オノ・ヨーコが東京からニューヨークに戻るため、空港のラウンジで飛行機を待っていたときのこと。
備え付けにある本の中からたまたま手に取った本が、リンゴ農家木村秋則氏の半生を綴った『奇跡のリンゴ』(石川拓治著)だった。
読み始めたら、止まらなくなった。
飛行機の搭乗時刻が迫ってきた。ラウンジの受付嬢が「そんなに興味を持たれたのであれば、どうぞお持ちください」と言ってくれ、その好意に甘えた。
一気に読了し、確信した。「この本は、革命だ。世界中の人々に読まれる価値がある」と。
一人の農家が十年間の苦労を経てリンゴの無農薬栽培に成功した、というのが話の大筋だが、それだけではない。
この本には、確かに、「哲学」がある。
無農薬、無施肥、無耕起、無除草という、四無。
農薬はいらない。肥料もいらないし、耕したり、雑草を抜いたりする必要さえない。
人為は、いらない。むしろ、人間が下手に手を加えるから、バランスが崩れてしまう。
リンゴに群がる虫は、憎むべき悪者ということになっている。しかし、虫たちは、自然のバランスを是正する有り難い存在なのだ。
人間が口にすべきでないような果物が実ったとき、虫たちは人に代わってそれらを食べてくれているのだ。
木村さんが栽培したリンゴは、腐らない。自然のままに育った果物というのは、本来、そういうものなのだ。
木村さんの農法は、リンゴだけに当てはまるものではない。他の農産物の栽培にも適応できるものだろう。
世界中に木村さんの農法が広まり、私たちが口にする食品すべてが、そういうふうに自然に育った農産物であるならば、、、
私たちの体は根本から変わり、この世から病気は消滅するだろう。世界は、はるかにすばらしい、住みよい場所になるだろう。

オノ・ヨーコはすぐに動いた。
出版社と著者に連絡をとった。翻訳され、世界中で読まれるべき本だと伝えた。
あのオノ・ヨーコが、英語版の出版に尽力してくれると言うのだから、出版社としては断る理由はない。
彼女はアメリカの出版社にも働きかけた。具体的に翻訳の作業も着々と進めた。
そうしていよいよ、アメリカの書店で英語版『Miracle Apples』が販売、となる直前。
不測の事態が起こった。

木村さんのケータイに、電話があった。「非通知の番号だ。誰だろう」と思いながら、電話を取った。
「もしもし、木村さんですか。ヨーコです」
「ヨーコって、どちらのヨーコさん?」
ちょっと前なら覚えちゃいるが、一年前だとチトわからねえなぁ、というわけでもないが笑、木村さん、聞き返した。
「オノ・ヨーコです。英語版の出版の件でお話がありまして」
そこで、以下のことを伝えた。
アメリカでの出版が中止になった。
出版の契約自体がご破算になったわけではないから、契約金などは翻訳者らに支払われる(それだけに、他の出版社に出版を持ちかけることはできない)。
ただ、とにかく、翻訳版がアメリカで出版・流通することはない。

巨大な力が動いている。
彼女はそう直感した。
様々な情報筋や探偵などを使って、背後の事情を調べた。
出版の差し止めに動いたのは、モンサント社だった。
そしてモンサント社のバックに控えるのは、ロックフェラーだ。
彼らにとって、この本は、ただの農家のサクセスストーリー、ではない。看過することのできない「危険思想」である。
こんな思想が世界に広まることは、断じて容認できない。芽は、小さなうちに摘んでおかねばならない。
そこで彼ら、本気で潰しにかかったのだ。
夫を殺された彼女には、彼らの恐ろしさが誰よりもよく分かっていた。
電話の最後に、言った。
「木村さん、アメリカには絶対来てはいけません。来たら、間違いなく殺されますよ」

警告を受けるまでもなく、身の危険は感じていた。
町を歩いていて、いきなり背後から羽交い締めされた。
「自然栽培をやめろ」そして、妻の名前、娘三人の名前を言い、「危害が及ぶのはお前だけだと思うなよ」
木村さん、そういう脅しに屈せずに、自然栽培の普及活動を続けた。
暴力に屈しないと見るや、今度は金で丸め込もうとしてきた。
高級ホテルの一室に招き入れられ、紳士が小切手を示す。驚くような金額が書かれている。
「アメリカのモンサント本社にご案内します。ファーストクラスの旅費はもちろん、当社が負担します。お越しになられれば、このお金はあなたのものです」
木村さん、その提案を断った。
それでも何とか懐柔しようと、押し問答が繰り返されたが、木村さんの答えは変わらなかった。
翻意の不可能を悟ったとき、紳士は血相を変えて言った。
「お前はどうしようもないバカだな」
木村さん、澄ました顔で答えた。
「そうです。私、バカです」
暴力にも金にも屈しない。それが木村秋則という人だ。

旧約聖書で知恵の実を象徴する果物はリンゴだが、木村さんが自然農業の本質的な知恵を獲得できたのもリンゴのおかげだった。
この本のすばらしさに気付いたオノ・ヨーコがThe Big Apple在住だというのもどこか暗示的で、リンゴをめぐって様々なものがつながっているようだ。
インターネットの時代である。本として出版できなくても、少しでも多くの人に知ってもらえたら、という思いで、翻訳版をネット上に全文公開することに踏み切った。

Intro by Yoko Ono

ジョン・レノンは本気で世界平和を願っていた。
その本気さが彼らの逆鱗に触れ、彼は殺されてしまった。
夫の無念は、彼女にそのまま引き継がれた。
85歳になってなお、彼女は彼らとの静かな戦いを続けている。

参考動画