ガチフロ、と聞いて、どう思いますか?
ガチフロキサシンというニューキノロン系抗生剤の商品名なんだけど、響きが何となく強烈で記憶に残りやすい。製薬会社のマーケティングとしては、成功してるネーミングだと思う。
『ガチ風呂!』とか、AVのタイトルでありそうだけど笑
ただ、この薬は内科ではなじみが薄い。2008年血糖低下の副作用のため経口薬としての販売が中止になったためだ。
しかし点眼薬としては販売が続いていて、眼科の先生にはおなじみの薬だろう。

この抗生剤の服用によって下がるのは血糖値だけではなく、中性脂肪も低下する(こちらのほうは臨床上問題にならないので、販売の停止理由には挙げられなかった)。
服用によって血糖値と中性脂肪が低下する抗生剤は他にもあるが、ガチフロほど低下作用が強くないから、問題になっていないだけのことだ。

「血糖値と中性脂肪が低下する?けっこうなことじゃないか。デメリットどころか、メリットだろう」
そう思う人もいるだろう。利に敏い製薬会社も当然同じことを考えていて、できれば抗メタボ薬として売り出したい。
しかし慢性疾患の治療薬として「生かさぬように殺さぬように」しながら長く飲み続けてもらうには、毒性が強すぎるんだな。「毒にも薬にもならない」ものならまだしも、露骨に毒になってしまっては、さすがの製薬会社も商品化できない。

そう、臨床的な事実として、ある種の抗生剤によって血糖値や中性脂肪が低下する。
当然気になるのは、その機序である。
腸内細菌が関与していることは間違いないだろうが、どのように関与しているのだろうか。
その課題に真正面から切り込み、腸内細菌により生成される二次胆汁酸が関わっていることを報告したのが、以下の論文である。
『短期間の抗生剤投与により引き起こされる腸内細菌叢の悪化により肝細胞での二次胆汁酸産生が減少し、その結果血中グルコースと中性脂肪が減少する』
https://www.nature.com/articles/s41598-018-19545-1

腸内には1000種類100兆個とも言われる腸内細菌が住んでいる。
腸内細菌叢は肥満者と非肥満者で大幅に異なることが報告されている(←小麦の摂取量の多寡が腸内細菌叢の変化に関わっているはず、と個人的には思っている)。
腸内細菌は宿主のエネルギー消費や脂肪の蓄積にも影響している可能性がある。さらに、生活習慣病(2型糖尿病など)、神経疾患(自閉症など)、腸疾患(大腸癌など)にも腸内細菌が関与していることが知られている。

腸内細菌にあからさまに影響を与えるものとして、抗生剤がある。
腸内細菌叢の質的・量的なバランス割合をかき乱し、様々な機能に悪影響を及ぼすことが明らかになりつつある。
たとえば、抗生剤の使用による低血糖は、稀ではあるが重大な副作用である。事実、ある種の抗生剤(ガチフロなど)はその副作用のために使用中止となった。さらに、幼少時の抗生剤使用は、その後の体重増加を加速するとの報告がある。

抗生剤投与による腸内細菌叢の悪化により、肝臓(糖および脂質代謝に重要な器官)でのタンパク発現が悪影響を受けることが示されている。こうした先行研究を踏まえて、著者らは抗生剤による糖および脂質代謝への悪影響とその機序について、その解明を試みた。

5日間抗生剤を投与して、腸内細菌叢が悪化したマウスをモデルとして使用した(←たった5日間の抗生剤使用で、腸内細菌がボロボロになるんですよ!)。
抗生剤非投与群のマウスと比べて、血中グルコース濃度と脂質(中性脂肪)濃度がそれぞれ64%、43%低下した。

なぜこんなにも減少したのか。その機序を究明するために、著者らは二次胆汁酸に注目した。この酸は腸内細菌による代謝産物であり、腸内細菌こそが肝臓での糖と脂質の代謝を支配しているのである。
この実験のモデルマウスでは、二次胆汁酸を産生する腸内細菌が減少していた。さらに、マウス肝臓の二次胆汁酸(リトコール酸とデオキシコール酸)の濃度が、抗生剤を投与してないマウスに比べて、リトコール酸で20%、デオキシコール酸で0.6%減少していた。抗生剤の投与と同時に二次胆汁酸を投与すると、血中のグルコースと中性脂肪の濃度が回復した。
この結果は、腸内細菌により産生される二次胆汁酸が宿主の糖・脂質代謝に影響を及ぼすことを示している。
次に、著者らは、腸内細菌により産生された二次胆汁酸が糖・脂質代謝にどのように影響しているのかを調べるために、量的プロテオーム解析を使ってタンパク質の量を全体的に分析した。
腸内細菌叢の破綻したモデルマウスの肝臓では、グリコーゲン(糖の貯蔵)の代謝に関与するタンパク質や、コレステロールと胆汁酸の生合成に関与するタンパク質の発現レベルが変化していた。しかもこの変化は、胆汁酸の投与により回復した。
本研究は、腸内細菌とこれにより産生される二次胆汁酸が宿主の血糖値および脂質濃度に関与していることを示している。二次胆汁酸の産生に関与する細菌叢を特定することで、糖尿病や脂質異常症などの代謝疾患の予防および治療が可能になるかもしれない。

漢方薬で熊胆(ゆうたん)という生薬がある。読んで字のごとし、熊の胆嚢のことだ。
健胃作用とか消化器症状に効果があるとされているが、上記の研究は「なぜ熊胆が効くか」の説明にもなっている。二次胆汁酸の補充そのものだ。

僕の経験した症例を供覧します。
16歳男児。無気力を主訴に来院。
採血してみると、こんな数字が出た。
血糖値 58 中性脂肪 48 総コレステロール 129 HDL 51 LDL 66
25-ヒドロキシビタミンD 19 コルチゾール 3.6
「あれ、血糖値とか脂質、なんでこんなに低いのかな」って思った。
よくよく問診してみると、お母さん、こう言った。
「すいません、関係ないと思って黙ってましたけど、実は抗生剤(クラリス)飲ませてます。ニキビができ始めてて、その予防のために」
クラリス。アニメのキャラにありそうなかわいい名前だけど、けっこう怖い薬なんだよ。
低血糖(意識喪失を伴うことも)が起こる可能性は、添付文書にもしっかり書いてある。
脂質プロファイルもHDLを除いてすべて低い。
さらに、コルチゾールもビタミンDも低い。これらはいずれもコレステロールから作られるホルモンだから、材料不足(コレステロール欠乏)によって産生できないのかもしれない。
コルチゾールは抗ストレスホルモンで、高値だと「ストレスに負けず頑張っているんだな」となるけど、かといって低ければいいというものではない。ストレスに対峙するホルモンが出ていない、つまり、そもそも戦えていない。今の無気力の症状と合致するようだ。

血圧、血糖、コレステロール、尿酸など、西洋医学はやたらと「悪物」を作りたがる。「この高い数値を下げれば健康になれますよ」というストーリーが作れて、薬が売りやすいからだ。
でも人間の体はバカじゃない。必要があるから、高いんだ。
病態に対して、もっと根本的な原因と機序に即した医療が普及すればいいのだけれど。