僕はとある地方国立大学の医学部出身なんだけど、同級生にはざっと二通りのタイプがいた。
「国公立の医学部にすべり込めて大満足」というタイプと、「自分の偏差値からすれば、このレベルの医学部は実に不本意」というタイプだ。
医学部に合格し入学するというのは、ひとつの大きな達成であるはずなんだけど、後者の人は、「とても達成なんて言えたもんじゃない」と思っている。
「前期試験は某旧帝大を受けて、ダメだった。滑り止めの後期試験で受かったのがこの大学。
浪人するのが嫌だったから一応入学したけど、自分としては妥協も妥協。自尊心が傷つくくらいの妥協をしている。当然、今は仮面浪人の身で、来年は再受験するつもりだ」
キューテーダイ?漢字変換が頭の中に浮かばないんだけど。
「旧帝国大学のことだよ。具体的には、東大、京大、東北大、九大、北大、阪大、名大のことだ。
ここの医学部みたいな戦後にできた新設の医科大学とは、歴史と伝統の重みが違う。最低でも旧帝大クラスでないと、と思っている」

この気持ちは、僕にも分からなくはない。
僕もいわゆる進学校出身で、先生たちが「今年は東大に何人、京大に何人、医学部に何人受かった」みたいなことで目の色を変える学校で育ったから、彼のいう『自尊心』は分かる。
しかし今、医者になって思うんだけど、いったん医者になってしまえば、どこの大学出身だろうが関係ないよ。
これは医者になる前から周囲のみんなが言っていたことだ。
「研究でやっていくのなら大学にこだわる意味はあるかもしれない。学閥があるからね。旧帝大のほうが研究資金も潤沢だろうし。でも臨床をやるのなら、出身大学は関係ないよ」って。
本当にその通りだった。
旧帝大医学部出身だから給料が多く、私立大学医学部出身だから給料が少ない、ということは全くない。出身大学による待遇の差別は、存在しない。
医師免許を持っているかどうか。ポイントはそこだけだ。
官僚になるための国家公務員一種試験では、仮に試験に受かったとしても、受験時の成績が一生ついてまわって、成績の順番によって出世の可否が半分決まるらしいんだけど、医師国家試験ではそんなバカげたことはない。
受かるか落ちるかは天と地の差だが、満点で受かろうが最下位ギリギリで受かろうが、違いはない。出身大学も無関係なら、医師国家試験での合格順位も無関係だ。
もちろん、周囲に与えるインパクトは違うと思うよ。
「ほう、今日来る研修医は京大出身かぁ」となれば、上級医やナースもちょっと構えるところがある。どんなに頭のいい先生かな、と。
でもそれだけのことだ。給与面での待遇をを左右するのは、医者として何年キャリアを積んでいるか、専門医資格を持っているか、といったことで、出身大学の違いは影響しない。

「小学校のときからずっと塾に通っていて、『勉強ができる』ということが、俺の自尊心の大きな部分を占めていると思う。
それはそういうものじゃないか。昔から運動が得意な人は身体能力に自信を持つだろうし、ルックスがよくて異性にチヤホヤされて育てば、自分の容姿が誇りになるだろう。
俺の場合は、それが勉強だった。
誰もが知る中高一貫の有名進学校に合格した。この学校はもともと、東大志向よりも医学部志向が強いんだ。確かに同級生には、俺も含めて医者の息子が多かった。
同学年のうち、東大に行くのはだいたい3分の1くらいで、半分は医学部に行く。
仮にこの半分の学生が医学部志向を捨てて東大志向に切り替えたとすれば、ちょっとした騒ぎになると思うよ。その年の東大の難易度が一気に上がった、ということで。
同級生にはすごい奴がいっぱいいる。数学オリンピックや物理オリンピックのメダリストとか、神童としか言いようのない天才がいて、そういう中にいると、自分はとりたてて才能のない凡人なんだなと思う」
いや、小学校6年生の時点でね、あの算数の入試問題を解いて合格するっていうのがすごいと思う。
今、大学レベルの数学の知識を一通り身につけた上で解いても、満点はもちろん無理だし、合格レベルまでいけるかどうか。特に二日目の記述問題とかね。
「合格したものの、俺だってもう一回受験したとして、受かるかどうか笑。
あんなに難しい試験でも、毎年満点をとる生徒が一人二人いる。末恐ろしいほどの才能だと思う。
あの学校の合格者は、三通りに分かれると思うんだ。そういうずば抜けた『天才』と、一般的な『学校秀才』、それに『凡人』。
俺は『凡人』だと自認している。合格者全員が『すごい人』という認識はむしろ偏見だ。
ただ、あそこで学ぶ6年間で、強烈に刷り込まれる意識がある。『俺たちは、灘なんだ』と。
中学生や高校生のうちから輝かしい才能の光を放って、マスコミから注目される天才がいる。そういう天才が、あの学校のブランド価値を高めている。
俺のような凡人にああいう真似はできないが、ただ、共感し、誇りが高まるんだよ。『ほら、また灘の仲間がやってのけたぞ』って。
卒業生はこの誇りを背負って生きていくことになる。しかしこの誇りは、時には大変な重荷なんだ。
たとえば、君は今『国公立の医学部ならどこでもよかった。この大学で万々歳、大いにけっこう』という気持ちで入学したと言っていた。
そういう君には済まないが、俺は、挫折と屈辱を胸に抱いてこの大学に入学している。今の自分は仮初めの自分なんだ、とさえ思っている。
灘出身という強烈な自負心が、現状を肯定させてくれないんだ」

いや、そんなこだわりはナンセンスだよ、という言葉が出かかったけど、飲み込んだ。
頭のいい彼には「そんなこだわりはナンセンスである」ということはとっくに分かっている。それでも、こだわらずにいられない、ということなんだ。
入学後、彼は医学部の勉強はもちろん、部活にも熱心で、充実した大学生活を楽しみながら、同時に再受験の勉強も並行して続けた。
しかし某旧帝大を受験するも不合格。翌年、再度チャレンジするも、失敗。
二度の失敗を経て、ようやく、彼は現状を受け入れた。自尊心のうずきを抑え、この大学でやっていこうと腹をくくった。
長らく使い込んだ受験参考書を処分した。
受験参考書を開くたび、彼は優越感と劣等感の入り混じる、甘いような苦いような、複雑な気持ちになるのだった。
数学、英語、物理、化学、国語。
様々な科目の参考書を山積みにして、ビニールテープでくくり、廃品回収に出した。
彼はそのとき、自分の中でひとつ、はっきりと何かが終わったような気がした。
『勉強ができる』という自尊心、『灘』という強烈な自負。
それはそれでいまだ彼のなかにあるのだが、それにとらわれることをやめ、新たな自分を模索し始めた。
医師免許取得し、初期研修を終えて以後、彼は臨床を診ていない。現在、外資系の経営コンサルティング会社で勤務している。
凡人?とんでもない。
才能のある男には、異色の経歴がよく似合っている。