タクシーの運転手がよくしゃべる人だった。
「お客さん領収書いります?ああそう。じゃ、出しますね。
これ、見てください。平成でしょ。年号が。
困ってるんですよ。領収書の冊子が束でまだいっぱいあるものだから、早く使い切ってしまいたいんです。
何の話をしてるのかって?
知ってますか、お客さん。
来年の今頃はもう平成じゃないんですよ。
平成は、残り一年を切りました。
だから、今年は、何をやっても、「平成最後の」ですよ。
平成最後の夏ですし、平成最後の海開きですし、今日は平成最後の6月22日です。
そう、平成が終わるんです。すごい話じゃありませんか。
何か感慨深いものがありませんか。30年。いろいろあったなぁって。
今は年号よりは西暦のほうが使うこと多いでしょ。
でも私らの世代はね、年号が当たり前の世代でした。
私、昭和34年生まれですけど、西暦使うなんてよほど特殊なことがない限りなかった。何年、といえば、それは年号が当然でした。
だから、急に西暦で言われてもピンとこないんです。
今って、ほら、テレビなんかで昔の出来事を振り返ってて、1972年に何があって、みたいな話が出ても、頭の中で昭和に換算しないとイメージがわかないです。
時間軸の基本は、私にとって昭和なんです。
お客さん平成生まれでしょ。西暦が基本で育ってるから、こういう感覚ってわからないでしょうね」

いえ、僕も昭和55年なので、おっしゃってることの雰囲気はギリギリわかる世代です。
平成が終わることに感慨深いものを感じるのは、僕も同じですよ。
平成のど真ん中に青春時代を過ごしましたから。

運転手さん、目的地に着いて、会計のときに、ぽつりと、
「領収書の年号ね、次の発注からは年号じゃなくて西暦で行こうかと思ってるんです。もう、あちこち西暦なんでね。合わせていかなしゃあないかな、と」

年号で育った世代には西暦表記には違和感があるんだな。
僕はギリギリその違和感を共有できる世代だけど、現場でしょっちゅう西暦も使うから、さすがに慣れたな。
懐古的になる気持ちもわかるけど、適応していかないと仕方ないよね。

ただ、年号は世代をまとめるのに便利なくくりだと思う。
病院現場では、明治生まれの患者なんてもはやお目にかからないし、大正も相当少ない。今が昭和でいえば93年であることを考えると、それも当然だな。
今のところ、昭和生まれのほうが平成生まれよりも多い大集団だけど、それでもあと何十年もすれば、
「まぁ、この人、珍しい。昭和生まれですって。長生きねぇ」などと希少種みたいに言われる時代が必ず来る。
年号はビジネスとかの実用的な場面ではますます使われなくなるだろうけど、少なくともそういう具合に、世代を表す符丁としては残っていくと思う。