「アウトプットの必要性に迫られると、インプットの能率が高まる」というのは誰しも経験済みのことで、たとえば学校の定期テストがあるからこそ、僕らは重い腰をあげてしぶしぶ勉強に向かうわけだ。
入試をくぐり抜け、無数の定期試験を乗り越えて、最後、国家試験を通過して、ようやく医者になった。試され続けの人生も、やっと一区切りだ。
もうアウトプットを強要されることはない。自分の好きな勉強にだけ、好きなように打ち込めばいい。
しかし人間矛盾したもので、あまりに自由すぎても、かえって方向性を見失うところがあるんだな。
栄養療法の知識を勉強しよう。しかしどこから手をつけようか。糖質、タンパク質、脂質の代謝、各種ビタミンやミネラルの性質。学ぶべきものは無数にある。教科書的な基礎知識から、論文で検証された最新の知識まで。「ここだけ覚えておけばいいよ」はない。目の前の患者相手に、どの知識が生きるかわからない。学ぶ対象は、すべてだ。その膨大さに、圧倒されるような気持ちになることがある。
それに、試されない知識って根付きにくいんだ。
学生時代、生化学でアラキドン酸カスケードというのを習った。炎症物質のプロスタグランジンがどんなふうに生成されるかの代謝経路なんだけど、こんなの、自分一人で勉強してたら覚えようとは思わない。でも、学校で試験に出るとなったら、ゴロ合わせでも何でもいいから、とにかく頭にいれる。結果、こういう無理やりつけた知識って、今でもけっこう役立ってるんだよね。
自分一人でやる勉強では、どこが重要でどこが重要じゃないか、そういう重み付けも自分でやらないといけない。このあたりが楽しくも悩ましいところだ。

11月に某所で栄養療法に関するセミナーをやらないかというお誘いを頂いた。熱い思いを持った人から「ぜひともうちのスタッフに栄養療法の何たるかを教えて欲しい」と言われ、僕もその熱さに共鳴し、即、引き受けた。
栄養療法を広めたい思いは常々持っているし、相手が興味を持って聞いてくれるのであれば、こんなにありがたいことはない。
ただ、思いが熱すぎるせいか、セミナーの時間がかなり長いんだ。午前10時から午後7時まで、昼休みや途中休憩を適宜入れるにしても、7時間ぐらいはしゃべらないといけない^^;
7時間しゃべるというのは、けっこうなマラソンだ。しゃべるほうもだけど、聞くほうもなかなかハードだと思う。
栄養療法について7時間アウトプットするだけの話のネタはあるのか?
もちろん、ある。
オーソモレキュラーの歴史、各種ビタミン、ミネラルの作用、最近の論文の動向、症例報告など、丁寧に話せばすべてを7時間で話し尽くすことはむしろ不可能なくらいだ。ネタは充分にあるんだ。
ただ、僕は漫談家じゃない。しゃべりだけでは間が持たないから、スライドがいる。
スライド1枚につき3分話すとすれば、140枚のスライドを作らないといけない。
これがなかなか大変だ。だから僕は今、仕事以外の時間はほとんどすべてスライド作りに費やしている。
どのようにアウトプットすれば聞き手に最も伝わるかを考えながらスライドを作っているんだけど、結果的にはものすごく自分の勉強になっている。
たとえばナイアシンやビタミンCなんて、オーソモレキュラーの初歩の初歩なんだけど、栄養療法のなかでの位置付けを踏まえて、初心者相手に噛み砕いて説明するとなれば、どうしたものかと改めて考える。それに、聞き手全員が初心者というわけではない。すでにかなりの知識を持っている人もいる。聞いて、両方の人が満足できるクオリティに仕上げたい。どこまでを話すべきで、どこから先は切るべきか、その判断も悩ましいんだけど、こうしたスライド作成作業を通じて、一番鍛えられているのは僕自身なんだ。
まさに、To teach is to learn、教えることは学ぶことなんだと、つくづく思う。
uroomのスタッフの皆さん、楽しみにしていてくださいね。