将棋好きが高じて、近所の将棋道場にちょくちょく行くようになった。
久しぶりに顔を合わせた50代半ばのおじさんと対局。アマチュアで3段の棋力だ。
局後の感想戦。
「いやぁ、先生もなかなかじっくりした将棋を指すようになったね。
終盤は難解だった。先生のこの、☗1八角。遠見の角。これにはしびれた。プロの一手だ」
負けると超不機嫌になることで有名な人なんだけど、勝ってご機嫌。おじさん、こういうときは、相手の手をほめる余裕がある^^;

道場で相手を前にして指す将棋は、ネット対局で指す将棋と全然違う。
ネット対局ばかりしていたときには、序盤で僕のほうから無理に仕掛けて、居玉のまま殴り合うような将棋が多かった。
序盤でいきなり飛車を切って角を成って、相手の虚をつくような奇襲。相手も級位者だったら、それで一応それなりの「将棋」になった。
でも、道場で生身の人間を目の前にすると、「こんな手を指して恥ずかしい」という意識が生じる。
カッコをつけて「上手はこういうふうに指すんでしょ」というような手を指す。深い理解の伴った指し手じゃないから、咎められると、対応に困ったりする。
以前のように、無防備に仕掛けていた頃のほうが、素人なりの迫力があって、かえって強かったところがある。
空手は、習い始めの頃が一番弱い、という。なまじっか慣れない『型』を使おうとして、自分のなじみのスタイルを失う。
テキトーに殴ったり蹴ったりの無手勝流のほうが意外に強い、というのはありそうなことだ。
僕の将棋もそれと同じで、道場に行きだしてから、僕は少し弱くなった。
急戦を仕掛けていたところで、玉の囲いに一手かけたりする。でも、向こうはもっと固める。
「定石を覚えて二目弱くなり」というのは囲碁の言葉だけど、将棋にも当てはまりそうだ。

「先生さ、あんまり薬使わないクリニックなんだって?それはいいことだと思うよ。
俺、40代の頃、血圧が高いって会社の検診で言われて、血圧を下げる薬を飲み始めたことがあるんだよ。
飲んでても特に体には副作用も何もなかったんだけどね、ただ、将棋がものすごく弱くなった。
手が読めないんだよ。
ざっと20手ぐらい先まで難なく読めてたところ、10手ぐらいしか読めなくなった。
頭の中に候補手の樹形図がある。そのひとつひとつの局面を、頭の中の将棋盤に描くんだけど、将棋盤がぼんやり曇って、読めなくなった。
そのことに気付いて『なんて恐ろしい薬だ』って思ってね、飲むのをすぐにやめたよ」
降圧薬は脳血流を低下させる。将棋で極限まで頭を使うおじさんには、薬の危険性が身を以てよくわかったということだ。
やめて正解だと思う。

ところで皆さん、奨励会ってご存知ですか。
奨励会とは、将棋のプロ棋士の養成機関のことだ。
プロ棋士は皆、この機関を経てプロになるんだけど、奨励会は入るのも超難関だし、そこで勝ち星を重ねてプロになるのはもっと難しい。
プロを目指す腕自慢の子供が全国から集まってきて、年に一回行われる奨励会試験を受ける。https://www.shogi.or.jp/news/2018/07/30_8.html
まず、一次試験で受験者同士で対局を6局行い、4勝すれば通過、3敗すると失格となる。次の二次試験では、現役の奨励会員を相手に3局指し、1勝でもできれば合格。
受験者は毎年だいたい30~40人、合格するのはおよそ3,4人と、入ることさえ非常に難しい。
入ってからも大変で、むしろ入会してから本当に熾烈な戦いが始まる。
奨励会ではまず6級から始まり、月に2回の対局を行い、規定の成績をおさめれば昇級していく。最初の難関は初段になることで、満21歳までに初段になれなければ退会となる。
何とか初段になったとして、次の難関は三段から四段への壁だ。
三段から四段になるには、「三段リーグ「という同じ三段同士でのリーグ戦を戦い、上位2人に入る必要がある。三段リーグの参加人数は約30人。半年かけて18回の対局を行う。
ここを勝ち抜ければ四段、すなわち、晴れてプロ棋士の仲間入りとなる。しかしここでも年齢制限があって、満26歳までに四段になれなければ、強制的に退会となる。
奨励会に入会した人がプロ棋士になる割合は、おおよそ1~2割。
プロ棋士になれるのは、毎年たったの4人。ちなみに東大の入学者数は、毎年3000人以上。プロ棋士になるのは、東大生になるよりはるかに難しい。

