ウェストン・プライス博士は二十代で歯科医院を開業した。
虫歯や歯周病に苦しむ人々がひっきりなしに博士の医院を訪れ、彼の前で口を開いて見せた。
経営はすこぶる順調だった。しかし博士はこの状況を喜ばなかった。
「患者が多すぎる。一体人間というものは、生来こんなに簡単に虫歯になるものなのか。
我々の現代文明には、何か大きな間違いがあるのではないだろうか」

1925年、プライス博士は思い立って、妻とともに世界一周の旅に出た。
無論、観光のためではない。現代文明と接点を持たない原住民族の歯の健康を調べることが、彼の目的だった。
訪れる村々で、彼は原住民の歯の美しさに圧倒された。
虫歯の一切ない輝かしい歯列は、アメリカではまず目にすることのないものだった。
部族社会には歯磨き習慣も歯医者も存在しない。それなのに、彼らは見事な歯を保っているのだった。
さらに彼は、原住民のすばらしい健康ぶりにも息を飲んだ。
男はがっしりとした体躯、女は女性らしい丸みを備えた体をしており、皆、病気ひとつしなかった。
同時に彼らは性格も温和だった。異邦人のプライス博士を各部族の儀礼に従って、快くもてなすのだった。彼はそこに、現代文明が失った深い精神性と知性を感じた。


メラネシアにて。


フィジーにて。見事な歯列弓。男性のがっしりした顎、太い首、大きな鼻孔にも注目。不正咬合や口呼吸は存在しない。
上のメラネシアの写真もそうだけど、伝統的な食習慣に従う部族民の犬歯に注目。あまり尖ってなくて、むしろ四角に近いと思いませんか。栄養的に満ち足りた食事を摂ると、犬歯は本来こういうふうになる。

一方1920年代は、西洋文明の波がそうした未開部族にも容赦なく押し寄せ、飲み込もうとしている時代だった。部族で代々受け継がれた伝統的生活様式と、合理性と利便性を旨とする西洋文明がせめぎ合う、ちょうどその端境期だった。
この時期に世界を旅したプライス博士は、伝統的な習慣を捨て西洋文明を採り入れた原住民の健康が、いかに容易に失われるかをも観察することになった。

ベルギー領コンゴにて。白人がコーヒー栽培のプランテーションを始め、そこで働いている人たち。伝統的な食事をとることをやめ、配給される白小麦、砂糖、缶詰などを食べるようになったところ、虫歯、歯周病をはじめ、様々な全身性疾患にかかるようになった。


フィジーにて。基本的に南洋の人は自殺しないが、自殺の唯一の理由は、虫歯の耐え難い痛みによるもの。下段は、欧米の食事を食べるようになった親世代に生まれた子供。叢生歯、犬歯の先鋭化、顔面の未発達(顎の狭小化、鼻孔の狭小化など)が見られる。精製糖質の摂取に伴い免疫力が低下し、鼻孔の狭小化による口呼吸と相まって、呼吸器感染症などにもかかりやすくなる。


上段はアボリジニーの兄弟。上段左の兄が生まれた当時、その両親は伝統的な部族社会のなかで生活していた(兄は藪で生まれた)。その後、オーストラリア政府はアボリジニーを居留地に強制移住させ、食習慣をはじめ伝統的な部族生活を禁じた。食事は政府から配給される白小麦、砂糖、缶詰を主体としたものになった。上段右はその後に生まれた弟。叢生歯が見られる。
下段は同様のエピソードを持つ姉妹。妹の下顎幅の狭小化、不正咬合(前開咬)が特徴的。
現在の歯学では、不正咬合は幼少期の指吸が原因ということになっているが、プライスはこれを否定している。「原住民の小児にも指吸は見られるが、不正咬合は存在しない」と。

10年におよぶ世界の旅を終え、アメリカに帰国したプライス博士には、するべき仕事が山積していた。旅先から本国に送った1万枚を超えるフィルムの整理、本や論文の執筆など、時間はいくらあってもたりないほどだった。
しかし、何よりもまず、彼が真っ先に取り組みたい仕事があった。それは「仮設の検証」である。
世界中の原住民族、および西洋文明を採り入れた部族の観察をしていくなかで、彼は歯の健康に関するひとつの仮説を立てた。
彼は原住民が伝統的に食べているものを細かく観察し、さらにその食材を科学的に分析することで、原住民食には現代アメリカの典型的な食事と比べて、水溶性ビタミンが4倍以上、脂溶性ビタミンが10倍以上含まれていることに気付いた。「健康な歯を保つには、脂溶性ビタミンこそがポイントではないか」というのが彼の直感である。
プライス博士は当時一流の生化学者でもあって、ビタミンAやDの発見の経緯も実地に追いかけていたし、発見者とも直接的な交流があった。グラスフェッドバターやタラの肝油のなかに、ビタミンAでもDでもない、未だ発見されていない脂溶性ビタミンがあることを彼は見出した。彼はこれをactivator X(活性因子X)と名付け、この効用を動物実験、あるいは自分のクリニックの患者への投与で確認した。
その効果は驚くべきものだった。
彼は、もはや虫歯を削るドリルや穴を埋める歯科金属を必要としなくなった。原住民の食事を参考にした食生活の指導と、プライス自家製のオイルによって、彼はついに、虫歯を治すことに成功したのだった。
虫歯の治癒ばかりではない。
食生活の改善とこのオイルの使用によって、彼は様々な現代病(感染症、心血管障害、骨粗鬆症、糖尿病、不妊症など)が改善することを観察し、症例を報告した。
以下はその一例である。

