かつて地球上には酸素が乏しく、そこで生きている生物といえばすべて嫌気性生物だった。
6単糖のブドウ糖を3単糖のピルビン酸(あるいは乳酸)に分解する解糖系でエネルギーを得ていた。
そこに突如、太陽の光をもとにしてエネルギーを作る光合成細菌が生まれ、酸素を作り始めた。
せっせと活動を続け、地球に大量の酸素が蓄積していった。
これは地球の従来の住民たる嫌気性細菌にとって一大事である。酸素は彼らには毒物だったからだ。
やがて、この毒物たる酸素を有効利用する好気性生物が出現した。ミトコンドリアはそうした生物の一種だった。
嫌気性細菌と好気性細菌、異質ながらも、彼らは互いに魅かれるものを感じていた。
「双方それぞれに長所、短所があるが、両者が合体すれば、我々はすばらしい生命体になれるだろう」
彼らはそう考えた。融合を目指し、折衝、交渉、衝突が繰り返された。
好気性細菌は嫌気性細菌のなかへの侵入を試みては、何度も失敗した。
侵入に成功しても、共生関係を築き上げるのがまた大変で、やはり何度も失敗した。
8億年かけてようやく共生に成功した。
関係性がうまくまわりはじめるまで大変な苦労をした夫婦のようだ。
しかし8億年かけて実った共同生活は、彼らの長所を生かし合い短所を補い合ったもので、彼らの当初の目論見通り、見事に当たった。
この共生スタイルは生物界を席巻し、一つのスタンダードになった。

もちろん人間もこの系譜を継ぐ生物だ。
つまり人間の細胞は、嫌気性細胞が細胞質としてベースにあり、そこに好気性細胞たるミトコンドリアが侵入した形で、両者の特色を併せ持つ細胞だということだ。
両者の違いのうち、最も重要なのは、エネルギーの産生方式の違いである。
1分子のグルコースあたり、細胞質で行われる解糖系では2ATPのエネルギーが生み出されるのに対し、ミトコンドリアでは36ATPとはるかに能率のいいエネルギー産生が行われる。
ただし、エネルギー産生の速さは解糖系のほうが、ミトコンドリアよりも100倍はやい。
甘いもの食っとけば手っ取り早く元気になる(シュガーハイ)のは、この辺りが関連している。
そう、解糖系の強みは瞬発力で、ミトコンドリアの強みは持続力だ。
短距離走とか格闘技の選手というのは、どちらかというと息を止めてプレーしている。
解糖系の瞬発力で勝負する競技だから、酸素を遮断したほうがむしろ有利なんだ。
一方、マラソンとか、あるいはジョギングやウォーキングでもそうだけど、長時間のエネルギー供給が要求されるスポーツはミトコンドリア主体だ。
ミトコンドリアが機能し続けるには酸素が必要だ。
10年位前にオリンピックの水泳で、スピード社の開発した水着を着た選手が世界記録を塗り替えまくったことがあったでしょ?
たかが水着を変えるだけで、なぜこんなに記録が伸びたのか。
一般には、きつい水着で体をしめつけることによって、水の抵抗が減ったからだといわれている。
流体力学的には確かにそういう面もあるだろうけど、生理学的な説明としては、きつい水着によって血流が遮断され(つまり、酸素供給が遮断され)、それが解糖系の瞬発力を生み出す上で有利に働いたからだ。
このメカニズムを踏まえて考えれば、スピード社の水着は長距離の遠泳には恐らく向いていない。
マラソン選手は皆、ラフなゆるい格好で走っているでしょ。
あれと同じことで、持続力の維持には酸素(血流)が必要なんだ。

