睡眠薬に惑溺するようになって以後、文才は見る間に枯渇した。文壇の重鎮として周囲の畏敬を勝ち得てはいたものの、もはや新たな作品を生み出すことは到底できなかった。
そこで、大御所は一計を案じた。自分が文壇に引き上げてやった若い才能たちに作品を書かせ、それを自分の名前で以って世に出せばいい。評論家は「老作家の新境地」と新たな作風を持ち上げることだろう。名もない若手が一冊本を出したところで、誰も読まない。しかし、名前の書き換えひとつで、本の売り上げは跳ね上がり、出版社に莫大な利益をもたらすことだろう。そして代筆作品は、文豪の一作品として永遠に人々の心に記憶されることになる。これは、無名の若手にとってこの上なく名誉なことではないか。

以下、『三島由紀夫と一九七〇年』(板坂剛・編、鈴木邦男・対談 鹿砦社)の59ページからの引用です。
板坂…これは三島先生の奥さんが言ってるんですが、川端さんが受賞した対象になった作品は、『山の音』と『雪国』だけど、『山の音』のほうは実は三島先生が書いているんだと。
鈴木…ほんとかよ。
板坂…ほんとですよ、奥さんが言ったんです。フラメンコの先生に言ったんです。奥さんがフラメンコ習ってて。その奥さんが、ノーベル賞受賞作品としか言わなかったけど、あれはうちの主人が書いたのよって。
鈴木…じゃあ三島がノーベル賞を取ったようなもんじゃない?
板坂…だからその思いがあったから、ノーベル賞そのものもくだらねえと割り切れたんじゃないかな。
鈴木…言えばいいじゃん、あれは俺の作品だと。
司会…なんでまた川端の作品を三島が書くんですか?
板坂…特に晩年とかは、川端さんは睡眠薬中毒とノイローゼで作品なんか書ける状態じゃなかったらしいですよ。北条誠と沢野久雄という作家が川端の作品を書いてたっていうのは有名な話。北条誠の家の女中さんはね、北条が川端さんの原稿ばかり書かされて、自分のものは書けないからいやだってグチをこぼしていたって証言しています。沢野のほうも自伝に書いてますよ。しまいに、川端さんの原稿は直接自分のところに依頼が来るようになったって。
鈴木…本当?
板坂…沢野久雄の自伝にありますよ。どっちが書いているのかはわからないけど、ほとんど昭和三十年代の川端作品は、沢野か北条の手になるものらしいです。
鈴木…川端が書いた作品は?『伊豆の踊り子』くらい?『雪国』もかな?
板坂…『雪国』はさすがに自分で書いたんじゃないかと。あの辺から睡眠薬中毒で何も書けなくなった。でもあそこまで名声があるとなんとか書かなきゃいけないから他の作家に原稿依頼した。川端にも書かせたけど、書いてきたものは何がなんだかわからなかったって。だから他の作家に直させたそうですが、それがしまいには直接沢野久雄に依頼が来ちゃったって。このことでね、週刊誌が取材に来たことも、あったのよ、私のところに。でも記事にはならなかった。(中略)
安藤武さん、三島先生のことを書いている人だけど、あの人が『眠れる美女』の原稿を見て、これ川端さんの字じゃないと言ったそうです。すごくキレイな字で清書してある。
鈴木…じゃあ、だれ?
板坂…わからない。それでなんかどこかのパーティーで、川端さんと三島先生が同席して、三島先生は川端さんに対して、ノーベル賞受賞作品は、あれとあれだけど、一番の傑作は『眠れる美女』ですよねって三島先生が言ったら、川端さんは恥ずかしそうにじっと黙ったんだって。それで思うんだけど、もしかしたら三島先生が書いたんじゃないだろうか。だって『眠れる美女』ってほら、美を距離を置いて見てるでしょ。それって三島文学のテーマそのものじゃない?(中略)
いつも川端さんから原稿もらってた出版社の人間によれば、読めたもんじゃないと。川端さんの原稿はわけわかんないって。
鈴木…睡眠薬飲んでボーっとしてる時、夢遊病者のように書いてたって話だけど。

『眠れる美女』は確かに、一読して三島っぽいなという印象を持った。『禁色』に出てくる変態のおじいさんと同じようなキャラだと思った。文章も、川端的な「和文のやさしさ」みたいな感じじゃなくて、しっかりした「三島的エレガンス」を備えているようで、三島の代作だと言われれば非常に腑に落ちる。

作品を読んだときの「感じ」は大事で、たとえば源氏物語の宇治十帖は紫式部ではなくて別の作者によるものではないかという説が昔からあるのも、あの章だけ読んだ「感じ」がずいぶん違うからだ。
この「感じ」を、統計的に裏付けようとする試みがある。
ある語の使用頻度に着目し、多変量解析の手法を用いることで、「この作品では、他の作品に見られる作者の言葉遣いの傾向と明らかに異なる」ということを証明しようとしている。
以下は源氏物語の宇治十帖の分析で、この研究では別作者説は否定された。
https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=82408&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1&page_id=13&block_id=8

以下は川端康成の『山の音』代筆疑惑を検証した研究。結論として、代筆は否定的となった。
http://www.anlp.jp/proceedings/annual_meeting/2015/pdf_dir/D6-2.pdf

宇治十帖はともかく、『山の音』に関しては編集者の証言など、状況証拠的には代筆に間違いない。
それなのに代筆だという結論が出ないのは、研究の手法(文体計量分析)自体がまだまだ未熟で発展途上ということだろう。