左は姉、右は妹である。
姉の歯列弓の乱れ、鼻孔の狭小化(pinched nostrils;つまんだような鼻)に比べ、妹の歯列弓はきれいで、鼻孔も発達している。姉が神経質な性格で、口呼吸をし、病気がちである一方、妹は穏やかな性格で、鼻呼吸をし、病気ひとつしない健康体だった。
姉と妹でなぜこんなにも違うのか。
その理由は、この姉妹の母親の妊娠中の食生活にある。
第一子(姉)を身ごもったとき、母は食生活に特に気を配ることなく、いつも通りの食事(典型的な現代の洋食)を食べていた。お産は53時間に及ぶ大変な難産となり、産後、普通の生活ができるまで数ヶ月もの間ベッドの上で過ごさねばならなかった。
「こんな大変な思いをするのならもう二度と妊娠なんてするものか」と思う一方、やはりもう一人子供が欲しいという思いも捨てきれない。そこで、母は近所で名医として評判の高いプライス博士のもとを訪れ、助言を求めたのだった。
精白小麦、砂糖などの精製糖質の摂取を控え、全粒穀物、緑色野菜、海産物、グラスフェッドバター、タラの肝油を積極的に摂取するよう勧めた。また、プライス博士特性のオイルも併せて勧めた。
結果、第二子(妹)のお産はわずか3時間の安産となった。一般に第二子のお産は第一子の時よりも短時間に済むものだが、それを差し引いてもすばらしい安産である。
また妹は姉より成長が早く、性格も利発で頭もよく、子育てにほとんど手がかからなかった。この点も「伝統的な部族社会では、子供は無駄泣きしない」というプライスの観察と一致するものだった。

プライス博士は言う。「原住民から学べ」と。当時の白人は(今の白人もだけど)西洋の文化こそが優秀で、野蛮な未開部族を啓蒙してやろう、という態度で原住民と接していたのだから、プライスのこの言葉は相当挑発的に響いたに違いない。
とにかく、彼は観察事実を重んじる人であり、つまり真に「科学の人」だったわけだが、現在の歯学はプライスの学説をまったく踏まえていない。
虫歯の原因は不十分な歯磨きによる口腔内の不衛生であり、叢生歯は遺伝によって起こり、不正咬合は指吸が原因で、虫歯が自然治癒することは決してない、ということが定説として歯学部で教えられている。
ぜーんぶ、ウソだっていうね。歯学部の学生さん、ごくろうさま^^;

さて、活性因子Xという物質が具体的に一体何なのかということについては、学者の間で長い議論があった。必須脂肪酸ではないかという者もあれば、エイコサペンタエン酸(EPA)ではないかという者もあり、決定的な説の出ないまま、プライスの提唱から70年の時が流れた。
その本態が特定されたのは、2007年と比較的最近のことである。それはビタミンK2だった(Chris Masterjohn著 Wise Traditions 2007)。

最近僕も臨床でビタミンK2やタラの肝油を使い始めたところ、ナイアシンやビタミンCではイマイチよくならなかった患者たちが、次々と改善し始めた。ビタミンK2は、ホッファーやポーリングが見落としていた栄養療法における最後の盲点だと言えるかもしれない。
納豆が体にいいのも、納豆菌が腸内細菌叢に働きかけるから、という機序以外に、そのビタミンK2含有量の豊富さの影響もあるに違いない。あたたかいご飯の上にグラスフェッドバターをひとかけら乗せて、さらに納豆も併せて食べれば、いい感じでビタミンK2を補給できるはずだ。
ビタミンD3を使うときには、ぜひともビタミンK2を併せて(必要に応じてビタミンAも)使いたい。脂溶性ビタミンは協調して働くものだから。ただしビタミンEについてはK2と効果を相殺してしまうのではないかという説もあって、このあたりは慎重に。
ビタミンK2には主にMK4とMK7があって、その生理作用の違いも興味深いところだが、また長文になってしまったので、稿を改めて書こう。

参考
Vitamin K2 and the Calcium Paradox (Kate Rheaume Bleue 著)
Nutrition and Physical Degeneration (Weston Price著 ネットで無料で読めます→ http://gutenberg.net.au/ebooks02/0200251h.html)