今さっきあったこと。
「院長、お客さんが来てます」と看護師が言う。手渡された名刺を見た。神戸市北区の開業医。そして、どこかで見覚えのある名前。
まさかひょっとして、と思い、診察室を出てみると、やっぱりそうだった。
中学の同級生がそこにいた。
「久しぶり。いきなりだけど、来てみたよ」と、菓子折りを手渡しつつ、「たまたまきのうネットで検索してて、君のことを見つけた。写真も出てたし、名前もそうだし。いやぁ、驚いたなぁ」
そうしてすぐさま、あいさつに来てくれたのだった。
驚いたのはこちらも同じだった。
部屋に通し、いろいろな話をした。
中学を卒業してからの経緯をお互い話し合い、同級生の誰々が今どういう仕事をしているだとか、旧知の友人が再開したときに話しそうなことを一通り話した。
「開業しているが、僕が自力で開業したわけじゃない。引継ぎだよ。大学の医局に所属していたら、こういう話は時々転がってるものだから。こういうのは地元の医局の強みだね。
ところで、4年前に同窓会があったんだけど、知ってる?」
「いや、知らない。実家引っ越したし。フェイスブックとかでもつながってないから」
「そう、どうも連絡がつかなかったみたいだね。あつし今頃どうしてるんだろう、って話も出たけど、誰も君の消息を知らなかった。
僕は思うんだけど、同窓会に来ないタイプには二通りあると思う。一つは、単純に連絡がつかないタイプ。もう一つは、絶対に出たくない、というタイプ。
今の自分を肯定できる人でないと、ああいう場には来れないよね。
あつしは、、、なんというか、中学生のとき勉強できたし、プライドも高かっただろうから、そのプライドに見合うだけの『今』がないせいで、来れないのかもしれない、とかね、僕はふと思ってた。
でも医者をしてて開業してるわけだからさ、だからこそ驚いたんだ。全然立派な仕事をしてるじゃないかって。
同窓会ってさ、確かに何だか気恥ずかしい感じはあるよね。そういう気持ちのせいで、同窓会には出ないっていうのは、二十代ならわかる。まだ未熟で、社会的にはnobodyだから。
でも俺ら、もう37歳でさ、人生としてはある程度固まってきている年代でしょ。昔の友人に会えることを楽しみに思うっていう、それぐらいの余裕は欲しいところだよね」
「そう、俺らもう、37歳なんやなぁ。信じられる?」
「信じられへん。14歳の頃が、もう20年以上前のことだなんて、全然信じられない。」

このとき、同じ気持ちを分かち合える人がいる、ということが痛切に感じられて、何だか慰められるような気持になった。
そう、僕らは同級生だった。
退屈を持て余したような青春の日々を一緒に過ごした。
学校の帰り道でバカバカしい遊びを一緒にしたり、エロい話をして爆笑したり。
お互いの未熟な面をさらしあった仲間。
やがて別の高校に進学し、それぞれの人生を歩み始める。
中学を卒業して22年。
もう若くない。
身体的にはすでにピークは過ぎ、あとは下り坂。
深酒すれば翌日に差し支える。激しい運動をすれば、なかなか消えない疲労感。
そう、もう若くないんだ。37歳というのは、自分の老いを自覚する頃でもあるんだ。
そんなときに、目の前に、同級生が現れた。
この22年という時間の流れ、その重さを、自然と分かってくれる同級生が。
僕はうれしかった。

「結婚してるの?」
「してる。子供も二人いる。上は小学校4年生、下は幼稚園の年少。あつしは?」
首を横に振る。
「まぁ、独身生活の気楽さもいいものだよね。
子供いたら何かと大変だよ。僕に似てるというか、放っておいたら怠けてしまうから、塾に行かせてるよ。
医者になれよ、なれば何でもつぶしがきくぞ、と教えてる。結局世の中、勉強やもんなぁ。
勉強して何がえらい、ってわけでもない。でも、勉強で成り上がれるというのなら、なんというか、実に平等な話だよね。
ところでさ、今日、晩御飯でも行かへん?」

もちろん行こう、と答えた。
22年ぶりの同級生と飲む酒。
こういう楽しみは人生にそれほど多くはないと思う。