ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬はいろいろと問題の多い薬だけど、一番大きいのは、依存性と耐性の問題だ。
依存性というのは、平たくいうと、それなしではやっていけない、ということ。
「君のいない人生なんて考えられないよ」という恋人が耳元にささやく甘い言葉は、医学的に表現すると、「私は君の存在に対して心理的依存を形成している」ということだけど、こんな言い方では異性はキュンと来ません笑

ベンゾにハマる依存は、主には身体依存だ。
高校の生物の授業で、恒常性(ホメオスタシス)の維持が生物の特徴だ、と習ったでしょ。ベンゾにハマるということは、恒常性を保つメカニズムにベンゾが組み込まれてしまうということです。
GABA受容体という抑制性神経伝達物質が作用する受容体に結合することで、ベンゾはGABAの効果を増強する。それで、不安が消えたり、眠気を催したりするわけ。
最初はいいんです。
「ベンゾのおかげで発表会を緊張せずに乗り切れた」とか「最近寝つきが悪かったけど、ベンゾで一瞬にして眠りに落ちることができた」とか、ベンゾを初めて飲んだ人は、その効果のすばらしさを実感する。
でも長く服用を続けると、だんだん効かなくなってくる。最初に感じたのと同じキックを感じるには、量を増やさないといけなくなる。これが耐性です。
依存性と耐性にからめとられて、体はベンゾなしでは機能しなくなる。
この時点で患者はベンゾの副作用による様々な体調不良を自覚しているし、ベンゾへの依存も自覚している。「もはや、この薬なしでは生きていけなくなっている。さすがにまずいんじゃないか」
思い立って、一気に断薬するとどうなるか。
体がガタガタと震え出す。汗が全身から滝のように流れ出す。耐え難い不安と緊張、激しい頭痛。致命的な発作が起こることもあるし、離脱症状の激しさに耐えかねて自殺する人さえいる。
急な断薬や減薬は命に関わるので、減薬指導に慣れた医師のもとで、慎重に減らしていかないといけない。
ベンゾ依存は気合とか根性で治せるような、そんな生やさしいもんじゃないんだよ。

海外ではベンゾの危険性が認識されているため、漫然と長期間処方することができないようになっている。
イギリス…4週間以上の処方は禁止
アメリカ…医療保険給付対象外(薬というか「ドラッグ」という認識に近く、欲しい方は自費でどうぞ、といった具合)
デンマーク…不安障害には4週、不眠には2週まで
オランダ…医療給付対象外
イタリア…不安障害には12週、不眠には2週まで
フランス…不安障害には12週、不眠に4週まで

日本では、3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬は減点されるという、多剤処方を戒めるルールはあるんだけど、期間についてのルールはなかった。
国もさすがに野放しではまずいと思ったのか、2018年から12ヶ月以上の処方が続けば減点ということになったけど、諸外国に比べれば全然ゆるい。

そもそも、医者は薬の始め方については知っているけど、抜き方は知らない。
ベンゾ依存で悲惨な状況になっている人を僕はたくさん見て来たけど、大学病院でも市中病院でも、ベンゾの減薬方法を僕に指導してくれる先生はいなかった。当然の話で、彼らも知らないんだから。
ネットで自分で情報を探していくなかで、アシュトンマニュアルの存在を知ったし、栄養療法的に断薬サポートできることも知った。
個人的に一番役立ったのは、”Evidence-Based Herbal and Nutritional Treatment for Anxiety in Psychiatric Disorders” (David Camfield)という本。ハーブの有効性がエビデンスに基づいて体系的にまとまっている。でも電子書籍なのが難点だなぁ。手元に辞書的に置いておきたい本は、電子書籍じゃなくリアルの本がいい。

減薬を急ぎすぎて患者に苦しい思いをさせてしまったこともあるが、総じてどの患者も僕によくついて来てくれたし、彼らの観察を通じて僕も学ぶことが大いにあった。
どうやって減薬していけばいいか、試行錯誤を通じて徐々に自分なりのスタイルができてきたが、決して完成したとは思っていない。今なお発展途上だと思っている。
たとえばちょっと前に、こんな論文の存在を知った。
(https://www.omicsonline.org/peer-reviewed/efficacy-and-safety-of-sansoninto-in-insomnia-with-psychiatric-disorder-an-openlabel-studyp-40749.html)
酸棗仁湯(さんそうにんとう)という漢方薬でベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用量が大幅に減らせたという研究。素晴らしい仕事だと思う。
耐えざる知識の更新が医学であって、常に完成がない。医者であるということは、一生勉強やなぁ。