バイリンガルだったらな、と思うことがある。
英語は、それなりにできるほうではある。英語文献を読むのに別段の苦労はないし、外国に行っても買い物するぐらいなら困らない。
でも英会話となれば、全然自信がない。言いたいことを細かいニュアンスまで言えないし、ネイティブが本気のスピードで話してきたら、聞き取りさえ難しい。

僕にとって英語は、あくまで外国語なんだ。多くのみなさんと同様、中学生以降、定期テストがあるから仕方なく勉強した一科目に過ぎない。
片方の親が英米人であるとか、幼少期を海外で過ごしたとか、教育熱心な親のもと幼少期から英語環境に身を置いていた、というような人とは、超えられない壁がある。
今の僕がどう頑張っても、バイリンガルにはなれない。
だからこそ、うらやましいなと思う。

バイリンガルの利点を報告する研究は多い。
たとえば、バイリンガルはアルツハイマー型認知症の発症が、モノリンガル(ひとつの言語しか話せない人)と比べて数年(〜4.5年)遅いことが知られている。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5320960/
これはすごい話だと思う。
アルツハイマー病というのは、ざっくり言えば代謝性疾患だ。環境要因なり食生活の乱れに起因する栄養不良なりが背景にあるはずで、だからこそ、栄養療法が一定の効果をあげるわけだ。
しかし、バイリンガルであるという、ただそれだけで、アルツハイマー病の発症が有意に遅くなるというのだから、実に驚くべきことだ。

研究で証明されているような利点だけじゃなくて、バイリンガルのメリットは他にもたくさんあるだろう。
まず、単純にモテそう^^バイリンガルって頭良さそうだからね。

バイリンガルであるということは、部屋に窓が二つあるようなものだと思う。見渡せる景色が普通の人の倍あるんだから、その分、豊かな人生を送れるだろう。
特に、世界中のインターネット上の情報量の大半は英語だから、「英語」という窓を持っていることは圧倒的な強みに違いない。
英語の情報を翻訳して日本語で発信する。それだけで十分ビジネスになりそうだな。
仕事という意味では、この国際化の時代、バイリンガルの人が職探しに困ることはないだろう。

英語のテレビ番組や映画を英語のままで理解できるというのは、字幕を介するわずらわしさがない、ということだ。これは大きいと思う。
言葉というのは文化そのものだから、厳密な意味では本来、翻訳なんてできないはずなんだ。”I love you” なんていう露骨で品のない言葉は、「しのぶ恋」こそが至上とされる日本にはかつて存在しなかった。だからこそ、明治の人たちはどう訳したものかと散々頭を悩ませた。そんななかで「月がきれいですね」なんて表現まで生まれた。

バイリンガルであるということは、単に二つの言葉に通じているというだけでなく、二つの文化に通じているということだ。
医学部時代、同級生にバイリンガルがいた。両親は日本人だけど、幼少期から中学までアメリカで過ごした。日本語は、普通の学校とは別に日本語学校に通って勉強した。英語も日本語もフルコマンド、まったく問題なく話せる彼なんだけど、こんなことを言ってた。
「通訳って苦手なんだよね。目の前でアメリカ人が何か話してるとするでしょ。当然言ってることはわかる。でもその内容を、別の日本人に日本語で伝える、となったら、妙に億劫な感じがする。いや、できるんだよ。できるんだけど、そんなにすぐにパッとできないっていうのかな」
何となく言ってることが分かる気がする。
言葉というのはデジタルな記号なんだと割り切って考えれば、通訳というのは「左から右への置き換え」に過ぎない。でも、本当はそれだけじゃなくて、文化の置き換えという意味合いもある。通訳のプロセスで失われるニュアンスがあるし、逆に変に付け加わるニュアンスもあったりして、通訳というのはそんなに楽々とできるもんじゃない、ってことを、彼言いたかったんだと思う。

さて、うらやましいバイリンガルなんだけど、いいことづくめかというと、どうもそうでもないらしい。
誰しも、「思考言語」というものを持っている。モノリンガルの人は当然これをひとつしか持っていないんだけど、バイリンガルはこれを二つ持っている。
二刀流でいいじゃないか、と一瞬思うんだけど、思考言語が複数あって定まらないと、抽象的思考力が育たない、という説がある。剣を持つのは一本だけにして、それを懸命に磨いたほうが有能な剣士になれる、といったところだろうか。
https://www.cell.com/trends/cognitive-sciences/fulltext/S1364-6613(12)00056-3
他にも、バイリンガルはメタ認知の能力が弱い、という報告がある。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0010027716300361

子供をバイリンガルにしようとして、言葉も話さない時期から英語と日本語のチャンポンの環境に我が子を置いている教育熱心な親御さんは、ちょっと立ち止まって考えたほうがいい。
意外に盲点なんだけど、英語ができるからチヤホヤされるのは、日本にいるからこそ、なんだな。外国では英語なんて、できて当たり前、だから。
個人的には、バイリンガルとして育てられていろいろメリットがあるとしても、それと引き換えに抽象的思考力やメタ認知能力が低下するとなったら、割に合わないと思う。
英語よりも、まず国語、だよなぁ。