「君たちね、学生時代の友人は大切にしたほうがいいよ。
なぜって、医者になるとね、周りは君らのことを『先生、先生』って立ててくれる。患者からはぺこぺこ頭下げられたり、業者からおべっか使われることもあるだろう。
そういう環境に長くいると、つい勘違いしちゃいがちなんだよ。何か自分が、すごく偉い存在になったような気になってしまう。
でも違うからね。
言ってくれないだけなんだ。
君たちはお医者様になる。お医者様相手に、『それは間違っているよ』とかピシャリと言ってくれる人なんて、まぁなかなかいないよ。
そういうときに大事なのが、学生時代の友人だよ。
『アホやなぁ』とか軽く言って、自分をたしなめてくれたり、冗談まじりにいじってくれたり。
今後の君らの人生でそういう友人ができるのは、学生時代が最後のチャンスだろう」

医学生の頃に、何かの授業中、講師が雑談めかして言ってた言葉。
どんな講師だったか、名前も顔も忘れたけど、この言葉だけは覚えている。
それはこの言葉に、講師の実感がこもっていたからだと思う。
無味乾燥な医学用語はろくすっぽ記憶に残らないけど、こういう、気持ちの乗った言葉って、案外心に残る。
それどころか、この言葉は僕の中でますます重みを増している。
本当に講師の言った通りだと、僕も実感しているからだ。

自分の専門とする科を選んで、その専門の中で勉強し経験を深めていくわけだけど、そうなると、他科のことはもう分からない。
自分と同じ専門分野であれば、相手の知識、経験、力量を推し量ることもできるけど、他科の先生となれば、実力は未知数だ。
そこで、ひとまず、他科の先生への敬意、という大前提のマナーが生まれる。
経験年数の浅い若手の先生であれ、自分とは別の科の先生なのだから、まずは相手を立てる、というのが、医者間での暗黙のルールなんだ。
でも、学生時代を共に過ごした友人は違う。
面識のない医者にはとても言えないようなことも、軽く言いあえたりする。

きのう、中学校の同級生と一緒に飲みに行った。
彼も開業医をしている。
彼と話していると、白衣を強制的に脱がされるような感覚になる。
いや、もちろん、白衣でバーに飲みに行っているわけないんだけどね笑
医者になった当初は意識してかぶっていたはずの『医者の仮面』が、自分でも知らぬ間に素顔に食い込んでいるようなところがあって、彼と話していると、その仮面を一挙にひっぺがされるんだ。
「14歳のときのあつしは、ホンマ下品やったわー」とか昔の話をされると、医者としてのプライドとか職業意識とか、一瞬のうちに雲散霧消して、声出して笑わざるを得ない。
しかもこの感覚、不思議と不快じゃない。白衣という虚飾から解放されて、中学生のときの気持ちに戻れるようで、こういう感覚っていいものなんだ。
案外彼のほうでも同じものを感じてるんじゃないかな。

「子供がね、受験するって言ってる。どこの学校狙ってると思う?俺らの母校やってさ」
この言葉を聞いたとき、 僕は何て遠くまで来たんだろう、って思った。
子供世代が、僕らの出身校を受験しようとしている。
本当に一世代、回ったんだなぁと。僕も彼も、もうそういう年代なんだなぁと。
そして何か、せつないような、たまらない気持ちになった。

「こうやって次の世代が出てきてさ、何か、俺ら押し出されていくみたいやね」
と僕が言うと、彼、そういう感傷にはひたらず、ややぶっきらぼうに、
「とりあえずあつしは、まず結婚して、子供作ったほうがええわ」
こういう直球も、医者としての自分には言ってくれる人はなく、かつての同級生だからこその言葉であって、言われて僕も、大きな声出して笑う。