正月で実家に帰っていて、久しぶりにテレビを見た。
『芸能人 格付けチェック』はさすがにそろそろヤラセのにおいが漂い始めてると思う。
ガクトはうまく隠してるけど、ヨシキはあんまり隠す気ないんちゃうかな笑
ミュージシャンとして超一流なのは誰しも認めるところだから、こんな番組公認の『一流芸能人』の称号なんてヨシキにしたらどうでもよくて、お気楽に楽しんでる感じだった。
昔は叶姉妹が「全問正解枠」で、いつの間にかフェードアウトして、その後任がガクトだった。
あの番組のおもしろさは、ふだん通ぶってる一流気取りの芸能人の化けの皮がものの見事に剥がれるところにある。
その落差を際立たせるには、全員が二流三流に落ちてはダメで、絶対強者が一人は必要だ。
ガクトは、そういう番組の要請にドンピシャではまったということだろう。
バラエティーなんだからヤラセは全然あっていいと思うんだけど、もっと上手にだましてくれないと、視聴者としてはしらけちゃうな。

ワインの飲み比べ。
一方は1959年産の一本百万円の高級ワイン。もう一方は、一本五千円のハウスワイン。
浜田がどこかで「すっぱいほうを言っといたらええねん」って言ってたけど、これはけっこう核心ついてると思う。
発酵年数が長いってことは、その分、酢に近づいてるってことだから。
どっちがおいしいかで言ったら、断然五千円のほうでしょ。
でも金額的にケタ違いに高いのは、すっぱくてマズいほうだっていう。
金持ちのワイン道楽って、バカみたいだね。
スーパーに行ったら一本千円切ってるようなワインもたくさんあることを思えば、五千円のワインでも庶民には十分高級品で、案外このあたりがコスパも味も一番いいんだと思う。
しかし、一本ン万円の高級ワインを複数並べて、本気で「利きワイン」をやったとしたら、実はプロのソムリエでも当てるのは至難の技なんだって、田崎真也が言ってた。「正直けっこう間違える」と。
ガクト様なら当てられるのかなぁ^^

音楽の聞き比べ。
ストラディバリのバイオリンとチェロ、スタインウェイのピアノなど、総額ン億円の楽器で奏でる四重奏と、一般的な練習用バイオリンとピアノなどで演奏する四重奏。
どちらが高額な楽器で演奏しているか当てる。
実は、これに関してはエビデンスがある。
「一流の音楽家でさえ、超高級なバイオリンと一般的なバイオリンを聞き分けることはできない」と。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/photogrst1964/48/6/48_6_450/_pdf/-char/ja
プロのオーケストラ関係者にとって、これはそれなりに切実な疑問だった。
楽器の値段というのは天井知らずで、良質な楽器にこだわり始めたら、キリがない。
そのこだわりの分だけ、オーケストラの質が向上し、観客の満足度も上がるのなら、こだわることにも意味があるだろう。
楽器の値段とその音質に相関があるのなら、楽器への投資もムダではない。
しかし、そうでないのなら、どうだろう。
一本1億円のストラディバリで演奏しようが、一本100万円の一般的なバイオリンで演奏しようが、音質に何らの違いがないのなら、楽器へのこだわりは無意味ということになる。
で、プロの音楽家に聞き比べをしてもらったところ、有意差はなかった、というのが結論だ。
だから、この「聞き分け問題」で間違えた人は、何ら恥ずかしがる必要はない。
違いはないんだから、わからなくて当然なんだ。
むしろ当てちゃう方が不自然なんだよね。

この番組を見ていると、価値とは何か、ということを考えてしまう。
「価値とは、希少性のことだ」と経済学は教えている。
なるほど、希少だからこそ、ダイヤモンドやゴールドには価値があるのだ。
今僕の目の前にある窓ガラスが世界に唯一存在するガラスだとすれば、このガラスに何億円という値段がついて、博物館に収められ、鑑賞する人々はその透明な美しさをほめたたえるだろう。
頻度としての希少性も、価値を生ずる。
ときどき、きれいな夕日を見ることがある。その美しさに打たれて、しばし立ち止まって、じっと沈む夕日を見つめたりする。でもそういう夕日が毎日当たり前に見れるものだったら、何も感じなくなる。
宇宙飛行士は、当初、宇宙から見る星の圧倒的な美しさに感動するが、次第にそれは日々の風景になり、やがて何も感じなくなるという。

僕の叔父は寿司屋をやっているんだけど、アコウやクエを仕入れてきて、僕に食べさせてくれたりする。
まぁ、それなりにうまい。でも、あえて自分で高い金を出して食べようとまで思わない。
イワシとアコウ、値段が百倍違うとしても、アコウが百倍うまいかといえば、全然そうじゃない。
それは単に、味が違うというだけで、どっちがうまいという話じゃない。
でもお金持ちのお客さんなんかは、喜んで百倍の金を払う。
彼らがお金を払っているのは、希少性に対してなんだな。

高級レストランのシェフが、高級食材を使た料理と、ニセモノを使って同じような味に仕上げた料理。
食べ比べて、どちらが高級食材を使った料理かを当てる。
出演者はみんな苦戦してたけど、あれはすごいな。
何がすごいって、料理人の腕がすごいわ。
工夫次第で、高級食材の味が再現できちゃうってことだもんな。
希少性が売りの高級食材を、別の安価な食材で再現できてしまうということは、その高級食材の「価値」を下げることにもつながりかねない。
でもそれを可能にしているのはシェフの腕で、その技術自体が、やはり、また別の価値だと思う。

僕は栄養療法をメインでやっている。
栄養療法というのは、今の日本では全然一般的な医療ではない。
一般的な医療といえば、対症療法のことだ。
対症療法というのは、血圧が高いなら、はい、降圧薬、癌ができたなら、はい、手術、というような、症状を抑えることに特化した治療のことだ。
症状を引き起こす原因には目もくれず、無理矢理症状を抑えるだけでは全然治療になっていないと個人的には思っているんだけど、僕みたいな考え方は一般的ではない。
つまり、一般的でははない僕の医療スタイルは、市場において本来、希少性があるはずなんだけど、その希少性を求めて当院に来られる方は多くはありません^^;
希少であるというだけで、そこに価値を見出してもらえなかったら、ダイヤモンドもただの石ころなんだよなぁ´Д`