解糖系は細胞分裂が得意で、ミトコンドリア系は細胞分裂をむしろ抑制する、という特徴がある。
そもそも、嫌気性細菌と好気性細菌(ミトコンドリア)の合体がうまくいったポイントは、ミトコンドリアが分裂抑制遺伝子を持ち込むことによって、嫌気性細菌の分裂にブレーキをかけたことだった。
この名残は今でもあって、ミトコンドリアの多い細胞は分裂しにくく、少ない細胞は分裂しやすい。
ミトコンドリアが多いのは、休みなく働き続けられる組織、たとえば心筋、脳、横隔膜、肝細胞、赤筋だ。
これらは酸素あってこそ機能が発揮できるから、虚血に弱い。心筋梗塞や脳梗塞のことを考えれば合点がいく。
一方、ミトコンドリアの少ない細胞の例としては、精子、上皮(腸、皮膚)、骨髄、癌細胞、白筋がある。
これらは虚血、低温に比較的強い。
癌患者の平熱は総じて低い(35度台)ものだけど、そのほうが増殖に好都合なわけだ。
逆に、適切な血流が保たれ平熱が高めの人は癌になりにくい。

さらに、もう少し細かいメカニズムまでいうと、ミトコンドリアの内部(水素伝達系)で水素がプロトンと電子に分かれるんだけど、このプロセスで電磁波が使われる。
地球上で最大の電磁波供給源は、太陽の光だ。
だから、日光浴で元気になるのは理にかなっている。
日焼けサロンとか、人工的な紫外線を長時間浴びると癌になるのは確かだけど、その事実だけで以って「日光は皮膚癌の原因だ」と紫外線対策をやりすぎるのも問題だ。
日光に当たらないとミトコンドリア由来の分裂抑制遺伝子が機能しないので、たとえばロシア人とか北国の人は背が高いよね。
ベルクマンの法則(近縁種の動物の場合、寒冷地に住む種ほどデカい)はこの辺りの理屈で説明がつくと思う。
日陰で育てた植物がひょろ長くなる徒長も、植物の細胞にもミトコンドリアがあるのだから、関係してそうだ。

嫌気性細菌を男、好気性細菌を女とすると、この比喩はけっこううまく機能する。
互いに魅かれあった二人だが、同棲生活はなかなかうまくいかなかった。
試行錯誤の末にようやく共生に成功したわけだけど、受精という現象は20億年前の細胞内共生の瞬間のやり直しのようだ。
精子はミトコンドリアをほとんど含まず、まるで嫌気性細菌そのもので、一方の卵子はミトコンドリアを豊富に含み、好気性細菌のカタマリのようだ。
「個体発生は系統発生を繰り返す」の法則がここにも顔を出す。
遠い昔の交合を、今、また、繰り返す。
セックスというのは、実に、よくできている。

ミトコンドリアのことが分かれば、健康の秘訣が見えてくる。
ミトコンドリアは日々の心がけによって増やすことが可能だ。
具体的には、運動したり頭を使うなど、適切に肉体的、知的負荷をかけることで、筋肉(赤筋)や脳神経のミトコンドリアが増える。
逆に、発癌物質(食品添加物、農薬など)や過剰なストレスなどによって、血流が低下し、細胞内環境が悪化するとどうなるか。
ミトコンドリアの機能不全が起こる。ミトコンドリアという連れ合いが出て行ってしまい、20億年前の独身時代に戻った格好だ。
いわば先祖返り現象で、具体的には、ミトコンドリアを削る遺伝子変異が起こっている。
20億年前、嫌気性細菌時代のライフスタイルに戻れば、無酸素状態でも生きられるからだ。
一般的な医学は、癌は遺伝子の変異が背景にあると教えているけど、これは正しくないよ。
因果関係がむしろ逆。遺伝子の変異は癌の原因ではなくて、過酷な内部環境への適応の結果だ。
そもそも、ストレスに対する反応は病気ではない。
体は実に巧妙で、間違えないようにできている。
症状即治療であり、症状自体は体の適応の結果なんだ。
現れている症状を原因とみなして叩く治療は、本当の原因に目を向けていない。
だから、癌に対して手術や放射線、抗癌剤でアプローチしたって、治るわけないんだよね。