とか。
でもそういう「おばあちゃんの知恵袋的処世訓」が、コホート研究でしっかり裏付けられた、ということに意味がある。

IQ150以上とか、ズバ抜けた頭の良さが経済的成功と相関していない、というのもおもしろい。
IQの高さがアスペルガー的な要素によるものだったら、知性としてはアンバランスで、人間関係とか世渡りが下手なのかもしれない。
IQというのは、単なるロジックの運用能力であって、そんなのはほどほどにできれば充分。それよりも、場の空気をすばやく察したり機転のきいた受け答えをしたり、っていう、「数字で測れない能力」のほうが、社会的成功には重要ということだろう。
この事実を研究者は「頭の良さよりも人間関係が大事」と解釈してるけど、それもあるだろうけど、それだけかな。
本当の意味で頭がいいと、人生のむなしさが見え透いて「金はほどほどでいい。バカみたいに稼いで何になる」ってなるんじゃないかな。

思春期の頃には、両親と仲がいいことが恥ずかしくて、親と仲が悪いことをことさらに吹聴したりしたものだけど、この歳になってみると(あるいは母に他界されてみると)、親との関係性が重要というのは、実感としてわかる。
今でも、幼少期の「安心とワクワクの記憶」を、ふと思い出したりする。
常に立ち返って、ふりだしを確認して、前に進もうとする。過去だから終わり、じゃないんだな。