28歳男性。元奨励会員と話す機会があった。
「14歳で奨励会に入会しました。それなりに順調に昇級して、18歳で初段になり、22歳で三段になりました。
藤井聡太さんが14歳で中学生棋士になったことを思うと、それほど早いペースではありません。
22歳で三段リーグを戦うことになり、年2回のリーグ戦ですから、26歳の年齢制限までにプロになる機会が8回あったわけです。
しかし三段リーグの壁は厳しかった。残念ながら上位2人に入ることはできず、奨励会を去ることになりました。
でも将棋をやめたわけではありません。小学生に将棋を教える講師をしていますし、アマチュアの大会に参加しています」
昨年のアマチュア将棋名人戦でベスト16まで勝ち進んだ。ベスト16で敗れたものの、その対局の勝者がトーナメントを制し、アマチュア名人を獲得している。
その人は再編入試験でプロを目指すと公言している。再びプロを目指す気持ちはないですか。
「そこは何とも言えないです。ただ現時点では、プロになれるかなれないか、という気持ちでやっているわけではありません。
今は純粋に好きだから、将棋が楽しいから、やっているという感じです。
でもこういうことが言えるのも、将棋とある程度距離を置いた今だからこそ、かもしれません。
奨励会時代は、もう必死でした。
奨励会員というのは、勝利がすべてなんです。『負けたけど、いい将棋だったな』なんてのんきな気持ちではダメなんです。
その点、逆にプロ棋士のほうがむしろ穏やかだと思います。プロに求められるものは、勝利だけではありません。
プロは、ファンの存在を意識しないといけない。たとえばNHK杯はテレビ放送もされるから、途中で負けを悟っても、ファンのために最後まで指すということがあります。
それに、プロ棋士の棋譜はファンも見るし、後世に残ります。
何が何でも勝ちにこだわった将棋、相手のミスを誘発してでも勝ちに行く醜い棋譜よりは、きれいな棋譜を残したい。プロはそういう意識でやっています。
でも奨励会員は違う。とにかく勝つことが至上命題なんです。
その点、今はそれほど追いつめられた必死さはありません。もちろん勝ちたいと思って指していますが、純粋に将棋が楽しいんです。
年齢制限で瀬戸際に追い込まれた最後の三段リーグ。
私は、初戦から5連敗しました。5敗してしまったら、もうこの時点でプロになれる可能性はほぼ消えているんです。
でも自分の中で、何か吹っ切れたんですね。その後、急に勝てるようになって。5連敗後に行った13回の対局では、9勝4敗と好成績をおさめることができました。
そのうちの1敗は、藤井聡太さんに敗れたものです。
藤井さんが見事にプロになったその三段リーグで、私のプロになる夢が消え、年齢制限で退会することになりました。
さぞ無念だろう、悔しいだろう、っていろんな人が言ってくれるのですが、それほどでもありません。
自分の持てるものすべてを出し切った、やり切った、という思いがありますから。
小学生の頃からずっと毎日、将棋漬けの生活を送ってきました。将棋には本当に多くのことを教わりました。
将棋への恩返しがしたい。そういう思いで、今、子供に将棋指導をしています」

将棋人生のなかで、最高の対局、この一局、というのがありますか、と聞いたところ、彼、言葉につまった。
奨励会で自分の持てるものすべてを出し切った、とは言うものの、今も将棋の研究は続けている。
アマチュアの大会に出場し、好成績をおさめている。「ただのアマチュア」というには、あまりにも強すぎる。
実際、奨励会時代に、後にプロになった人からも多くの勝ち星をあげている(増田康宏、都成竜馬、佐々木大地、大橋貴洸、西田拓也、本田奎など)。
実力的には、プロになって何らおかしくなかった。「自分の最高の対局はこの一局だった」という、過去形で自分を語る心境ではない。
「最高の対局は、未だ指されていない次なる将棋」という意識で、今も熱い闘志を胸に秘めているのではないか。

「最高の将棋、かどうかわかりませんが、三段リーグの最後の在籍時、初戦から5連敗した後、かえって力みが取れて、純粋に将棋を楽しもうという気持ちになり、かえって勝てるようになりました。
これは、そういう心境で指した一局です。自分なりの持ち味が出せた将棋かなと思います」
先手:S・M 三段 後手:A・T 三段
1 2六歩 2 3四歩 3 2五歩 4 3三角 5 7六歩 6 4二銀 7 4八銀 8 3二金 9 4六歩 10 7二銀 11 3六歩 12 6四歩 13 3三角成 14 同 銀 15 7八銀 16 6三銀 17 3七桂 18 4二玉 19 6八玉 20 5二金 21 1六歩 22 7四歩 23 4七銀 24 8四歩 25 5六銀 26 7三桂 27 7七銀 28 5四銀 29 7八金 30 6五歩 31 4八金 32 6四角打 33 4七金 34 4四歩 35 7九玉 36 3一玉 37 1七香 38 6二飛 39 2六飛 40 4三銀 41 6八銀 42 5四歩 43 8八角打 44 4二金右 45 4五歩 46 8五歩 47 3五歩 48 8二飛 49 7七角 50 8一飛 51 9六歩 52 9四歩 53 4四歩 54 同銀左 55 3四歩 56 3五銀 57 2九飛 58 4四歩打 59 4五歩打 60 7五歩 61 同歩 62 3四銀 63 4四歩 64 7六歩打 65 8八角 66 5五歩 67 同銀 68 7五角 69 3六歩打 70 8六歩 71 同歩 72 8七歩打 73 同金 74 8六角 75 同金 76 同飛 77 6四角打 78 8七飛成 79 7八歩打 80 5八金打 81 2八飛 82 4六歩打 83 5六金 84 6九金 85 同玉 86 8八龍 87 3五歩 88 3六角打 89 5九玉 90 4七歩成 91 4六金打 92 8九龍 93 7九銀打 94 同龍 95 同銀 96 4八銀打 97 同飛 98 同と 99 同玉 100 1八飛打 101 3八飛打 102 同飛成 103 同玉 104 1八飛打 105 投了