自分への厳しさは、他人への優しさと比例するのかもしれない。
動画サイトにあがっているマッスル北村と島田紳助のトークを見ていて、そう思った。
彼、こんなことを言っていた。
「昔から負けず嫌いだった。腕立てが千回できることを皆さんすごいっていうけど、別にそれ自体に意味があるのではなくて、とにかく自分の限界を超えたかった。
東大や医科歯科に受かったのも、肉体だけじゃなくて、精神的なことでも何かに挑戦したいって思ったから。
あしたのジョーを読んで、その生き様に憧れた。僕もこんなふうに、極限まで頑張って、真っ白い灰になりたい、って。それでボクシングを始めた。
でも、僕、人を殴れないの。殴ったら痛いだろうなって思って、もらったパンチの数を数えて、その分だけ殴り返す。それでも、もらった相手が潰れてしまう。
パンチ力があるせいで、パンチングマシンを壊してしまったこともある。
僕は、人を殴るためにボクシングを始めたんじゃない。ひとつの『道』として、ボクシングを始めた。
でも僕のこぶしは、文字通り、凶器だった。だから、サンドバックは殴れても、人間はどうしても殴れなかった」

番組を見ていて、紳助とマッスル北村の対比をおもしろく感じた。
しゃべり一つで成り上がったいたずら小僧のような紳助と、どこまでもストイックで自分に厳しいマッスル北村。
両者ともある種の天才だが、そのベクトルが真逆だ。
こんな両極端な二人が対談すればどんな化学反応が起きることやら、って感じで、おもしろく見ていた。

ボクシングを始めたものの、人を殴れないっていうエピソードに、この人の人間性がにじみ出ていると思う。
人を傷つけることはしたくない。ただ、自分をとにかく追い込みたい。
自分を忘れるくらい熱くなれる何かを、彼は常に探していた。そして東大在学中に出会ったのが、ボディビルだった。
これだ、と彼は思った。この競技では、人を殴らなくてもいい。ただ、自分に対する厳しさだけが求められる。筋肉は、頑張れば頑張った分だけ、答えてくれる。
ついに彼は、自分の『道』を見つけた。

トレーニングは常人離れしていた。とにかく高重量のダンベルにこだわった。あまりの過酷さに、腕や胸の筋肉を何度も断裂したが、治るとすぐにトレーニングを再開した。
食事は、家族と一緒にとる「普通の食事」に加えて、卵20~30個、牛乳2~3リットル、プロテイン粉末300gを毎日摂取した。
また、消化吸収のため、消化剤も大量に摂取した。さらに、鶏肉をミキサーにかけてペースト状にしたものを大量に摂取した。
その結果、ボディビルを始めてわずか10カ月で40kgの体重増加に成功した。1年後には96kgまで増量し、2年後にはボディビル関東学生選手権で優勝した。
その後も社会人大会、世界大会に出場し、見事な成績を残した。

個人的な話だが、ジムに通い始めてほぼ一年が経った。
マッスル北村が取り組んでいたのはボディビルだったけど、、僕がしているのは、とてもボディビルと呼べる代物ではなく、単なる筋トレだ。
ジムにいるのはせいぜい30分。全身を鍛えるようなトレーニングメニューで、そんなにハードではない。
食事もまったく普通で、プロテインも飲んでいない(いくつかサプリは飲んでるけどね)。
それでも、この一年、ほぼ毎日ジムに通い続けた。
その結果は?
体重が3kg増えた。それだけ。マッスル北村の40kgの体重増加というのがいかに図抜けているか、よくわかる。
3kg増えただけでも、明らかに体格が変わった。スーツやズボンのサイズが合わなくなった。周囲の僕を見る目が変わった。
筋トレがどんなふうに生活に影響を与えるか(いい意味で)、この一年で実感した。

マッスル北村のように、体重が40kgも増えるようなトレーニングをすれば、生活が変わるどころじゃない。人生が変わるだろう。
事実、数々の大会で優勝した彼は、テレビにも出演するようになり、男前のマスクもあいまって、大いに人気者になった。
しかし、彼の人生を終わらせることになったのも、やはり、ボディビルだった。
2000年8月3日、世界選手権に参加するべく脂肪を極限まで落とすために20kgの急な減量を行った結果、異常な低血糖状態となり、急性心不全を引き起こし死亡した。享年39歳。

死の数日前といわれる彼の動画を見たが、見事なバルクだった。
表皮の脂肪が薄く、筋肉のすじが浮き出て見える。パンプアップした筋肉の躍動感がすごかった。なるほど、これが世界一の筋肉かと思った。
しかし急激な減量による低血糖状態から、急性心不全を起こし死亡、というのは本当だろうか。
人間の体は、本来低血糖に強い。それは度重なる飢餓をくぐり抜けてきた進化のたまものだ。
飢餓状態に陥って糖が低下すれば、筋肉が分解され、得られるアミノ酸の代謝物からオキサロ酢酸やピルビン酸が作られ、糖新生によってグルコースが合成される。
あれだけの見事な筋肉なのだから、糖新生の材料には事欠かないはずで、それがなぜ、低血糖に陥るのか。
ボクサーには厳しい減量がつきものだが、減量中に心不全で死ぬボクサーが、果たしているのだろうか。

真相は分からない。
ただ、一般論として、ボディビルダーにはステロイド(副腎皮質ステロイドではなく、アナボリックステロイド。筋肉増強剤)を使う人は珍しくない。
「ステロイドだけは使わない」というスタイルの人でも、余分な水分を抜き筋肉のすじを際立たせるために利尿薬なんかを使う人もいる。
ステロイドには心不全の副作用がある。また、利尿薬による脱水から心不全を起こし、ステージ上で死亡したボディビルダーも実際にいる。

Diuretics in Bodybuilding: The Good, the Bad, the Tragic

仮にマッスル北村が、ステロイドなり利尿薬なり何らかの薬物をやっていたとしても、僕は彼に対する敬意を失わない。
「常人離れした努力と少量のステロイドにより、世界を獲った」それで何も問題ない。
むしろ気持ち悪いのは、「急激な減量により異常な低血糖を来し、そのために心不全で死去した」というのが死の理由になっていることだ。
個人的には、そんなことはあり得ないと思う。科学がバカにされている気がするんだな。

それでも、それでもなお、マッスル北村ならそんなふうに死ぬかもしれない、という思いもある。
あまりにも強すぎる精神力が肉体の悲鳴を聞き入れず、そのまま死んでしまう、というような死に方。
誰よりストイックな彼なら、あり得るかもしれない。

亡くなった後、彼の体の大きさのため、棺におさめるのに大いに難渋したという。
毎日必死の努力で作り上げたその巨体も、火葬で一瞬にして灰になった。
しかし肉体は消滅したが、栄光は人々の記憶の中に残る。
すばらしい生き方やねぇ。