最近はThomas Levyという人の本にはまってる。全然知らない人だったんだけど、4月末に東京で行われたオーソモレキュラー学会に講演者として来てて、その講演聞いて、すごい人だなと思って、著書を読み始めた。
“Curing the Incurable”という本のなかから、印象的な記述があったので、ざっと紹介します。原著は英語だから、僕の翻訳ではちょっとテキトーなところもあるかもしれないけど、許してね´Д`

2000年7月2日の日曜日のゴールデンタイムに、メリル・ストリープ主演のテレビドラマ『まず害をなすなかれ』が放送された。
実話に基づいた話をドラマ化したもので、ストリープ演じる母親とその幼い子供の話。
その子、てんかんの発作がひどくて、苦しんでいた。それでいろいろな薬を投与されていたんだけど、ちっとも効かない。というか、その投与されている薬の中にはひどい副作用のあるものがあって、むしろその副作用の影響で死にそうになっていた。症状は悪くなるばかりで、主治医はこう告げた。「最後の手段として、脳の手術が必要です。しかしその手術に成功しても、長期的な改善は見込めません」
母は医師の言葉を聞いて、子供のそういう運命を素直に受け入れるのではなく、あらがおうと思った。医学図書館に通いつめ、文献の研究に没頭した。
そしてついに、彼女の息子と同じ病気、同じ症状の症例が完治したという症例文献を見つけた。それは『ケトジェニック・ダイエット』という食事療法を用いた治療だった。複数の抗てんかん薬が奏功しなかった症例でも大多数がこの治療法により症状が消えた、ということだった。
主治医はこんな治療法があることを彼女にまったく教えてくれなかった。『ケトジェニック・ダイエット』が最新の治療法だから、主治医がそのことを知らなかった、のではない。その症例文献は、なんと、75年前に出版されたものだった。
母親が主治医にその文献を見せ、その食事療法を我が子に試してみたい、と伝えたところ、彼は嘲笑した。
「そんな文献報告に何の意味もありませんね。だいたいこれ、”anecdotal”じゃないですか。こんなものは科学じゃありません。僕ら医者は科学者であって、占い・まじないの類を臨床実践するわけにはいきません。」
“anecdotal”というのは対照実験のようなエビデンスに基づいているものではなく、文献報告者の主観の要素が強く、エビデンスレベルとしては低い、とされる。
そうした医者の嘲笑に対しても、母親は必死に抵抗した。
「もうあの子には他に方法がないんです。どうか試させてください。どうしても食事療法をやらせない、ということであれば、退院します」
主治医はどこまでも頭の固い男だった。
「僕らは医者で、医者には患者の命を守る責任がある。手術予定をキャンセルして、そのわけのわからない食事療法を試すために、バルティモアにあるジョン・ホプキンス大学に転院する、となれば、こちらとしても法的な手段をとりますよ。適切な治療を受けさせないのは、ネグレクトだ。黙って見過ごすわけにはいかない」
なんだかんだと言葉の応酬、テレビドラマ的な話の紆余曲折があったものの、結局母親は我が子にケトジェニック・ダイエットを行い、子供はすぐさま回復した。もはやてんかん発作が起こることはなくなり、これまで飲んでいた薬もすべてやめることができた。
こうして物語は終了した。

テレビドラマである。
しかし、ゴールデンタイムに全米で放送されたのだ。こういうテレビの影響は非常に大きい。
放送日の翌日、コロラドにある某病院の医局で、医師たちは皆、怒りをあらわにしていた。
あのテレビドラマ『まず害をなすなかれ』のせいで、医師の権威が損なわれてしまったことに、彼ら、不機嫌を隠せないのだった。
ふと、これまで沈黙していた一人の若い医師が、勇気を出してこう言った。
「我々も『ケトジェニック・ダイエット』を臨床現場に取り入れてはどうでしょうか」
他の全員が一様に彼をにらみつけ、場の空気はたちまちに、拒絶一色に覆われた。その空気には、誰も勝てない。その「拒絶」に反対する意見には敵意むき出しとなり、さらなる拒絶しか受け入れない空気なのだった。
「食事で治る?バカバカしい。我々の臨床現場での真剣な努力を踏みにじるものだ」
「アネクドータルな報告がいかに低レベルな報告が多いか、しろうとは知らないんだよ」「裁判、本当にすればよかったのにな」などなど、実際の医師たちの言葉も、テレビドラマの中に出てきた主治医の言葉と同じような範疇に属するものだった。

医者というものがどういう人種であるかを示す上で、おもしろい描写だと思ったので、ざっと紹介しました。
もちろんね、医者の中にも良心派はいるんだよ。「ケトジェニック・ダイエット、よさそうじゃないか」と、素直に開かれた心で受け入れる人も、少数ながら確かにいる。
でも、そういう先生も、組織や集団の論理のなかに飲み込まれると、まったく歯が立たない。そういう先生にも嫁子供がいて生活があるから、集団を敵にまわすリスクを背負ってまでケトジェニックダイエットを実践しようなんて思わない。「ま、ガイドライン通りの治療でいいか」というところに落ち着いてしまう。
結果、医療は変わらず、本当に患者を救う方法は、闇に埋もれたままとなる。
ケトジェニックダイエットが、75年間も図書室の片隅で眠っていたように。

みなさんは、医者のことを勉強ができて頭のいい人だと思っているかもしれない。それは違います。自分の知らない治療法などの新しい知識に対して、医者は柔軟であるべきで、必要があればそれを自分の手技のなかに取り入れるべきなんだけど、そういう医者はまずいません。自分の意に染まない論理には、徹底して拒絶的になります。医者は頑固で、石頭なんです。最も融通が利かない人々、それが医者という種族です。
ポーリング博士は、「医学は科学ではない」と言いました。デタラメな批判にさらされて袋叩きにあったポーリング博士は、理屈の通じない石頭のバカを相手にして、ほとほとうんざりしていたんだと思う。

自分の身を守る方法は一つです。
このドラマのお母さんが図書館でケトジェニックダイエットの記述を見つけたように、自分できちんと調べることです。
今はインターネットという強力なツールもあります。
どうか医療の食い物にされないでください。
金を失うだけならまだいい。このドラマに出てきたてんかんの子供は、下手をすれば病院の言われるがままに手術して、人生を失うところでした。
情報で武装して、我が身、我が家族を守りましょう。
僕の母は、大腸癌になって、主治医の言われるままに手術して、言われるままに抗癌剤やって、別に治ることもなく、亡くなりました。
テレビドラマの話じゃありません。現実の話です。
知識があれば母を助けることができたのに、という思いが僕の中にずっとくすぶっていて、僕が常に勉強を続けているのはそういう無念の思いがモチベーションになっているところがあるのかもしれません。
不必要な不幸がひとつでも減りますように。