製薬会社が主催する薬の説明会なんかに参加して、資料と一緒に弁当をもらって、弁当つまみながらMRの話を聞いたりする。
医者なら誰しも経験していることだ。そういう勉強会は、年に一回二回、なんていうレベルじゃない。科によって頻度は多少違うだろうけど、ほぼ毎週のように行われたりする。
弁当は食ったら胃袋に消える。資料は説明会が終わればすぐに捨てる。
でも、手元に残るものがある。
資料と一緒に渡されるボールペンだ。

紙カルテを使っていた頃ならともかく、電子カルテの時代に、手書きでものを書く機会は確実に減っている。つまり、ボールペンはなかなか消耗しない。
しかし製薬会社主催の勉強会に参加するたびに、資料は捨ててもボールペンは捨てないものだから、1本ずつ着実に増えていく。
勤務医の机の中をこっそりのぞいてみるといい。他の何があるか知らないが、少なくとも、大量のボールペンが見つかることは間違いない。
医者は、研修医の2年間だけで、一生使いきれないほどのボールペンを入手することになる。

掃いて捨てるほどある、そんなボールペンが、なんとメルカリで高値で取り引きされているというのだから、信じられない。
「製薬会社 ボールペン」で検索してみたら、本当だった。

なぜなのか?
値段がつくということは、それだけの需要があるということだろう。
一体どこの誰が、こんなものを欲しがるのか?
ポイントは、製薬会社のロゴ入り、というところにある。普通の百均で売ってるようなボールペンではダメで、製薬会社のオリジナル製品であるところに意味がある。

医者ではないものの医者のフリをしたい、という人が一定数存在するんだな。
本当は妻子持ちなのに、マッチングアプリなんかで女の子を捕まえて遊びたい。自分のプロフィール欄に「医師」と名乗る。もちろん経歴詐称であり、偽医者ということになる。
実際に女の子に会ったときにいろいろ突っ込まれても矛盾が出ないように、自分の中でしっかり設定は作り込んである。「35歳、外科医。某病院の消化器外科に勤務」みたいな。ふとしたときに使う筆記具が、製薬会社が薬の宣伝にばらまくボールペン。ペン回しなんかしながら「MRがペコペコしてきてね、うっとうしいんだよ」なんてグチをこぼしてみせる。
さりげない小道具として、効果的に使おうというわけだ。

断言するけど、本物の医者なら、自分を医者っぽく見せるために製薬会社のボールペンを使おうとか、思いもしない。
ニセモノだからこそ浮かぶ発想に違いないんだけど、僕はこの発想をおもしろいと思った。

僕は全然医者っぽく見えない。顔が妙に焼けてて体も鍛えてる感じで、初対面の人はドカチンだと思うだろう^^;どんなに医者っぽく見えなくても、一応本物の医者だから、身分は医師免許が保証してるわけだし、あえて医者っぽくふるまおうなんて、そういう発想自体がないのね。
医者じゃない人が医者っぽくふるまおうとなったときに、どういう努力をして(多少の医学知識や薬の名前を覚えたり)どういう工夫をするのか、すごく興味深い。

うろ覚えだけど、昔『いいとも』で「誰が本物の医者か当てましょう」みたいな企画をやってた。
スタジオに数名の偽医者がいて、そのうち本物は1人だけ。みんな姿はすりガラスで隠してて見えない。質問すれば返事は返してくれる。声も変えてある。
偽医者の一人としてタモリも参加してたんだけど、僕は完全にダマされた。「この人が本物だろう」と思った人が、タモリだった。
タモリはああいうのやらせたら、ものすごくうまいな。

「本物であること」と、「本物っぽいこと」はまったく違う。
前者は本物ゆえの自信のせいか、本物であることをひけらかさないんだけど、どこかに本物ゆえの怠慢があって、かえってニセモノっぽく見えたりする。
逆に、ニセモノは、本物になるための努力をしてて、かえって本物っぽかったりする。

警察官に憧れていて、でも警察官採用試験にどうしても受からなくて、でも警察官への憧れ捨てきれず、自分で制服とか作ってニセモノの警察官としてふるまって、結局それが本物の警察にバレて逮捕された人の話を読んだことがある。
こういう話って妙に惹かれる。
ニューハーフのほうが普通の女よりも女らしい、みたいなことを聞いたりもする。
自分がなれないものになろうとして、いろいろ工夫したり頑張ったりする。一線を越えようとする努力。
「ないものねだり」が人生の本質なんよねぇ。